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被災60周年3・1ビキニ・デー アピール

2014年03月01日

被災60周年3・1ビキニ・デー アピール

 1954年3月1日、静岡県焼津港所属の第五福竜丸が被曝したビキニ環礁での核実験から60年。あの衝撃的な事件は、私たちにとってけっして過去の出来事ではありません。核被害の歴史はヒロシマ・ナガサキに始まって2011年3月11日の東京電力福島第一原発の大事故へと続き、いまも事故の収束の見通しさえ立たない中で、汚染水の問題、被曝労働の問題、住民の被曝と健康問題など被害が深刻化しています。
 私たちは、これまで「核と人類は共存できない」として反核・平和、脱原発、ヒバクシャ連帯を訴えてきました。核の「軍事利用」はもとより「商業利用」についても問題とし、原子力施設の建設・運転に強く反対してきました。しかし、福島第一原発では、私たちの力及ばず、事故が引き起こされる痛恨の極みとなりました。これ以上の核被害を繰り返させないためにも核兵器廃絶、脱原発の運動の強化が求められています。
 一方で核兵器や原発に固執する勢力は、いまだ大きな力を持っています。核兵器保有は、米ロ英仏中の5ヵ国の他、インドやパキスタン、イスラエル、朝鮮民主主人民共和国などへと拡がり、いまだその廃絶への道のりには厳しいものがあります。1万7千発を超える核兵器の存在は、人類の存亡に関わる問題で、廃絶は喫緊の課題であり、廃絶へむけて全力をあげなけらばなりません。
 また、福島原発事故の惨状を見れば、脱原発は当然のことです。しかし安倍政権は、原発再稼働に向けてエネルギー基本計画を策定しようとしています。地元浜岡原発を含め、今後再稼働が大きな焦点となってきます。さらに基本計画ではもんじゅ開発や六ヶ所再処理工場の建設など核燃料サイクルの推進を謳っていますが、度重なるトラブルなどで核燃料サイクル政策はすでに破綻しており実現性がありません。しかし原子力産業の生き残りをかけた原発の再稼働や核燃料サイクル政策の強引な推進は明らかで、それに対抗する私たちの運動の真価が問われています。
 第五福竜丸の母港であったこの地静岡では、東海地震の想定震源域の真ん中に浜岡原発が存在し、巨大地震による災害と放射能災害が同時に起こる原発震災が指摘され、第五福竜丸に続き再びヒバクシャを生み出す危険性があります。そのためにも浜岡原発の廃炉を強く求めていくことが必要です。
 私たちは、ヒロシマ・ナガサキそしてビキニを契機に原水爆の禁止を訴えて運動を進めてきました。その中には、「ヒバクシャを再びつくらない」という強い願いがありました。残念ながらビキニ事件以降も、相次ぐ核実験や原子力の「平和利用」という美名の下で、多くのヒバクシャが生み出されてきました。私たちは あらためて核の歴史に終止符打つとともに、ヒバクの歴史にも終止符を打たねばなりません。ビキニのヒバクシャをはじめ世界中のあらゆるヒバクシャや平和を求める人々と連帯し、あらゆる国の、あらゆる核実験・核兵器そして原発に反対し、ヒバクシャを生み出す全ての核開発を止めていくことを決意するものです。

2014年3月1日
被災60周年3・1ビキニ・デー全国集会参加者一同
 

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