被爆77周年原水禁世界大会2022年未分類

核廃絶への道を、ともに歩もう 「被爆77周年原水爆禁止世界大会・長崎大会」が閉会

2022年08月10日

8月9日、「被爆77周年原水爆禁止世界大会・長崎大会」閉会総会を長崎県立総合体育館アリーナで開催し、約850人が参加しました。

山下和英・現地実行委員長から主催者あいさつ。続いて谷雅志・事務局長が3日間にわたる長崎大会全体について、総括的に報告しました。

TPNW第1回締約国会議が開催されるにあたり6月、開催地・ウィーンに派遣された第24代平和大使の大内由紀子さん(広島)と神浦はるさん(長崎)が、日本語と英語で世界の人々に向けてのスピーチを披露しました。

「特別報告」として、馬毛島への米軍基地建設問題について鹿児島県護憲平和フォーラムの磨島昭広・事務局長より現状について報告がありました。

最後に「ナガサキ・アピール」を全体で確認し、集会を終了しました。

その後、会場から爆心地公園に向けて「非核・平和行進」に出発。11時前に爆心地公園に到着し、原爆投下の時刻11時2分には参加者がいっしょに黙とうを捧げました。

「被爆77周年原水爆禁止世界大会・長崎大会」閉会総会アーカイブ動画

「被爆77周年原水爆禁止世界大会・長崎大会」谷事務局長まとめ報告

原水禁世界大会長崎大会にお集まりいただいたみなさん、ご参加ありがとうございました。本大会のまとめを、この3日間を振り返る形で行います。

1日目の開会総会では、「被爆体験者」とされているおもいを山内さんに語っていただきました。被爆体験者は被爆者である、という当然の話が認められない理不尽さを感じ、長崎市議会議員の池田さんのお話によって、これまでの経緯についても学ぶことができました。 私たちが原点にしている被爆の実相は、決して行政的線引きで、分けられるものではありません。一刻も早い被爆者援護の実現をはかる必要があります。

2日目は午前午後に分かれて6分科会を開催しました。

第1分科会は「改憲と敵基地攻撃」をテーマに、名古屋学院大学の飯島さんにお話しいただきました。万が一、アメリカと中国が戦争や武力衝突するようなことがあれば、日本には80発もの核兵器が落とされると推計しているデータがあることを紹介されました。
改憲については、子や孫の代にまで責任の持てる内容の改正ができうるのかと指摘されました。憲法改正には850億円もの費用が掛かると試算されています。日々の生活に苦しむ方々を救う方策に、そういった費用を使うべきなのではないかと語られました。現地報告として沖縄、鹿児島からも基地機能強化の現状について、話がありました。戦争に備えることが必要だ、他国から攻められたら大変だから軍備の増強だといった、軍事大国化に向けた議論を進めさせるわけにはいきません。

第2分科会はピースデポの梅林さん、ピースボートの松村さんを講師に、「核兵器廃絶と東北アジア情勢」をテーマにお話いただきました。TPNWの前段開かれたICAN主催の市民社会フォーラムや、オーストリア政府主催の核兵器の非人道性に関する国際会議の様子もお話しいただきました。締約国会議の中では、カザフスタンでロシアの核実験により、生まれた時から両腕がない方が、自分は生まれてくる時から両親は両腕がない状態で生まれてくることは分かっていたが、きっと生まれてくる子は核廃絶に向け、声を挙げ、活躍するだろうと期待して生んだ、というエピソードが語られたと伺いました。1年4か月後に開かれる第2回締約国会議までにどれだけこの条約の内容を進められるか、今後の各国の動きを促していくうえで、NGOなど市民の声が重要であることなどが語られました。

第3分科会は「フクシマの現状と課題」をテーマに、現地フクシマのALPS処理水、海洋放出の現状についての報告から始まりました。福島の高校生からの発言の後、弁護士の古川さんから、3・11子ども甲状腺がん裁判の解説を受けました。OurPlanetTVの白石さんからは、この裁判の第1回公判での、原告意見陳述の音声を紹介していただきました。その後、白石さんとやりとりをする形で、この裁判の原告の方からも、裁判をすることになったきっかけや、そのおもいなどについて語っていただきました。印象的だったのは、なぜこの時期になったかという話で、10年時効という時間的問題と、原発事故後すぐは、復興のマイナスになるのではないかという思い、周りから被爆したことへの差別を受けるという恐怖から言い出せなかったという話です。原爆が落とされた後と同じ状況が70年以上たった今でも変わっていないことを痛感しました。白石さんからは、この裁判を通して、ずっと言えないつらさを抱えてきた人たちが、裁判をきっかけに自分の言葉で語ることができる開かれた気持ちを感じることにも意味があるとまとめられました。

第4分科会は被爆の実相を次の世代へ継承していくことを大きなテーマとしてかかげ、被爆の実相について、会場からの高校生の発言も交えながら考えました。講師は高校生平和大使派遣委員会の平野さん、被爆者の川副さん、原水禁共同議長の川野さんにお願いしました。中国をはじめとしたアジア諸国に対する日本の加害の事実とその謝罪、そしてともに東アジアの平和を作ろうという働きかけに対する中国での反応の話などを聞き、高校生からも、政治と被爆者の思いが交わらない難しさについての発言がありました。

第5分科会は「見て聞いて学ぼうナガサキ」として、長崎県原爆被爆教職員の会の山川さんと、漫画家の西岡さんに講師をお願いしました。お二人から二度と被爆者を作らないために、まずは「知る」ことの重要性についてお話しいただきました。西岡さんは被爆の体験がない自分が、その話をしていくことが良いのかと悩んだときに、被爆者の方から「何もしなければゼロになる。私たちの一万分の一でいいから取り組んでほしい」と語られたことが原動力になっているというお話も伺いました。

第6分科会では「被爆二世三世問題の解決に向けた運動の意義と展望ということで、二世協の平野さんを中心に、弁護士の中鋪さん、医師の振津さんに講師をお願いしました。被爆一世は被爆者援護法によって一定の補償を受けられますが、被爆二世についてはないことが憲法上の違反ではないかと裁判で争っている現状や、医学的にいつ起こるかわからない遺伝的影響について、話を伺いました。
他にも、広場として「はだしのゲン」の上映、「私の戦争を語り継ぐ(女性交流の広場)」、被爆者と語ろうという、それぞれ工夫を凝らした企画を実施しました。

そして、今日、大会3日目、8月9日になりました。この後、平和行進を行い、爆心地公園で原爆投下時刻の11時2分を迎えます。参加されるみなさんの心の中に、現地長崎で迎えるこの瞬間が意味のあるものとして位置づけられることを願います。

ロシアによる核兵器威嚇によって、世界的に核兵器使用の可能性が、これまでにない緊張状態にまで高まっています。決して核兵器使用を許してはなりません。

福島、広島、そしてここ長崎までつながってきた本原水禁世界大会が、これまでの原水禁運動の熱を、再び確かめ合う大会であったと感じていただければ幸いです。ここ長崎では特に、高校生のみなさんを中心に、若い世代の方々の平和に向けた熱意を感じる場面が多くありました。

原水禁大会はこれまでも、みなさんのご意見を伺いながら、ともに作り上げる実行委員会形式で開催してきました。今後の大会の持ち方についても、反核・非核で一致するすべての人に開かれたものであり、様々な立場の人たちが共同できる大会であるために、開かれた議論を進めてまいります。

受け入れ準備を丁寧に進めてくださった、現地実行委員会をはじめとした地元長崎のみなさん、分科会・広場の運営を一手に担っていただいた運営委員のみなさん、ご協力に感謝申し上げます。ありがとうございました。

本大会で感じたこと、学んだことを、これからどのように私たちが生かしていくのか、それぞれがこれからも元気で、前向きに運動を展開していきましょう。

分科会の中で、緊張のあまり小刻みにマイクを持つ手を震わせながら発言してくださった方。あなたのその勇気ある一歩は、原水禁運動の確かな一歩として積み重なっていきます。

「心の中に平和のとりでを築くことが重要な意味を持つ」ユネスコの言葉を引用しながら第1分科会で飯島さんが語られました。一人一人が心の中に築いたその平和のとりでを、少しずつ人のつながりを広めていくことで実現させていきましょう。

「核なき世界」は、具体的な未来です。その世界で私たちはどのような生活をしているのか、豊かな想像力をもって、具体的な言葉で語っていきましょう。

そのおもいをみなさんと共有し、本長崎大会のまとめとします。ありがとうございました。

被爆77周年原水爆禁止世界大会・ナガサキアピール

1945年8月9日。ここ長崎の上空約500メートルで炸裂した原子爆弾による火球は数百万度に達し、一瞬にして長崎の街を焦熱地獄とし、罪もない15万もの人々を殺傷し、そこで営む人々の社会をまるごと破壊した。かろうじて生き延びた被爆者は、戦後の苦難に満ちた生活の中で、差別と偏見に苦しみながら、77年もの歳月を生き抜き、平均年齢はすでに84歳を超えている。また被爆者は、原爆後障害と闘いながら、被爆の実相を伝え、平和の尊さを訴え、そして原水禁運動を今日までけん引してきた。その声は、核保有国に核の使用を抑制させ、ついに「核兵器禁止条約(TPNW)」(2021年1月22日)を発効させる大きな原動力となってきた。

ところが、今年2月24日、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻を強行し、核兵器の使用も辞さないという発言で世界中を震撼させた。これは「核抑止力」という概念が幻想にすぎなかったことを示すものである。またロシア軍は原子力発電所を占拠し、いつでも原子炉を破壊できる体制にある。これは核兵器での威嚇と同様の意味を持つ。

今年6月、オーストリアのウィーンで「TPNW第1回締約国会議」が開かれた。核兵器廃絶を目指す多くの国や地域の代表が一堂に会し、様々な論点から議論されたことは、人類にとって大きな一歩である。また5年に一度行われる「核拡散防止条約(NPT)再検討会議」が、8月1日から26日までニューヨークで開かれている。核保有国、「核の傘国」、核に反対する国など、さまざまな国が参加し、核兵器の今後について議論しているが、世界情勢が目まぐるしく変化しているときだけに、最終合意文書の採択ができるかどうか危ぶまれている。

被爆地広島県選出の岸田首相は、核兵器廃絶をあきらめないと言いながら、6月のTPNW締約国会議にはオブザーバー参加すら行わず、NPT再検討会議でもTPNWに関し一言も言及していない。今やるべきことは、核の傘から脱却し、核の先制不使用に賛同し、そしてTPNWに署名・批准し、その立場で「橋渡し」を論じるべきだ。また、故安倍元首相が進めてきた「核共有」や「敵基地攻撃能力」、「憲法改正」などについては言語同断であり、緊迫した国際情勢を口実に、国民を煽ること自体が極めて危険な行為である。

2011年、3.11福島第一原発事故では、新たな核被害や被曝者を生み出し、今なお4万人近い人々が避難生活を強いられている。その上2023年には、福島第一原発の汚染処理水の海洋放出が予定されているが断じて許してはならない。核は放射能という目に見えない形で人間を脅かす。ウラン採掘現場や原発労働者の命を蝕んでいる。これらを一人ひとりの命の問題としてとらえ、核問題を解決していかなければならない。

広島では「黒い雨」訴訟に勝利し、すでに被爆者健康手帳の交付が始まっている。長崎でも同趣旨で「被爆体験者訴訟」が続いているが、国は内部被曝との関連を避けるため、「黒い雨」地域に限定し、被爆地域の拡大に否定的である。そのため原水禁運動として、一刻も早いヒバクシャの救済を政府に対し求めていく必要がある。

ここ長崎では、高校生や多くの若い世代が、核廃絶を願い立ち上がっている。
核のない世界は、被爆地ナガサキ・ヒロシマをはじめ人類の悲願である。
これからも核廃絶への道は続く。共に歩き、共に闘おう。

「核はいらない!」「核と人類は共存できない!」「核も戦争もない平和な21世紀をつくろう!」
ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・フクシマ、ノーモア・ヒバクシャ、ノーモア・ウォー

2022年8月9日
被爆77周年原水爆禁止世界大会・長崎大会

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