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原水爆禁止世界大会・長崎大会まとめ(藤本泰成・大会事務局長)

2016年08月09日

みなさまの真摯な議論と多くの方々のご協力に感謝を申し上げながら、若干の時間をいただいて、大会のまとめを行いたいと思います。

長らく緑の党の代表を務め、ドイツの脱原発運動を牽引してきた、クラウディア・ロートドイツ連邦議会副議長は、第2分科会で、「原発という使いこなせない技術を使うことに、人間の傲慢さを感じ、怒りを覚える」と話し、福島原発事故をめぐって「日本の技術を持ってしても事故を防げなかったことで、ドイツでは原発の安全神話が崩れ、完全な脱原発を実現した」として、「原発は時代遅れである 再生可能エネルギーで、真の成長を求めるべきである」と報告されました。ドイツでは再生可能エネルギーによって約36万人の雇用が創出され、市民150万人が太陽光発電を中心に電力を生産する側に回っています。
振り返って日本はどうでしょうか。安倍政権下で決定された、新エネルギー基本計画では、2030年の原発比率の目標は20-22%とされています。これは、40年超の老朽原発さえ動かさないと達成できない数字です。
過日の朝日新聞は、新規制基準に適合するために、電力各社は3兆3180億円もの巨費を投じている、関西電力は、40年を超えた老朽原発を動かすために、前年比2.5倍の7300億円を投じていると伝えています。
原水禁の専門委員の藤井石根明治大学名誉教授は、「世界の再生可能エネルギーの進捗は、すさまじい勢いで、その発電設備容量は、171.2万MW、全ての発電設備容量の28%に達している。発電量でも、既に約22.8%になった。しかし、日本では、総発電量の12.6%と、世界の規模の半分でしかない」と報告されました。
ローテさんは、「日本は、再生可能エネルギーの世界チャンピオンになれる。豊かな日照量と3000kmもの海岸線、7割を占める森林 火山国日本。太陽光、風力、バイオマス、地熱、そして潮力発電まで、素晴らしいポテンシャルがある。ドイツから見ればうらやましい」と述べています。

日本の再生可能エネルギーの伸びが停滞していることに関して、藤井さんは「原発事故の責任の所在を明らかにし、市民社会に対して現状をきちんと説明し、どうするかを問わなくてはならない。誰も責任を負わない政治姿勢が、将来を見据えたしっかりとした方針を決められずにいる」と指摘しています。
福島の報告を行った、澤井和宏福島市議会議員は、発言の冒頭に、脱原発がすすまない現状に対して「福島原発事故にあたって、被災した福島県自体が、原発政策に明確なNOを、きちんと示さなかったのが大きいのではないか」と述べています。現在、福島県では、「原発を肯定しないが否定もしない、風評被害を生むから原発には触れるな、また、触れないようにするという暗黙の了解と意図が感じられる」とも述べています。このことは、フクシマをなかったことのように再稼働をすすめる日本政府の政策を、後押しすることにつながります。

藤井さんは、レポートの最後に「脱原発を打ち出せない政治姿勢は、大きな課題を生み出し、新しいエネルギー産業の芽を摘み、主権者たる国民の命や人格、権利をないがしろにする」と書いています。
原水禁運動は、2011年3月11日の福島原発事故以降、市民の一人一人とつながって「さようなら原発1000万人アクション」を展開してきました。そこで語られてきたの、「一人ひとりの命に寄り添う政治と社会」との言葉でした。しかし、日本政府の姿勢はそこから本当に遠いところにあります。

作家の雨宮処凛さんが7月31日に、相模原市の障害者施設の殺傷事件に関して、朝日新聞に寄稿し、「『かけがえのない命』『命は何よりも大切』という言葉にうなづきながらも、ふとした違和感を覚える。この社会は、果たして本当に『命』を大切にしてきたのだろうかと」と述べて、石原慎太郎元東京都知事が障害者施設で口にした「ああいう人って人格があるのかね」という言葉、麻生副総理が高齢者問題で「いつまで生きるつもりだよ」「たらたら飲んで食べて、何もしない人の医療費をなぜ私が払うんだ」と語った事実を批判しながら、「軽く扱われているのは障害者の命だけではない。『健常者』だって過労死するまで働かされ、心を病むまでこき使われ、いらなくなったら使い捨てられる。その果てに路上まで追いやられた人を見る視線は、優しいとは言えない」と指摘しています。

今集会では、「原発震災」「憲法と沖縄」「再処理」「ヒバクシャ」など、8つの分科会で様々な議論がなされました。そこに共通するのは「命」の問題です。

東北・太平洋沖地震、そして熊本地震を経ても、市民が大きな不安をいだいても、説明責任を果たすことなく原発を動かし続ける政府

アジア・太平洋戦争で国内310万、国外で2000万人もの命が失われ、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としたにもかかわらず、その憲法に反して自衛隊を戦場に送ろうとする政府

悲惨な地上戦で多くの仲間の命を犠牲にし、戦後も米軍政下に置かれ、今も米軍の暴行事件の悲劇が繰り返される中にあって、沖縄県民が、「基地はもういらない」との大きな声を上げ続けているにもかかわらず、機動隊まで導入して基地建設を強行をする政府

黒い放射性廃棄物の入ったフレコンバックの山、年間20mSvの放射線量、しかし、根拠も示さず安全だとして帰還を迫る、一人ひとりの事情に一顧だにせず補償も打ち切る政府

被爆者であるにもかかわらず、科学的根拠もなく旧行政区の長崎市内に居住していなかっただけで、被爆者から排除された長崎の被爆体験者を放置する政府

朝日新聞7月23日付の「核といのちを考える」第4回は、作家の柳(ゆう)美里(みり)さんが書いています。
「福島は高度成長時代、効率よく安価で発電できると原発銀座になった。それが、お金で買えないものを根こそぎ奪った。事故から5年。切迫した人たちの苦しみをもう一度、視界の中心にもってくるべきです」
………「かつて一緒に暮らした人は、長崎原爆で多くの児童が犠牲になった城山小の出身。初めて浪江町で浪江小を見た時に頭に浮かんだのは、その城山小のことです。城山小は、爆風や熱線で児童が一人もいない光景。浪江小では、習字の『牛』や『火』という文字が並んでいた。流れる時間が突然、止まってしまう。ふたつがひとつに重なりました。……… 昨年8月、長崎の爆心地をめぐりました。原爆も効率よく人を殺すもの。効率と命、生活は秤にかけられない。原子力は誰かを危険にさらすもの。すべてを破壊し誰も責任がとれない。それは『義』に反するのだ。そう問い続けないといけないと思うのです」

長崎原爆遺跡となる城山小学校は、今日まで、午後7時から9時までライトアップされています。その姿とともに、そこで何があったのかを忘れてはなりません。

「核と人類は共存できない」核に良い核も悪い核もありません。「核絶対否定」の考え方を基本に、たゆみない核兵器廃絶・脱原発へのとりくみを、みなさんと共に確認し合い、長崎大会でのまとめといたします。

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