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【ニュースペーパー2011年9月号】原水禁関連記事

2011年09月01日

●「さようなら原発1000万人アクション」へ力を示そう
政策転換へ! 組織の総力を挙げて

平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成

●被爆66周年原水禁世界大会・国際会議 「脱原発」へ熱い討論

●福島から広島、長崎、そして沖縄へ――原水禁世界大会開かれる
福島原発事故から「核社会」を問う


「さようなら原発1000万人アクション」へ力を示そう
政策転換へ! 組織の総力を挙げて

平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成

国の犯罪、原子力推進
 8月18日付の毎日新聞では、昨年の新潟県柏崎市、刈羽村で行われた防災訓練で、「地震と原発事故が同時に発生した」との県の想定を、原子力安全・保安院が「原発事故が地震で起きるとの不安や誤解を与える」として、「豪雪と原発事故」へ変更させていたと報道されました。2007年に発生した中越沖地震では、東京電力柏崎刈羽原発は放射能漏れも含めて極めて甚大な事故を起こし、すべての原子炉が停止しました。未だ3基の原発は再稼働できない状況にあります。原発震災が現実のものであると教えた重大な事故でした。そのような現実があったにもかかわらず、県の防災訓練において地震と原発事故を切り離そうとする国の安全行政の姿勢は許されません。
加えて問題なのは、同じく原子力安全・保安院が、各地でプルサーマル計画推進の賛成意見を引き出す「やらせ依頼」をしていたということです。原子力政策は、国民の中で賛否が分かれています。それを、規制の側から推進の結論を導く役目を買って出るということは、まさに犯罪です。

地方自治体も住民の声を聞かない
 さらに絶望的なのは、地域住民の安全を守るはずの地方自治体も、古川康佐賀県知事の疑惑にあるとおり、同様のやらせに手を貸していたということです。北海道電力泊原発は東日本大震災以降、調整運転を続けてきました。8月17日、福島第一原発事故の原因究明の結論を見ない上に、泊原発に近い黒松内低地断層帯や沖合海底の活断層に新しい知見が見られている中で、原子力安全・保安院から言われるままに、高橋はるみ北海道知事は、営業運転再開を容認する立場を明確にしました。
古川知事も、高橋知事も電力会社からの献金を受け取っている立場です。国の言いなりでしかない、電力会社の立場にしか立たない地方自治とはいったい何なのでしょうか。地方分権、地方主権という声は、全く実態のない絵空事です。国から地方へ、政治は全く住民の声に耳を貸さず、福島の現実を見ようともしていません。
8月17日に、福島の子どもたちが国へ思いをぶつける集会が衆議院第一議員会館で開かれました。外に出ることもできず、友だちと別れて転校を余儀なくされた子どもたちの声を、行政はどのような思いで聞いたのでしょうか。

生活者が主人公の新しい社会へ
 今年の原水禁世界大会は、フクシマからヒロシマ・ナガサキを経て、オキナワまでをつないで開催されました。戦争や基地、原発という、合意なき国策によって多くの命が犠牲となってきた政治の、そして社会のあり方を見つめ直し、一人ひとりの命に寄り添う政治、社会をつくろうではないかと提起してきました。脱原発はそれだけにとどまりません。私たち生活者が主人公の、新しい社会のあり方が、そこから見えてくるのです。
そのためにも9月19日、「さようなら原発全国集会」を圧倒的な力で成功させようではありませんか。明治公園をいっぱいにしようではありませんか。そして、「さようなら原発1000万人署名」をやり遂げようではありませんか。
日本に住む私たちは、「我慢」と「自己犠牲」によって戦後の復興を勝ち取りました。そして、東日本大震災からも必ずや立ち上がるに違いありません。しかし、それでは政治の、社会のあり方を変えることはできません。私たちは、腹の底に貯めてきた「我慢」のエネルギーを、爆発させなくてはなりません。平和フォーラム・原水禁の組織をあげて、圧倒的な力を示そうではありませんか。

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福島県民集会には雨の中、約1,700人が参加(福島市・7月31日)


被爆66周年原水禁世界大会・国際会議
「脱原発」へ熱い討論

今年の原水禁世界大会・国際会議は8月5日、広島市のYMCA国際文化ホールを会場に約160人を集めて開催されました。
今年の特徴は、3月11日に発生した東京電力・福島第一原発の事故を受け、「脱原発法」を制定したドイツの運動と一層連携を密にするとともに、事故後も原発輸出を実現しようとしている日本、そして韓国の動きを止めさせ、原発輸出の対象となっているアジアの人々による運動と連帯すること。さらに、脱原発の運動を世界に広げることを大きな目標として掲げたことです。
このため国際会議の主催も「原水禁世界大会実行委員会」と「ノーニュークス・アジアフォーラム」、「日韓反核市民社会フォーラム」の3団体主催となり、アジア各国の反原発活動家も多数参加する会合となりました。また、これまで核兵器廃絶での共同行動をとってきた世界最大の原発大国・アメリカからも、反原発の活動家が参加しました。

110901n_2.JPG長時間にもかかわらず充実した討論が展開(8月5日・広島市)

収束の見えない福島第一原発事故を語る
 国際会議の「キーノート・スピーチ」(原水禁HP参照)を、藤本泰成・原水禁大会事務局長が行った後、福島第一原発事故についての報告が行われました。
まず、福島県平和フォーラム事務局長の原利正さんが、福島第一原発事故後の県民の状況、とくに子どもたちの被曝線量が、政府によって年間1ミリシーベルトとするこれまでの基準が確約されていない不安を語りました。続いて、原子力資料情報室の上澤千尋さんから、福島第一原発事故の状況がいかに凄まじいものであったかについて話がありました。さらに上澤さんから、収束の見通しも立たない現状についても報告があり、医師でヒバク反対キャンペーンの振津かつみさんが、チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故での放射能汚染を比較しながら、汚染の深刻さを語り、改めて子どもの年間被曝線量1ミリシーベルトを守ることの必要性が訴えられました。
この後、韓国・参与連帯のパク・チャンウンさん、米・ピースアクションのニューヨーク州事務局長のアリシア・ゴッズバーグさんらが、福島第一原発事故がどれほど衝撃的であったか、福島や周辺の人々のことを心配するとともに、韓国や米国での反原発運動について語りました。

欧米やアジア各国で進む運動
 第2部では、深刻な福島第一原発事故の収束も見られない中で、日本や韓国が原発を海外、とくにアジアへ輸出しようとしていることの問題を、原子力資料情報室・共同代表の伴英幸さんと、韓国のエネルギー正義・行動からイ・ホンソクさんが訴えました。第1部、第2部ともアジア各国から参加した人たちからの質問も多く、活発な討論となりました。
午後からは「脱原発に向けて」というテーマで、日本から原子力資料情報室・共同代表の西尾漠さん、台湾から環境保護連盟元会長のリン・ビーヤオさん、ドイツ緑の党副代表で連邦議会議員のベーベル・ヘーンさん、そして先述のアリシア・ゴッズバーグさんがそれぞれ訴えました。
ヘーンさんは、「ドイツでは2002年に原子力法を改正して、2001年から23年にかけて全ての原発の運転停止を決定していました。しかし、09年の総選挙で勝利した保守連立政権が10年12月に原子力法を改正し、脱原発期限をそれぞれ12年間延長したのですが、福島第一原発事故を受け、ドイツ連邦議会は再び2022年までに全原発の運転停止を決定しました。この再改正には国民の行動が政府に大きな影響を与えました」と語りました。
ゴッズバーグさんは、「ピースアクションは核軍縮を運動の柱としていたが、今後は脱原発運動も積極的に進める。まず、自分の住んでいるニューヨークの『インディアンポイント原発』の廃炉の運動に取り組む」と語りました。
なお、国際会議の進行役は原子力資料情報室の澤井正子さん、環境エネルギー政策研究所(ISEP)の竹村英明さんが務めました。報告も討論も充実したものでした。ぜひ、これから発行される記録集を読んでください。


福島から広島、長崎、そして沖縄へ――原水禁世界大会開かれる
福島原発事故から「核社会」を問う

「被爆66周年原水爆禁止世界大会」は、3月11日の東京電力・福島第一原発事故を受け、初めて福島市で大会をスタートし、広島、長崎、そして沖縄へとつなげていきました。
福島第一原発事故は、原子力開発史上最悪の事故として国内外に大きな衝撃を与え、ドイツやスイス、イタリアなどの国々が脱原発政策を選択しました。今回の事故は21世紀を画する世界的・歴史的な出来事であると捉え、核の軍事利用も商業利用も含め、それを支える「核社会」そのもののあり方を問う大会としました。
さらに、沖縄大会を含めることによって基地も原発も合意なき「国策」の結果、「命」が軽視され、そこに暮らす人々に大きな負担を強いていることを訴えました。弱い立場にある地域や、そこで暮らす人々の負担の上に、「繁栄」が築かれてきたことなど、これまで私たちの社会が抱えてきた「核」や「基地」に対する問題を提起しました。

110901n_3.JPG会場いっぱいの850人が参加した福島大会(7月31日)

被災地福島から脱原発をめざす
「福島から声を上げ、大きな行動に結びつけていこう!」――「被爆66周年原水爆禁止世界大会」は、7月31日に福島市で開催されました。大会に先立ち、市内では県民集会が行われ、約1,700人の参加者が「原発はいらない」「放射能のない福島を返せ」と訴え、原水禁福島大会に合流しました。大会には県内外から約850人が参加し、「フクシマ」をスタートに、脱原発の実現をめざすことを確認しました。
主催者を代表し、川野浩一大会実行委員長(原水禁議長)は「私たちはこれまで『核と人類は共存できない』と、原発にも反対して長く運動をしてきたが、今日の事態を招いたのは、その力が及ばなかったからで、残念でならない」とし、「広島・長崎の被爆者は66年間闘ってきたが、それがこの福島でも始まる。ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ、そして『ノーモア・フクシマ』の声をあげていこう」と呼びかけました。
地元の福島県実行委員長の竹中柳一さん(福島県平和フォーラム代表)は、「原発から40㎞も離れた飯舘村では食べ物を生産できない大地が広がっている。これ以上、ヒバクのある世界をつくってはならない」と訴えました。さらに双葉地方原発反対同盟の石丸小四郎さんからは、「県民は病み苦しんでいる。学校の校庭では高い線量の放射能があり、子どもたち達に押しつけている。農業者などの自殺者も増加している」と、切実な実態を語りました。
ルポライターの鎌田慧さんからは、「どうして福島に東京電力の原発がつくられたのか。中央が東北へ押しつけたからだ。これまで原発が作られたところは、反対運動が負けてきたところだ。原発は巨大な利権でできている。しかし、その危険性と、何万年もかかる廃棄物処理を考えると、コストは膨大だ。もう世界は脱原発に転換している。私や大江健三郎さんなどが呼びかけている『さようなら原発1000万人アクション』の署名や9月19日に東京で開催される全国集会に参加してほしい」と呼びかけました。

「核兵器」「ヒバクシャ」も討議された広島と長崎
 広島大会は8月4日~6日、長崎大会は8月7日~9日にかけて行われ、国際会議は8月5日、広島で開催されました。それぞれ参加者は、約6,800人(平和ヒロシマ大会)、約4,500人(平和ナガサキ大会)、約160人(国際会議)でした。大会では「脱原発」、「核兵器廃絶」、「ヒバクシャ援護・連帯」の三つの柱で分科会やひろば、フィールドワークが取り組まれました。
「脱原発」課題では、福島第一原発事故の現地の現状について、地元福島の関係者から多くの分科会で報告がなされ、今も放射能に曝され、故郷を奪われた人たちの苦しみが語られました。その上で今後の運動課題として、とくに脱原発に向けた、日本のエネルギー政策について議論を深めました。再生可能エネルギーの拡大に向けた展開について、「日本は水力、バイオマス、地熱など豊富な自然エネルギーを持っている」(藤井石根・明治大学名誉教授)ことなどが指摘されました。
「核兵器廃絶」の課題では、昨年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議以降の動き、それに対する日本政府の姿勢とともに、東北アジアの平和と安全保障の問題を取り上げ、議論を深めました。先のNPT再検討会議で確認された中東非核化会議の開催(2012年)が中東の政変で危ぶまれていること、米ロの核兵器削減条約(新START)以外に進まぬ核保有国の核軍縮の足踏み状態を是正させるために、日本政府への働きかけや国際的な連帯行動の重要性が指摘されました。
日本をめぐる状況では、米軍再編や、「新防衛計画大綱」による中国や北朝鮮への「軍事的脅威」をつくることによる緊張政策に対し、どう対抗していくべきか議論されました。また、沖縄の基地の闘い(普天間基地移設、高江ヘリパッド建設、辺野古新基地建設など)に学び、連帯することが確認されました。その上で、日本の核の傘からの離脱、東北アジア非核地帯構想の実現に向けた提起がなされました。
「ヒバクシャ」の課題でも、福島原発事故による大量の放射能の放出による被曝が大きな問題として、討論が行われました。事故の収束のめども立たない中で、常に放射能に曝される現地の苦しみは、「二度とヒバクシャをつくらない」として運動を進めてきた私たちに重い課題を残しています。避難や除染、そして補償などさまざまな課題が事故をめぐって出されました。子どもたちの「命」や「未来」をどのように守るのか、私たちに問われました。
さらに、原爆による被爆者が高齢化する中で、残された課題が山積していることも確認されました。行政区域の違いによって切り捨てられた長崎の「被爆体験者」や、援護法の平等の適用から排除されている「在外被爆者」、援護法からも除外されている「被爆二世・三世」などの課題解決が求められることが報告されました。また、今年はチェルノブイリ原発事故から25年目に当たり、現地からゲストを招き、現在のチェルノブイリ周辺の状況や自身の経験が語られました。

原発輸出やエネルギー政策を討論・国際会議
国際会議は、「ノーニュークス・アジアフォーラム」と「日韓反核市民社会フォーラム」との共催で行われ、アジアを中心に韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、タイ、インド、イラク、ドイツ、アメリカなどから多彩な顔ぶれが参加しました。会議は、「福島原発事故を考える」「原発の海外輸出を考える」「エネルギー政策の転換にむけて」の三つのセッションに分けて報告と討論がなされました。福島原発事故を受けて、海外代表の間では「安全な原発はないこと。核の平和利用というものがどれほど反平和的であるかがわかった」(韓国・参与連帯)などの発言に代表されるような認識が共通していました。

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国際会議で福島の現状を報告する原利正・福島県平和フォーラム事務局長(広島市・8月5日)

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長崎大会のまとめ集会の様子(長崎市・8月9日)

原発も基地も押し付けられた国策・沖縄大会
 8月11日、原水禁世界大会の最後となる沖縄大会が宜野湾市内で、約320人が参加して開催されました。講師を務めた元琉球新報論説委員長で沖縄国際大学教授の前泊博盛さんは、原発の推進と、沖縄での基地の問題は、「命の危険を地域に押し付けて、国策の名の下に政策が進められる点では同じ」とした上で、これまで地域社会の発展が、基地経済や原発経済に依存して進められてきたことを指摘しました。しかし沖縄では、基地経済が果たしてきた経済効果の実態は、言われているよりも小さく、基地経済からの脱却が必要であるとも語りました。
今、あらためて「脱基地」、「脱原発」が求められていることを確認し、福島からスタートした原水禁世界大会を閉幕しました。

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