2023年注目記事

未来の子どもたちへ、”奇跡の海”でまちづくり 上関現地レポート

2023年10月13日

染裕之(原水禁副事務局長/平和フォーラム事務局長)

1982年に中国電力による原発建設計画が浮上した山口県上関町は、町民ばかりか家族までを原発推進賛成派と反対派に二分して対立と分断を余儀なくされてきた。

2011年の福島第一原発事故を受け工事は中断している状態だが、今年8月18日、上関町の西町長は、使用済み核燃料中間貯蔵施設の建設調査受入れを表明した。再び対立と分断の不幸が繰り返されるのか、40年余にわたって原発に翻弄され続ける町・上関町を訪ねた。

瀬戸内最後の楽園は希少生物の宝庫

奇跡の海と呼ばれる風光明媚な上関の海(2023年10月3日、上関町長島の上盛山から撮影)

上関の海は「カンムリウミスズメ」や「ヒガシナメクジウオ」、「カサシャミセン」など多くの希少生物が生息することから「奇跡の海」と称される。カンムリウミスズメは、世界自然保護連合(IUCN)指定の保護鳥で、国の天然記念物にも指定されている。日本近海にしか生息しない固有種で、上関は唯一、一年中生息している貴重な海域である。

1999年9月、高島美登里さんは有志8人とともに「長島の自然を守る会(現・上関の自然を守る会)」を結成した。そのきっかけは、同年4月に中国電力が提出した「環境影響準備書」があまりにもずさんだったからである。ハヤブサやスナメリなど周辺の生物に関する記載が抜け落ち、地元住民から不備が指摘された。早速、高島さんたちは専門家に調査を依頼し、前述のような希少生物の確認に至った。このことは調査を依頼した高島さんたちも驚きだったそうだ。

瀬戸内海の海岸は7割以上の埋め立てが進んでいるが、瀬戸内海の西端に位置する上関町の長島は、いまだに75%以上の自然海岸が残り、太平洋から流れ込む黒潮と偏西風の影響で多様性豊かな環境が保たれている貴重な場所となっている。海外も含めて多くの研究者が訪れ、「失われたと思っていた瀬戸内海の自然が唯一残っている場所」、「決して原発を建設すべきではない」と指摘されたことから、「奇跡の海」と呼ばれるようになった。

原発が上関の自然に与える影響

(中国電力ホームページ「計画概要」より)

原発の冷却に使用された排水は、海水温より7度も高く、次亜塩素酸ソーダが使用される。仮に原発が2基建設されれば、その排水量は毎秒190トンに及ぶ。四万十川の流量に匹敵するもので、上関の豊かな自然や生態系に与えるダメージが深刻になることは間違いない。

「中国電力は、事前準備のボーリング調査で発生した濁水を、2005年4月から9月まで半年にわたって海に垂れ流していたのです。私たちが指摘してもすぐには認めず、総点検報告書でようやく事実を認める不誠実さでした。」と、憤りを隠さない。「私たちの『上関の自然を守る会』を原発に反対するための会と言われる方がいますが、決してそうではありません。ただただ、上関の自然を守りたいのです。」

原発に翻弄され続けてきた町、上関

高島美登里さん(「上関の自然を守る会」代表)

「1982年に原発建設計画が浮上して以降、町民は推進派か反対派かに色分けされ、町内で葬儀があっても推進派か反対派かを確認して、対立する派の葬儀であれば参列しないこともありました。それまでの人間関係も崩れ、伝統的なお祭りも開催が見送られるなど、対立と分断の辛さや苦しみ、悲しさを体験してきたのです。町民一人ひとりに様々な事情があります。単純に賛成派か反対派と分けられるものではありません。」

2011年3月に福島第一原発事故が起きて、本当に原発を建設しても良いのかと上関町民の意識も変わりつつあったという。しかし、岸田政権は原発事故の教訓を忘れたかのように、原発の再稼働ばかりか増設や運転期間の延長と、原子力回帰・推進へと大きく舵を切った。

「原発は自然を破壊し、一度事故が起これば取り返しのつかない大惨事を招きます。建設計画の候補地になった町は、無用の対立を強いられ、傷つき疲弊します。原発建設が止まったと思ったら、今度は、行き場のない核のごみを受け入れる計画を突きつけられました。あまりにもひどい話です。上関の豊かな自然を守るためにも、未来の子どもたちのためにも反対の声を上げ、建設を止めたいと思っています。」

原発に頼らない上関の将来を展望する

上関町内に立てられた推進派側の看板

今回、上関の西町長が調査受入れを決断した背景には、町の厳しい財政状況がある。国からの原発建設交付金も工事の中断で大幅に減らされた。中間貯蔵施設の建設調査が始まると、新たな交付金が得られる。原発を推進する人たちは、原発交付金があれば町が活性化するのだと訴える。

「私は上関で生まれ育ったわけではありません。上関原発建設反対運動で、度々上関を訪れていたのですが、地元の方に『他所から来て原発反対だ、自然を守ろうと言うけど、上関の将来にどう責任を持てるのか』と言われ、本当にそうだと愕然としました。そこで一念発起して、退職まで数年残っていたのですが、上関への移住を決断しました。風光明媚な自然に囲まれ、多くの町民の方と仲良く接しながら毎日を過ごしています。時々、原発推進派の方から嫌味を言われることもありますがね(笑)。」と明るく笑う。

「鍵になるのは、この豊かな自然を活かした”まちづくり”だと考えています。瀬戸内最後の楽園、奇跡の海と呼ばれる何物にも代えがたい豊かな自然を活かしたまちづくりを進めたいと考えています。」

高島さんたちは、2017年2月にこの素晴らしい自然を次世代に残し、自然を活かした自立したまちづくりを進めようと、「上関ネイチャープロジェクト」を発足させた。上関の自然や暮らしを体感するための施設や、イベントの運営・企画などに取り組んだ。

「驚かれるかもしれませんが、プロジェクトに参加している仲間の中には、原発推進はやむを得ないと公言する漁師の方もいます。それでもまったく構わないと思っています。色々な立場の方がいるのは仕方がないことです。でも、一つだけ共通する思いがあります。それは、上関という町を愛しているということです。生まれ育った町を愛することは、人として自然なことです。」

プロジェクトは、クラウドファンディングで資金集めを呼びかけ、無事に目標金額を達成することができた。

「不安でいっぱいのスタートでしたが、多くの方から暖かいコメントもいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。」「いただいた資金を活用して、2018年1月にセミナーハウス兼ゲストハウスの『かみのせきまるごと博物館』をオープンしました。来年から始まる『上関魚類図鑑』編纂作業の拠点になります。ここは未来に向けた新たなまちづくりの場です。」

プロジェクトは、上関で獲れた新鮮な魚を自宅にお届けする「上関お魚おまかせパック」や「漁師による釣り体験ツアー」、漁師の浜料理の提供などを展開している。

「これからの予定として、10月21日(土)に開催するハーフマラソン大会の準備に忙しい毎日を過ごしています。上盛山(かみさかりやま)に立つ展望台がゴール地点ですが、途中は地獄の坂道です(笑)。苦しみに耐えれば上関の自然が眺望できるごほうびが待っています。」「やはり、将来にわたって住み続けたいと思える、魅力的なまちづくりこそ求められているのだと思います。」

現職町議が捉える原発計画と上関

山戸孝さん(上関町議会議員)

高島さんから、町議会議員の立場で町政に携わる山戸孝さんを紹介いただき、原発建設計画と町のことをお話いただく機会をいただいた。

「学生時代から社会運動や労働運動にかかわっていました。祝島の出身です。島に帰ってきて原発問題に直面して、惨事が起こったら取り返しのつかないことになると思いました。農業や漁業どころではなくなるはずです。島の人たちと一緒に声を上げなければ、絶対に後悔すると思いました。」

2011年の福島第一原発事故で、原発建設の準備工事は中断した。国も中国電力も上関の原発建設を中止するとは明言せず、曖昧な状態が続いていた。現職町議の山戸さんはこうした原発建設計画の推移と町の様子をどう捉えていたのか。

「原発交付金の財源さえ来れば何とかなると思っていた推進派の方たちは、かなり困惑したと思います。一方の反対派の方たちは、祝島ではびわ茶や海産物の加工品を特産物として生産し、本土側では高島さんたちが上関ネイチャープロジェクトを展開して、上関を広く紹介することを積み上げてきました。」「こうしたまちづくりは、議会の中で賛成派も反対派も関係ないはずなのですが、様々な議論をする中で物事の見方が違うことを感じる場面は多いです。その根源には原発交付金に頼るか、頼らないかがあると思います。」

「推進派の議員の方たちは、議会ではもっと大きな財源の議論をすべきと言うのです。まちづくりを否定こそしませんが、積極的に一緒にやろうとはしないのです。これまで推進を主張してきたことが否定されると感じているのかもしれませんね。」「かつてのような激しい対立ではありませんが、やはり、上関は原発問題がある限り食い違いが出てくるのでしょう。だから私は議員活動を通して原発建設計画に反対し、白紙撤回させることがこの町が前に進むために必要だと思っています。」

中間貯蔵施設は原発建設計画の代替案?

6月に中国電力は、島根原発の再稼働の時期を「未定」に改めた。東日本大震災以降、島根原発につぎ込む安全対策費は8千億円を優に超えると伝えられる。中国電力に島根原発再稼働と並行して上関原発を建設する余裕は無く、上関原発建設の見通しは立っていない。今回の中間貯蔵施設の建設計画は、原発建設の代替策ではないかと受け止める見方がある。

「推進派の方たちの中にも原発建設は無理だろうから、中間貯蔵施設の建設で財源を確保しようという捉え方があるでしょう。これまで原発推進派住民に対する報恩の印かもしれませんね。」「推進派の方たちは、ここで自分たちの力で自然を活かしたまちづくりを進めると、大きな財源が絶たれてしまう懸念もあるでしょう。40年余りにわたって人間関係だけではなく、町のつくりも原発に引きずられてきました。多くの自治体も厳しい財政の中でやっています。私たちも同じように汗をかいてまちづくりを進めなければならないのに、棚からぼた餅が落ちてくるのを待っていては前に進めません。」

上関町は山口県の中で人口が最も少ない自治体である(2349人、2023年4月国土地理協会調査)。40年にわたって原発建設の賛否をめぐって対立と分断が繰り返されてきた。その間に人口は約3分の1に減少しました。財政が厳しいのは当然のことであり。原発交付金に頼りたくなるのも自然なことなのかもしれない。

「これまで原発の初期交付金で、温泉施設や道の駅などの施設が作られました。推進派にとっては成功体験かもしれませんが、それでも若い人たちは町を離れていきます。中国地方で一番人口減少の大きい町なのです。私は、町としては失敗体験ではないかと思います。その認識の違いはあるでしょうね。便利な施設があれば良いというものではないのです。」

町民一人ひとりに様々な事情がある。漁船を出していただき高島さんとともに、海の上から原発建設予定地や上関の豊かな自然を案内いただいた漁船の持ち主の小濱鉄也さんは、「漁協も賛成しとる。わしゃあ、賛成派じゃ。」と豪快に笑う。

「生まれてからずっとこの海で過ごしてきた。奇跡の海と言われても、そんなものかなと思う。私にとってはいつもの海。でも、この海で魚を獲り生活してきた。命の海であることはそのとおり。上関が好きなのもそう。だから、こうして高島さんとも立場の違いを超えてつきあえる。」

「原発建設工事の調査のために船を出すこともあれば、こうして反対派の高島さんたちを乗せて視察や工事監視のために船を出すこともある。調査でもらう報酬と視察でもらう謝礼は、同じ金額でも高島さんたちのために船を出したほうが達成感はある。」と言ってにやりと笑った。

上関ネイチャープロジェクトの「上関お魚おまかせパック」代表の三家本誠さんは、活動を始めるときは不安ばかりだったと語る。

「私も高島さんたちと一緒に原発反対の活動をしてきたので、漁師さんたちが魚を出荷してくれるか心配していました。今では地元の漁師さんの協力も得られて、その日の朝にあがったばかりの天然の魚を月に90パックほど発送できるようになりました。」

元町議の岩木基展さんは、現職当時から原発に頼らないまちづくりを提唱してきた。

「最初は原発の良い悪いではなかった。上関の豊かな自然があるのだから、これを活かしたまち興しをやらない手はないだろうと考えた。」「皆で知恵を出し合えば、できることはたくさんあるはず。それでもだめなら、最後に原発のことを考えればいいじゃないかと。」「周りを見れば原発推進派ばかりで、私の考えに賛成してもらえない。土木にかかわっている人が多かったからね。」

議員を辞められても気になるのではないですかと尋ねると、「いや、気が楽になったよ(笑)。」と自嘲するように笑ったが、「それは議員を辞めても上関のことは気になる。中間貯蔵施設もどうなるか。」と、遠くを見つめてつぶやいた。

視察を終えて

左から高島さん、筆者、三家本誠さん(「上関お魚おまかせパック」代表)

核燃料サイクルは、原発から出た使用済み核燃料を再処理して、取り出したプルトニウムを高速増殖炉で使用したり、加工して再び原発で使用するという仕組みである。化石燃料の乏しい日本が、輸入に頼らずに電力を確保できる夢の電源と言われている。

2022年9月、日本原燃は青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場について、2022年度上期としていた完成目標時期を延期するとした。1997年に完成予定だった工期はこれで26回目の延期である。同年12月には、2024年度上期(9月まで)のできるだけ早期を完成目標時期にすると発表した。

最も大切なものは何か、経済性や利便性なのか、それとも人の命や不安なく毎日のささやかな暮らしが続くことか、12年前に私たち市民につきつけられた問いではなかったのか。

世の中に絶対はない。原発の万が一の被害というのは修復不可能なほど深刻なものである。「安全」というのは、修復できないリスクにさらされていない状態をいう。すべての人に安全を求める権利がある。こうした権利(人権)が侵されているのが現在の日本の原子力政策ではないか。その是非を問われているのは、日本に住むすべての人のはず。上関という小さな町にだけ犠牲を強いるわけにはいかない。

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