2013年原水禁大会原水禁大会 2013年被爆68周年原水禁世界大会

メッセージfromヒロシマ2013報告

2013年08月05日

12:50 オープニング
広島朝鮮初中高級学校の皆さんの朝鮮舞踊

13:04 第(1)セクション 全国のお友だちと仲良くなろう
実行委員の紹介
踊りと歌を覚えよう!「Joy!!」レッスン
広島で何を学びましたか?

13:21 第(2)セクション 考えよう、表現しよう、平和の思い
平和のメッセージを書こう!表現しよう!

13:50 第(3)セクション 世界のお友だちと平和を語ろう
全国のお友だちからの一言メッセージ
海外のお友だちより(フィリピン、 韓国のお友だちからのメッセージ)

14:14 第(4)セクション 広島を学んで、そしてお友だちをつくろう
「ヒロシマとフクシマをつなぐⅠ─高校生の復興支援ボランティア活動─」
「ヒロシマとフクシマをつなぐⅡ─仮設住宅で行う絵本の読み聞かせ活動─」
「外国の人から見た広島」
全国のお友だちと「Joy!!」を歌って踊ろう!

14:35 エンディング 平和はみんなの心から ―2013夏休み―
みんなで書いた平和のメッセージが 「???」になって、登場しちゃいます!
世界への平和メッセージを発信!

「メッセージfromヒロシマ2013」

メッセージfromヒロシマは、広島朝鮮初中高級学校舞踊部の「朝鮮舞踊」からスタートしました。鮮やかな衣装に、会場中が魅了されます!なんと今年は、高級部の舞踊だけでなく、中級部の学生さんも参加して、歌の披露をしてくれました。
素敵なオープニングでスタートした子どものひろば「メッセージfromヒロシマ2013」ですが、ここでまず、総合司会を務めてくれた加古川くんと田中さんが登場!続けて、司会の石原さん、末國さん、宮國さんも登場です。

「全国のお友だちと仲良くなろう」

第1セクションは、実行委員の紹介から始まります。今年も実行委員は地元広島のみならず、三重、東京からも参加してくれました。実行委員を代表して、広島県の荒井君、三重県の佐々貴さんがメッセージをくれました。他の実行委員は、フルネームでのあいさつの子、遊び心を入れてあだ名で挨拶をする子など、バラエティーに富んでいました。そして、パソコン操作、ビデオ撮影、写真撮影担当なども、実行委員がすべて担当しているということもあり、スポットライトを浴びる形で紹介されました。前方にある巨大スクリーンに映しながらの紹介は、なかなか本格的なものなんです!ステージ上で自己紹介した実行委員たちも、子どもたちの近くに戻ったあたりで、司会者から「踊って緊張をほぐしましょう」との声が。まだ何を踊るのか、一体何をするのかすらもわからない子どもたちは、ドキドキしながらも立ち上がります。「えーっ!やだーっ!」なんて言いつつも、しっかり立ち上がって、ダンスの練習に参加してくれました。いやはや、みんな可愛い。今年のダンス曲はSMAPの「JOY!!」でした。司会を担当してくれた石原さんが、振り付けを考えてくれたものですが、力強く拳を上げる動きなど、みんな楽しみながら練習していました。

「考えよう、表現しよう平和の思い」

続く第2セクションは、花形シートに自分の平和への思いを書いて表現しよう、というコーナーです。当然、参加している子どもたちの志は高いのですが、やはりいきなりメッセージを書けと言われても戸惑ってしまうはず。そこで、まずは午前中に行ったフィールドワークの復習をクイズ形式で行いました。被爆樹木や原爆ドームなど、平和に関する様々な画像に関する問題を出し、答えがわかる子には、マイクを通して回答を発表してもらいました。そして、ひとしきり盛り上がった後は、平和のメッセージを書く時間です。花形のシートに書き込むのですが、少し加工してあるシートを使っているので、書く際に工夫が必要です。そこで、書き方などの説明をしてくれたのが、東京から実行委員として参加してくれた白子さんです。その後、子どもたちは、ペンとシートが配られると、一気に集中モードへ突入。我先にと思いを書きこみ、実行委員のもとへ持っていき、花形シートを所定の場所に張り込んでいきます。何やら張り込む先の大きなシートには不思議な模様があり、貼り込む場所も決まっています。ここがミソなんです!エンディングにおいて、このシートたちは形を変えて出てきますが、この時点では子どもたちはまだそのことを知りません。途中、会場内を司会者がビデオカメラと一緒に移動し、子どもたちにインタビューしていきました。「どこから来ましたか?」「何を書きましたか?」など、終始楽しそうなやり取りが続きました。そんなこんなで制作時間の20分はあっという間に過ぎていきました。

「全国・世界のお友だちと平和を語ろう」

第3セクションは、参加者同士が「ようこそ」の気持ちを伝えるコーナーです。今年は、25都道府県のお友だちが参加してくれました。全国各地のみならず、韓国、フィリピンからもゲストが参加してくれました。
メッセージを発表してくれた参加者の名前は、イニシャルにさせていただきます。

北海道(K・R)
北海道富良野市のK・Rです。68年前に原爆が落とされ、多くの人達の尊い命が奪われ、いまも後遺症に苦しんでいる人がいます。人と人が殺しあう戦争はもういりません。多くの人の命を奪う原爆はもういりません。わたしたちがこれからも平和で楽しく生きるためにも、原爆のない世界にしましょう。

北海道(N・Y)
北海道から来ましたN・Yです。核兵器はたくさんの人を殺したり苦しめたりもする最悪な兵器です。だから僕は核兵器はこの世で一番いらないものだと思います。核のない本当の平和の大切さを、帰ったら北海道の友達に伝えたいです。

山形(T・S)、(Y・M)
戦争はわたしたちの未来を奪います。世界の未来を奪います。核兵器の悲劇が二度と繰り返されないように、わたしたちは原爆の被害を理解し、その恐ろしさを全世界に伝えていかなければなりません。広島を考え、核兵器を拒否するのです。わたしたちは平和というものが当たり前に存在していける世界をつくることを誓います。

神奈川(N・C)
全国からお集まりの皆さん、こんにちは。神奈川県親子代表団のN・Cです。これから神奈川県親子代表団を代表してアピールします。わたしは神奈川県の厚木基地のすぐそばから来ました。原爆のことは学校の授業やテレビのニュースなどで知りました。原爆が落とされて今年で68年目になりますが、いまでも放射能の影響で病気になり多くの人達が苦しんでいます。地震で起きた福島の原子力発電所の事故で、海や大地、そして学校のグラウンドも放射能で汚染されたと、学校の先生から教えてもらいました。わたしたちの住む神奈川県の横須賀基地にも、原子力で動く空母があるので本当に怖いです。お父さんやお母さんも本当に心配しています。福島の原発事故を1日でも早く解決してください。原子力をなくして、安全な世の中にしてください。広島で勉強した原爆、戦争、原発のことを、神奈川県に帰って多くの友達にこの体験を教えていきたいと思います。神奈川県私鉄労働組合、相模鉄道労働組合、4年生N・C。

神奈川生活クラブ生協(H・S)
神奈川県から来ましたH・Sです。わたしは昔からお母さんに戦争について聞かされてきました。だから戦争はしちゃいけないことだということも知っています。お母さんが言うには、関東の人のほうが関西の人より戦争について知らないそうです。だからわたしはこのツアーで戦争についてよく知り、学校のみんなにそれを伝えていきたいです。

神奈川生活クラブ生協(K・N)
神奈川県から来ましたK・Nです。わたしのお父さんが8月6日の原爆が落ちてしまった日に生まれてしまったということで、そのことを思ってわたしはなぜ戦争が生まれてしまったのか、戦争とはどういうものだったのか、これから学びたいと思います。

東京三多摩(K・M)
三多摩から来ましたK・Nです。これまでに原爆資料館で、原爆がもたらしたあの日の恐ろしい出来事について勉強してきました。わたしは原爆が同じ人間同士がしたこととは思えませんでした。どうしてあんな悲惨な事が出来たのかと感じました。わたしたちはこの出来事をきっと忘れず、伝え続け、平和について考えていくべきだと思います。わたしはこの広島で学んだことを身近な人に話していくなどしていきたいと思います。

埼玉(K・M)
人間の歴史には、常に戦争がくり返されてきました。武器の発展が原子爆弾を作り出し、一瞬にしてたくさんの命を奪い、苦しみました。いまも世界のどこかで戦争が起きています。そして色々な国が核兵器という恐ろしい武器を持っています。これからを生きるわたしたちは戦争のない世界を目指していかなくてはなりません。そして二度と原爆の悲劇を繰り返さないために、一人ひとりが出来ることをこれからもみんなで考えて行動していきましょう。埼玉こども代表団、K・M。

群馬(A・N)
世界から核兵器をなくすために、広島に原爆が投下されてから68年が経ちました。原爆は平和な広島の街を、人の命を、そしてなにより人の心を破壊しました。いまでもその傷は、原爆を体験した人の心から消えることはありません。世界で核兵器を二度と使わないという非核宣言をしている国は、日本だけです。わたしたちはその唯一の国として、広島の悲劇を二度と繰り返さないように世界に核兵器の恐ろしさを訴えかけていく義務があると思います。いまなお世界からは戦争の火が消えません。しかし、武力でなくても問題は解決できると思います。世界から核兵器、そして戦争がなくなるよう呼びかけていきましょう。広島に学ぶ群馬こども代表団、A・N。

長野(K・K)
長野県から来ました、K・Kです。これから広島と世界に向けてメッセージを送りたいと思います。8月6日の朝8時15分、すべてが壊れた。僕らの未来も壊れた。僕らの未来を壊した戦争や核はいらない。望むのは平和だけだと、僕は思います。

三重(M・A)
わたしたち三重こども代表団は、戦争と核兵器の恐ろしさを学びました。想像以上に核兵器の恐ろしさを知り、いまなお苦しんでいると聞きました。広島に落とされる二日前、三重県も原爆投下の練習場所として使用されました。戦争はどの場所でもあってはならないと思います。三重県に戻ったら、日本だけでなく世界が平和になれるよう一人でも多くの人に何が出来るかを考え伝えていきたいです。三重県菰野町立菰野中学校、M・A。

香川(I・M)
香川県から来ました、I・Mです。今回、広島に初めてきました。68年前にひとつの原子爆弾でたくさんの人々が亡くなったことを、わたしは知りませんでした。今日色々な話を聞いて、原子爆弾など核兵器のない平和な日本にしていきたいです。ありがとうございます。

長崎(U・A)
みなさんこんにちは。長崎県から来ました、高校生1万人署名活動のU・Aといいます。わたしたち高校生1万に署名活動は、核兵器の廃絶と平和な世界の実現を目指して活動しています。長崎では毎週日曜日に核兵器の廃絶と平和な世界の実現を求める署名活動を行っています。1年間で集めた署名を持って次に派遣する平和大使がジュネーブの国連本部を訪問します。今日終わってから玄関のところで署名活動を行っているので、もしよろしければご協力お願いします。今日は1日平和についてみんなでいろいろ考えることができればいいなと思っています。ありがとうございます。

広島平和大使(K・C)
さきほどご紹介いただきました、わたしは第16代高校生平和大使のK・Cです。わたしは広島から選出されました。わたしたち高校生平和大使はさまざまな団体の方々に支えられて今年で16年目を迎えます。主な活動としては高校生1万人署名活動と、そしてその署名を国連に持っていくこと、そして国連で核兵器廃絶のスピーチをすることです。わたしたちの手で核兵器がなくせるように、みなさんでがんばっていきましょう。そして最後にわたしたち高校生平和大使と高校生1万人署名活動はみなさんの温かいカンパによって支えられていますので、どうぞ後でカンパのご協力お願いします。ありがとうございました。

広島(T・K)、(H・Y)、(I・M)
戦争がなかったら平和なのか、僕たちは話しあいました。平和って自分たちにとってどんなことなのか、考えました。ご飯が食べられること、みんなと学校で勉強できること、いじめがないこと、自分の意見が言えること、好きな本が読めること、生まれた国や場所で差別されないこと、家族と一緒に住めること。わたしたちが平和だと感じることは、憲法で守られていることも、少しだけど勉強しました。そして国は憲法を守るように努力しないといけないのです。でもいまその憲法を変えてしまおうとしています。できないから憲法を変えてしまうというのはおかしいと思います。憲法9条は、日本は戦争しないことを約束しています。守れないから変えてもいいのですか。戦争しないために、なくすために、みんなでなにが出来るか考えていきたいです。そしてみんなが平和だと思える世界を自分たちで作っていきたいです。

続いて、海外ゲストからのメッセージ発表です。まず韓国の高校生のイ・スヨンくん、続くイ・スンヒョンさん。そして、パク・サングンくんとメッセージを発表してくれたのですが、驚いたことに三人とも、きれいな日本語で挨拶をしてくれました。本当に流暢でびっくりです。そして、フィリピンからのゲストであるマリア・リテシア・コルムナさんは、日本の高校生との交流が盛んなことを伝えるとともに、周りの支援に感謝し、自分の出来ることをしっかりやり、そのことで平和に貢献できるように頑張ると信念を表明してくれました。  会場の参加者もそれぞれに印象に残る言葉があったはずです。自国のみならず、世界を平和にしたいという思いは、国が違っても、暮らしが違っても、同じものなのだと感じられる時間でした。

「ヒロシマを学ぼう、そして伝えよう」

終盤戦に入ってまいりました。第4セクションは、広島の実行委員による活動報告の時間です。今年もクオリティーの高いものばかり。トップバッターは、西さん、日上くん、神尾さんの三人による、絵本「ふくしまからきた子」の読み聞かせです。主人公の小学生の男の子が、福島原発事故から避難するために引っ越してきた同級生と交流する中で、放射能のこと、原発事故のことを考えていくという物語です。ニュースで知っていても、周りから聞かされていても、自分から興味を持つのと受け身とでは全然違うはずです。絵本の読み聞かせということもあり、多くの子供たちの心に入ってきたのではないでしょうか。発表二番手は、「高校生による復興支援ボランティア活動」です。広島の高校生、中学生で結成したボランティアグループが福島で行った「お好み焼き交流会」や「読み聞かせ活動」など、参加者が自主的に運営する様々な復興支援活動を通して、社会貢献の大切さを実感したという報告でした。最後に、大垰さん、吉岡さんによる報告発表「外国の人から見た広島」です。「広島に住んでいる外国人さんたちは原爆のことをどう思っているのか」という視点から、学校にいる外国人の先生に質問したことをまとめるという形式のものです。「初めて原爆ドームを見たときの印象」や「広島についてどう思うか」など、国際平和都市広島ならではの企画でした。どの発表も良く考えられたものとなっていて、参加してくれた子どもたちもより興味を持ったのではないでしょうか。
しかし、早朝からのフィールドワークで参加者の集中力もそろそろ切れてしまうのではというところで、一度練習した「JOY」を再度踊りました。さすが、子どもたちは天才です!すでにマスターし、完璧に踊れていました!

「平和はみんなの心から」

ついに、「メッセージfromヒロシマ2013」もエンディングを迎えます。実行委員を中心にみんなで考えた「平和のメッセージ」を三重県実行委員の西脇さん、広島県実行委員の神尾さん、藤澤さん、水谷さんが発表してくれました。この平和のメッセージは、原水禁広島大会のまとめ集会でも発表しているのですが、毎年本当に素直な気持ちが表現されていて、とても評判の良いものです。もちろん今年も、みんなの平和に対する熱い気持ちが入っていて、心が熱くなるものでした。この「平和のメッセージ」ですが、英訳して、核兵器を所有する国に向けて、メールで送っているんです。そして、その様子は、会場で画像を工夫することによって表現しています。世界中にメッセージが駆け巡っている様子は圧巻です!続いて、子どもたちは後ろを向くように指示されます。全員が後ろを向いて座りなおし、司会者の合図でカウントダウンを始めます。「ゼロ!」と大きな声が響き渡り、子どもたちが前を向くと、そこには鮮やかなモニュメントが!第二セクションで子どもたちがメッセージを書き込んだ花形シートが、大きな折り鶴の形になって登場しました。一人ひとりの思いが集まると、大きな力になることを表しているかのようなモニュメントへと形を変えたのです。子どもたちのみならず、会場後方にいる付き添いの方々も魅了されたのではないでしょうか。そこに、「終わりの時間が近づいてきました」という司会者の言葉が響きます。「最後にもう一度会場のみんなで盛り上がりましょう」という声とともに、子どもたちは立ち上がり、音楽がかかり、自然と曲に合わせて踊り始めます。「JOY!JOY!」と力強く歌う声も響きました!ここまで来ると、最初に緊張して固まっていた子も、恥ずかしがっていた子も、みんな混ざり合って楽しんでしまうものです。
あっという間に二時間のイベントも終わりを迎えました。参加者の平和への思いを形にするイベント、それこそが「メッセージfromヒロシマ」なのです。「平和な社会は自分たちでつくる」という司会者の締めの言葉がすべてを表しています。是非、このレポートをご覧の方、実行委員として、参加者として、「メッセージfromヒロシマ2014」にご参加ください!お待ちしています!

メッセージ from ヒロシマ 2013

広島に来たり、平和行進に参加するたびに、ほんとうにたくさんの世界中の人たちが、核兵器や戦争に反対しているんだなと思います。それなのに、どうして戦争はなくならないのでしょう。

私たちは原爆資料館で見て学んだことを忘れることができません。服の模様が肌に焼きついた女性の写真や、皮膚が垂れ下がった被爆者の人形、家の下敷きになって動けない人たちの様子など、それがたった一つの爆弾によって引き起こされたということに驚きました。68年前広島と長崎に落とされた、たった二発の原子爆弾は、一瞬にして数十万人の大人や子どもの命を奪い、今なお苦しめ続けています。

沖縄では毎年6月になると社会科の授業で沖縄戦について学びます。「国内唯一の地上戦」で、戦闘は約5カ月間も続き、住民の多くが巻き込まれ、20万人以上の命が奪われました。戦争の被害は広島、長崎、沖縄だけではありません。東京、名古屋、大阪をはじめ、日本各地でも空襲によってたくさんの命が犠牲となりました。また、日本は戦争によって大きな被害を受けただけではなく、日本はアジアの国々に大きな被害を与えたことも、同時に学ばなければなりません。
世界が平和になるということは、戦争が無くなることだけではなく、みんなが平等に生活できることだと思います。いじめや差別も無くなることだと思います。

2011年3月11日、東日本大震災によって日本はたいへんな被害を受けました。私たちは福島の復興支援ボランティア活動に参加しましたが、震災当時の話は、まるで原爆が落とされた広島の話を聞いているようでしたし、2年が経った今も、テレビで観た当時の光景と何も変わっていませんでした。
自然災害だけではなく、原子力発電所の放射能被害があったということは納得できません。広島・長崎・チェルノブイリなど、多くの所で原子力の危険性について訴えているにもかかわらず、このような事故が起きたことは、学ばない人が多くいるからだと思います。私たちは福島に行って、放射能の恐ろしさとみんなで協力することの大切さを学びました。今回この事故で多くの人が心に刻まなくてはなりません。

今も世界のどこかで戦争が起きており、何の罪もない子どもたちが殺されています。子どもたちには明るい未来があり、そんな尊い命を奪う戦争など決して良いはずがありません。戦争から生まれるものは、悲しみ・憎しみなどでしかありません。戦争はただの愚かな行為です。子どもたちの明るい未来のために戦争を無くしていきましょう!

どうして戦争が起きるのか、平和な世界をつくるためにはどうしたらいいのか。被爆者の体験した苦しみや悲しみ、戦争や核兵器の悲惨さを学び伝えていきましょう。  自分にできることから行動していくことで、少しずつでも戦争や核兵器を減らしていくことができるはずです。戦争を知る努力をしましょう。いじめや差別をなくしましょう。みんなが笑顔でくらせる社会をつくりましょう。
「もう戦争はいらない! 核兵器もいらない!」

2013年8月5日 子どものひろば「メッセージ from ヒロシマ 2013」参加者一同

このメッセージは英語に訳して、核兵器を持つ国へとメールで送信しています。

2013年8月5日

子どものひろば「メッセージ from ヒロシマ 2013」参加者一同

このメッセージは英語に訳して、核兵器を持つ国へとメールで送信しています。

子ども海外ゲスト コメント&プロフィール

◎李承鉉(イ・スンヒョン/韓国・蔚嶽(ウルサン) ナムチャン高校1年)
こんにちは。私は蔚山(ウルサン)ナムチヤン高校1年のイ・スンヒョンです。亡くなった祖父(李康寧)が長崎の三菱軍需工場で働いている時に、原爆の被害にあいました。祖父は「被爆者はどこにいても被爆者だ」と訴えながら、在外被爆者の補償のために努力しました。私もその意思を受け継いで、戦争と核兵器のない平和な世界になるよう、努力していきたいと思います。

◎李修蓮(イ・スヨン/韓国・忠淸南道 江景(ガンギョン)高校3年)
私の母は日本人で、父は韓国人です。私は4人兄弟(一男三女)の三番目に生まれました。
日本と韓国は距離は近いのですが、心の距離は遠いかもしれません。私はその距離を縮めたいです。そのための第一歩として『高校生一万人署名活動』を実現してみたいです。私の夢は広告デザイナーで、言葉は通じなくても理解できる、奇抜で世界に通用するような広告をつくって、世界の人々が差別と偏見を捨てられるようにしたいです。温かい目で見られる広告を作りたいです。そんな広告を作るために、各々の国の文化を理解することが重要だと思います。この活動で日本の文化を学んで平和を広めたいです。

◎朴尚根(パク・サングン/韓国・大邱(テグ) ナムサン高校1年)
こんにちは。私は韓国の3番目の都市、大邱にあるナムサン高校1年生のパク・サングンです。私は、学校の放送部でアナウンサーを担当していて、将来の夢を実現するために部活動を頑張っています。8月に日本の広島・長崎を訪問して、原子爆弾の実態を把握し、その被害を韓国の友達に伝えたいと思います。日本の多くの友達と交流し、近いのに遠い国ではなく、近くて近い国になるように努力したいと思います。

◎マリア・リテシア・コルムナ(フィリピン)

TOPに戻る