声明 - 原水禁

【原水禁声明】原子力政策推進と南鳥島への「核のごみ」処分地選定調査申し入れに 断固反対し抗議する

2026年03月12日

3月3日、高レベル放射性廃棄物(「核のごみ」)の最終処分地の選定をめぐり、経済産業省が、東京 小笠原村の南鳥島で調査の第1段階となる「文献調査」の実施について村に申し入れを行いました。これを受け、原水禁は、抗議の意思を示す声明を発出しましので、ここにお知らせいたします。

原子力政策推進と南鳥島への「核のごみ」処分地選定調査申し入れに断固反対し抗議する

3月3日、経済産業省は、東京都小笠原村に対して南鳥島での「文献調査」の実施について申入れを行った。「文献調査」とは、高レベル放射性廃棄物(「核のごみ」)の最終処分地を選定するための第一段階の調査である。

日本では2000年に成立した「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」にもとづき、原子力発電(原発)から出る「核のごみ」を地下300メートル以上に埋設し、数万年から10万年単位で隔離する地層処分を基本方針として、原子力発電環境整備機構(NUMO)が処分事業を担っている。

政府は各自治体から手が挙がるような仕組みによる「応募誘導政策」を進め、これまで北海道の寿都町や神恵内村、佐賀県玄海町でNUMOが処分地の選定調査を進めている。

「応募誘導政策」が行き詰まる中、政府は「地域任せにせず、国の責任で地域に協力をお願いしていく」として、小笠原村への要請となった。政府は調査有望地を表示した「科学的特性マップ」で「好ましい特性が確認できる可能性が相対的に高い地域とされている」ことや「全島が国有地である」ことなどを理由にあげている。

しかし、島の面積はおよそ1.5平方キロメートルであり十分な処分場所の確保ができるとは言い難く、台風の常襲地域であること、気候変動による海面上昇など長期的な環境変化の危険性も高いと考えられる。また、近年南鳥島近海では、放射性物質を含まない良質のレアアース鉱床が発見され、その開発が期待されている。

原子力政策は、経済面でも環境面でも利点はなく、政策そのものが行き詰まっていること、原発再稼働によって「核のごみ」がより一層増えていく問題を、原水禁はこれまでも繰り返し指摘してきた。日本だけでなく、世界のどこにも放射性廃棄物処分に関して確実に安全だと言い切れる場所は存在していない、にもかかわらず、処分地をどこかに設定し埋めてしまえばよいという安易な発想で問題を処理しようとしていることは許されない。本来問われるべきなのは、原子力政策とその構造的矛盾ではないか。

原水禁は、現状においては、脱原発を実現してこれ以上「核のごみ」を出さないこと、そして核燃料サイクル計画を断念し、使用済み核燃料はドライキャスクなど比較的安全な方法で監視できる場所で保管することを提起している。

日本の原子力政策は、「原発を動かして核のごみを生む、しかし処分地は決まらない」という矛盾を抱えたまま続けられている。その結果として、「住む人が比較的少ない場所、すなわち過疎地に膨大な財政支援を付帯して押しつける」という、極めて差別的で不公正な方法で進められる。

原水禁は、原子力政策そのものが誤った政策であることを強く訴え、脱原発社会の実現をめざしていく。今回明らかになった南鳥島への処分地選定調査の申し入れというやり方には断固反対する。そのうえで、「核のごみ」の問題については、地層処分方針からの転換を求め、すでに生み出してしまった「核のごみ」の行き場については、開かれた場所での議論を丁寧に進めていくことを、政府に求めていく。

2026年3月12日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

【原水禁声明】東京電力福島第一原発電事故から15年 事故はいまだに終わっていない

2026年03月11日

3月11日という日を迎えるにあたり、東電福島第一原発事故の教訓と現在の課題をあらためて共有するため、原水禁は以下の声明を発出しました。

東京電力福島第一原発電事故から15年 事故はいまだに終わっていない

2011年3月11日に発生した東日本大震災。マグニチュード9.0という日本周辺における観測史上最大規模の地震によって大津波が発生し、多くの人も街も、それまでの生活のすべてをのみこむ甚大な被害をもたらしました。震災によって亡くなられた1万5900人を超えるみなさまに心から哀悼の意を表します。今も行方のわからない方が2519人いるとされ、避難中に体調を崩すなど、この15年の間に災害関連死と認定された方は3810人にのぼります。(人数は警察庁・復興庁まとめ)

震災発生当時、東京電力(東電)福島第一原子力発電所(原発)は1号機から3号機が運転中で、4号機から6号機は定期検査中でした。「想定外」とされた大津波によって全電源が喪失し、1号機から3号機は炉心溶融(メルトダウン)が起きました。その影響により水素が大量発生した結果、1号機・3号機・4号機が水素爆発を起こし、原子炉建屋、タービン建屋および周辺施設が大破しました。映像によって水素爆発の様子が報じられ、わが目を疑う事態が起きていることに私たちは大きな衝撃を受けたのです。

周辺住民の混乱は、筆舌に尽くしがたいものがありました。津波による被害から逃れるために着の身着のまま避難していた多くの住民は、そのまま自宅に戻ることもできず、行方不明の家族や親族等を探すこともできないままに避難を強いられました。目に見えない放射能におびえ、寒さに身を震わせながらの避難は大変なことでした。さまざまな報道がなされ、原発事故から避難することがどれほど過酷で残酷であったかを、私たちは目の当たりにすることになったのです。その衝撃は15年経った今でも決して色あせることはありません。まして2万3000人を超える福島県内外に避難を強いられ続けている住民の心情を思うとき、言葉にはならない強い憤りと不安を抱かざるにはいられません。

東日本大震災から15年。復興する各地の様子が報じられることも多くなりました。しかし、避難指示・避難準備に指定されていた地域では住民の帰還率は20%にも満たず、いまだ復興とは程遠い状況にあります。東電福島第一原発事故は発生から15年経った今も、決して終わることはありません。それどころか、安全な廃炉に向けた道のりは遠く、多くの困難が待ち受けていることが明らかになっています。放射性物質に汚染された除染土(汚染土)は現在、福島県内の中間貯蔵施設に保管されていますが、2045年までに福島県外で最終処分することが決定しています。その行先はいまだ明らかになっていません。1号機から3号機にある核燃料デブリは約880トンとされていますが、試験的に取り出せたのは約0.9グラム、わずか「10億分の1」という現状です。それでも国と東電は「廃炉措置」を2051年までに完了させるというロードマップを提示し続けています。

政府の「原発回帰」政策は、これらの現実を直視しているのでしょうか。収束の見通しが不透明でありながらも、核燃料デブリを取り出し、2051年までに「廃炉措置」が実現できると強弁をふるい、過酷な避難を強いられた住民への医療費等の補助を打ち切り、事故の被害を小さく見せようとしています。まるで原発事故は終わったと言うかの如く、再び原発推進に舵を切り、避難者を切り捨てる政府の方針は、決して許されません。

東日本大震災・東電福島第一原発事故から15年を迎えるにあたり、原水禁は改めて命の尊厳と向き合う政策を政府に求めるとともに、「核と人類は共存できない」という理念の実現に向け、とりくんでいきます。原発に頼らない未来を描き、核エネルギーからの脱却を実現するその日まで、私たち原水禁運動の歩みを続けていく決意です。

2026年3月11日
原水爆禁止日本国民会議(原水禁)
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

原水禁声明「原子力事業者の適格性欠如と原子力政策の根本的破綻を訴える」

2026年01月23日

東京電力柏崎刈羽原発の再稼働および中部電力浜岡原発における不正問題を受けて、原水禁は以下の声明を発表しました。

原子力事業者の適格性欠如と原子力政策の根本的破綻を訴える

柏崎刈羽原発は、2011年に東京電力福島第一原発事故を引き起こした当事者である東京電力が運転主体となる原発である。事故の収束は見通せず、廃炉作業の先行きは不透明で、被災者に対する補償も不十分である。「ALPS処理水」や高濃度汚染の廃棄物処理、除染土と、廃炉作業を進める中でさらに問題は深刻化してきている。原発事故を引き起こした当事者として自らの責任を果たしていない東京電力に原発を動かす資格はない。まず東京電力がなすべきは、再稼働ではなく、福島第一原発の安全で確実な廃炉措置を進めることである。

今回の柏崎刈羽原発再稼働にあたって「地元合意」が強調されているが、その実態は知事の判断を県議会が追認したに過ぎない。「再稼働の条件は整っていない」「東電による運転を不安視する」という県民意識調査で多数を占めた声に応えることなく、住民投票による意思表示さえさせないまま再稼働への判断が下されたことは、民主主義のあり方としても大きな疑問を残す。

東京電力は当初1月20日の再稼働を予定していたものの、直前で制御棒の警報不具合で延期とし、21日未明に点検を終え、その日のうちに柏崎刈羽原発6号機を再稼働させた。しかし稼働から5時間で、原子炉から制御棒を引き抜く作業中にトラブルが発生し、作業を中断、その原因の特定に時間がかかるとして、原子炉を停止する判断となった。一連のお粗末な対応は、15年前の原発事故の教訓を忘れ、再稼働ありきで、安全最優先という基本姿勢を蔑ろにする企業体質を明白なものとした。

原子力発電事業者の不祥事、トラブルに関しては枚挙に暇がない。

中部電力も安全意識の欠落が明らかである。浜岡原発再稼働に向けた審査で、安全対策の水準となる基準値振動のデータ捏造問題が発覚した。

さらに、外部通報がなければわからなかったという事実は、原子力規制委員会の安全審査の信頼性そのものまでも疑念を生じさせる。再稼働を渇望する原子力事業者への「お墨付き」を与えているのみで、原子力規制庁・規制委員会の審査に限界があることはだれの目にも明らかになった。

東京電力福島第一原発事故の発生からまもなく15年となるが、今なお多くの人びとが避難を強いられ、ふるさとや生活を奪われたままである。事業者の安全管理体制が十分ではないにもかかわらず、日本政府は原発推進、積極活用へと再び舵を切った。私たちは被害者の苦しみに背を向け、原発事故をなかったかのように政策を推し進めようとする政府の姿勢を決して許すことはできない。

もはや原子力災害に対する「想定外」など存在しない。経済一辺倒で、安全を二の次にするような原子力政策そのものを今すぐ撤回すべきである。

2026年1月23日
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

原水禁声明「首相官邸関係者による核保有発言に抗議するとともに、 高市政権の核兵器政策の転換を求める」

2025年12月19日

首相官邸関係者による「核保有」発言(12月18日)について、原水禁は以下の声明を発表しました。

首相官邸関係者による核保有発言に抗議するとともに、
高市政権の核兵器政策の転換を求める

高市政権の安全保障政策を担当する首相官邸関係者が12月18日、日本は核保有すべきと発言したと報道されている。原水禁はこの発言に強く抗議するとともに、高市政権としての核兵器に対する姿勢に深い憂慮を表明する。

当該発言は記者団の非公式取材に対し、「個人的見解」「自らの持論」などとしながら行われたというが、戦争被爆国の政府関係者として遵守すべき「非核三原則」を否定するものであり、いかなる留保をつけようと許されるものではない。

そもそも、あらたに核保有を図ることは、日本政府も参加している核拡散防止条約(NPT)違反である。また、プルトニウムを現に日本国内に抱え込んでいることを踏まえれば、東アジアをはじめとする世界各国に与える負のインパクトは非常に大きいと言わざるを得ない。

これまで日本政府は、被爆国として核保有国と非保有国との橋渡しを行うと主張してきた。しかるに、その建前すら投げ捨てたうえ、核抑止への全面的な傾斜を露わにする発言であって、日本政府として当該発言に対する責任ある対応を早急に行うべきである。

高市政権は、来年の安保三文書の改定にあわせて、非核三原則の見直しを検討していると言われている。とくに「持ち込ませず」の項目を焦点とし、アメリカによる核抑止の実効性強化を狙うものとされる。

しかし、戦争被爆国として本来めざすべき核兵器廃絶の道筋とはまったく正反対の、核抑止依存の現状を正当化し続けていることが、さらに矩をこえる「核保有」などという主張を政府内に跋扈させることに繋がっていると言わざるを得ない。

80年前の広島・長崎に原子爆弾が投下され、約21万人の尊い命を奪った。命を救われた被爆者も今なお原爆症などの後遺症に苦しめられている。「二度と戦争してはだめだ、二度と原爆を使ってはならない」と、被爆者は訴え続けている。あのような大量無差別破壊兵器はこの地球上から無くしていかなければならない。被爆者の、そして多くの市民の願いは、日本政府こそが核兵器禁止条約(TPNW)へ参加・推進するなど、非人道兵器である核兵器の廃絶のための世界的なとりくみの最先頭に立つことである。

原水禁は日本政府が当該発言の重大さに向き合い、これまでのありかたを深く反省し、「非核三原則」の堅持を再確認するとともに核兵器政策を根本から転換することを強く求める。そして、私たちは戦争被爆国日本の市民としてあらためて、世界の人びとと連帯し「核も戦争もない世界」の実現に向け、引き続き力を尽くしていく決意を表明する。

2025年12月19日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

原水禁声明「『信を問う』とは何か 柏崎刈羽原発の再稼働は県民からは認められてはいない」

2025年11月26日

11月26日、東京電力・柏崎刈羽原発の再稼働容認表明を受けて、原水禁は以下の声明を発表しました。

 

原水禁声明 「信を問う」とは何か 柏崎刈羽原発の再稼働は県民からは認められてはいない

 

11月21日、「信を問う」と繰り返し発言してきた新潟県・花角英世知事が、東京電力(東電)柏崎刈羽原発の再稼働の容認を正式表明した。東電福島第一原発事故の原因究明も、原発事故被害者への補償も十分には進まず事故の収束さえ見通せない中で、知事が再稼働を認めたことに私たちは強い危機感と深い憤りを覚える。「信を問う」手段は、県議会で信任を仰ぐことではなく、県民投票や知事選挙ではないのか。

原発推進政策に舵を切った政府は、避難道路整備の全額国費負担や、柏崎刈羽原発周辺自治体への財政支援拡大など、「地元の理解」を得るための施策を次々と打ち出してきた。こうした「支援」を背景に、知事が再稼働容認へ傾いたとされるが、県民意識調査では賛否が拮抗しており、再稼働への理解が得られているとは言えない。知事が新潟県議会を『信を問う』方法として選んだ理由として、「投票という形を取ると分断が深まる」と述べている。しかし、住民の分断を招く可能性を認識しながら再稼働を容認すること自体が矛盾している。

柏崎刈羽原発では、テロ対策の秘密文書を社員が無断でコピーするなど管理不備が今年6月に複数見つかっていたことが明らかになっている。2021年にもテロ対策をめぐる不備が相次ぎ、原子力規制委員会が「事実上の運転禁止命令」を出していた。この命令は解除されたとはいえ、東電の安全への意識改革が徹底したとは感じられない。原発事故を起こした当事者でありながら、基本的な安全管理もできず、欠陥を露呈し続ける東電に原発の運転を任せることはできない。

2026年3月で東電福島第一原発事故から15年を迎えようとする今も、事故による避難を強いられ、故郷に戻れない人々は各自治体の発表を合計すると5万人以上にのぼる。東電が事故を起こした責任をいまだ果たし切れていない中で再稼働に進むことは、原発事故被害者を切り捨てることにもつながる行為である。

柏崎刈羽原発は2007年の中越沖地震で被災している。日本のどこであっても巨大地震が発生し、海岸線に津波が押し寄せる可能性を考慮しないわけにはいかない。それこそが東電福島第一原発事故の教訓ではないか。能登半島地震でも示されたように、災害時の避難は容易ではなく、港湾や道路が利用できなくなる複合災害は免れない。

原子力政策は行き詰まり、経済面でも環境面でも利点はない。さらに再稼働によって「核のごみ」が増え続けると、いまだ解決の目途が立たない「高レベル放射性廃棄物処分場」の問題はより一層深刻なものとなる。

私たちは、住民の不安と反対の声を十分に聞き入れない今回の知事の再稼働容認に断固反対する。
知事に対し、柏崎刈羽原発の再稼働容認を撤回するよう求めるとともに、県民投票や知事選挙などの手段によって住民に「信を問う」べきだ。日本政府に対しても、原発依存の政策から脱却し、地域分散型の再生可能エネルギーと省エネルギーへの転換へととりくみをすすめることを重ねて求める。
二度と原発事故を繰り返させないために。命と暮らしを守るために。
原水禁は、東電による柏崎刈羽原発の再稼働を決して容認することはできない。すべての原発を今すぐ停止し、廃炉に向けた具体的な道筋を描くことが必要であると訴える。

2025年11月26日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

アメリカによるイラン核関連施設攻撃に抗議する原水禁声明

2025年06月23日

6月22日にアメリカがイランの核関連施設を攻撃したことに対し、原水禁は以下の声明を発表しました。

アメリカによるイラン核関連施設攻撃に抗議する原水禁声明

6月22日、アメリカのトランプ大統領はイランにある核施設3ヶ所を攻撃したと発表しました。イスラエルによるイランへの攻撃が始まった6月13日、アメリカはイランが行った攻撃はイスラエルの単独行動であるとしていました。その後の情勢を見極める意味もあってか、トランプ大統領は6月19日に、アメリカが直接イランを攻撃するかの判断について「2週間以内に決断する」と述べましたが、その期限を待たぬまま、アメリカの憲法で義務付けられている議会による武力行使の許可なしに、突如攻撃に踏み切りました。このアメリカの攻撃については国連決議もなく、明確な国際法違反であり、核拡散防止条約(NPT)にも違反しています。

イランはこの「2週間」と示された期限内に外交交渉につく姿勢を見せていましたが、それを無視される形になったことで、報復を宣言しています。イスラエルがイランに先制攻撃したことに端を発した今回の中東における軍事的緊張は、アメリカも加わることで、一層深刻で極めて緊張感の高い局面を迎えています。関係諸国は武力行使を止め、外交交渉を直ちに行うべきです。日本政府にはその実現に向け、尽力することを求めます。

2015年にイランと米英仏独中露の間で結ばれた「イラン核合意」は、対イラン制裁の緩和を図ることでイランによる核開発を制限しました。2018年、アメリカのトランプ大統領がこの合意から一方的に離脱したことに反発したイランは、核兵器に使用できる高濃縮ウランの大量生産に踏み切りました。今回のイスラエルによるイランへの攻撃が始まる前でも、イランが核爆弾の製造を始める決定は下されておらず、差し迫った脅威があるとは言えない状況だったと考えられています。

イランにとって今回の攻撃は、アメリカは外交に関心がないと判断するに足る行為であり、長期的には核兵器が抑止力として必要であると判断する可能性が高まります。今回のフォルドゥ、ナタンズ、イスファハンの3ヶ所の攻撃によって、一時的にイランの核開発計画を後退させることができたとしても、その代償としてイランが核開発の再開を決意し、NPT体制からの脱退を検討させ、核兵器保有へとひた走る危険性を帯びています。

核拡散を防ぐには、アメリカ・ロシアなどの核保有国が、NPT6条にあるように、誠実に核軍縮を履行しようとする姿勢を示すことが必要です。イスラエルが事実上核保有に至っているにもかかわらず、イランの核開発のみを問題とした武力攻撃が行われる現状は、対立をいっそうエスカレーションさせ、戦争状態を悪化させるばかりです。核に「良い」も「悪い」もなく、存在することが安全への脅威であり、廃絶するしか道はありません。

原水禁は核兵器が存在し続ける限り、平和な社会の実現は困難だと訴えます。核兵器保有国と非核保有国があれば、保有していない国の安全を完全に保障することはできません。いつ使用されるかわからないというリスクが存在し続けます。現在の核をめぐる国際情勢は、「核抑止論」の矛盾と限界をまさに明らかにしているといえます。

被爆から80年を迎える今日、いまだ核兵器保有をめぐって対立と分断が起きている事実から私たちは決して目を逸らすことはありません。ヒロシマ・ナガサキが経験した凄惨な被爆の実相を直視することこそが、核抑止なる誤った考え方を乗り越えていく力を持つと信じ、世界平和の実現に向け、核絶対否定の原水禁運動を展開していきます。

2025年6月23日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

女川原発2号機の再稼働を許さず、原子力推進政策の撤回を求める原水禁声明

2024年10月30日

10月29日の女川原発再稼働をうけて、原水禁は「女川原発2号機の再稼働を許さず、原子力推進政策の撤回を求める原水禁声明」を発表しましたので、ここにお知らせいたします。

女川原発2号機の再稼働を許さず、原子力推進政策の撤回を求める原水禁声明

10月29日、東北電力は女川原発2号機の原子炉を起動し再稼働させた。福島第一原発事故後、東日本で初めての再稼働となる。

今回再稼働した女川原発2号機は、事故原因の究明がいまだなされていない福島第一原発と同型の沸騰水型軽水炉(BWR)であり、先に西日本で再稼働をしている加圧水型炉(PWR)とは意味合いを異にするものである。東日本大震災では、高さ約13メートルの津波に襲われ、原子炉建屋地下が浸水するなど被災した。先の能登半島地震でも大きな問題となった住民の被災と避難の問題については何ら解決されていない。事故時の避難計画に実行性がないとする住民訴訟の判決もまだ出ておらず、再稼働に対するさまざまなリスクを取り除けていない。

女川原発2号機の再稼働は、夏や冬に電力需給が逼迫しやすい東日本での安定供給を念頭にすすめられた。しかし、いまだ行き先の決まらない高レベル放射性廃棄物(核のごみ)問題をかかえ、高コストで安全とはいえない原子力発電に頼ることは、決して持続可能な解決策ではない。

GX基本方針を策定後、政府は福島原発事故そのものがなかったかのように、原発積極活用へと舵を切っている。原発事故によっていまだ故郷に帰ることもできないまま避難を強いられている人々が2万人以上いるにもかかわらず、なぜ今も原発推進をするのか、だれかの犠牲の上に成り立つような原子力政策を私たちは望んでいない。

私たちは、福島原発事故を経験し、能登半島地震により日本のどこでも地震のリスクがあることを再認識し、自然災害と原発事故による複合災害への危機感を強く持っている。気候危機による自然災害が多発している今、さらに原発再稼働によって複合災害へのリスクを高めることは、住民の安全な暮らしを奪うも同然のことである。そして、それは命に関わる重大な問題だと認識すべきだ。

原水禁は、原子力政策が既に行き詰まっていることをこれまでも繰り返し指摘してきた。原子力政策を延命させるために様々な理屈をつけて原発の再稼働をすすめるのではなく、各地域での持続可能な再生可能エネルギーによる発電の普及や省エネ政策に本腰を入れていくべきだと考える。原子力推進政策の維持継続ありきの議論を脱し、だれもが安全な暮らしができる未来を描いていく必要がある。

私たちはあらめて、女川原発2号機の即時停止と、原子力推進政策の撤回を強く求める。

2024年10月30日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

【原水禁声明】日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞に際して

2024年10月12日

日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞したことについて、原水禁は、10月12日付で以下の声明を発表しました。

日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞に際して

ノルウェー・ノーベル委員会は10月11日、今年のノーベル平和賞を日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与すると発表しました。被爆者が二度と核兵器を使ってはならない、世界に核兵器はいらないと訴えてきた活動が高く評価されたものであり、これまで活動を積み重ねてこられた日本被団協のみなさんへ、心より敬意を表し、受賞をお慶び申し上げます。

広島と長崎に原爆が投下された1945年から9年後の1954年、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が太平洋のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験で被爆したことをきっかけに、国内で原水爆禁止運動が高まりました。原水爆禁止を求める署名活動は、「核実験反対」「核兵器反対」の全国的な運動として津々浦々で展開され、3200万筆を超えて集められました。日本被団協はその2年後の1956年に被爆者の全国組織として結成され、被爆の実相を伝えるために国内はもとより、海外でも講演や被爆証言などを積極的に積み重ねてこられました。

これまでに被爆者のみなさんが語ってきた凄惨な被爆の実相が、国際社会における核兵器の非人道性を明らかにし、またヒロシマ・ナガサキ以降今日まで、戦争による核兵器使用を阻む最も大きな力となってきました。ノーベル委員会が「核のタブーの確立に大きく貢献してきた」と述べているように、被爆者のみなさんが果たした役割を重く受け止める必要があります。

世界では、核兵器を所有することで互いの緊張状態を作り、戦争を回避しようとする「核抑止論」への傾斜が強まり、核保有国から核兵器使用の威嚇が公然と発せられている現状があります。日本国内においても「核共有」を検討すべきなどと声高に主張する政治家さえ見受けられます。

しかし核兵器が存在する限り、核兵器使用のリスクは永遠になくなりません。被爆者が「二度と自分たちと同じおもいを他の誰にもさせるわけにはいかない」と語ってきた原点は被爆の実相であり、今こそ世界はそこに向き合い、学び、核兵器使用が迫る危機的状況を乗り越えていかなくてはなりません。

2021年には国際条約として核兵器禁止条約(TPNW)が発効しました。核兵器のない世界は具体的に達成できる未来であるということが確立されたのです。世界で核兵器の非人道性の確立に尽力してきた被爆者のおもいを真に受け止めるのであれば、ヒロシマ・ナガサキを経験した日本こそが、今すぐ核兵器禁止条約に署名・批准すべきです。2023年12月に、ニューヨークの国連本部で開かれた第2回締約国会議には、アメリカの「核の傘」のもとにあるドイツやベルギーなどもオブザーバーとして参加しましたが、残念ながら日本政府の姿はありませんでした。国内においては、被爆者援護の残された課題である長崎の「被爆体験者」問題があります。日本政府は一日も早く「被爆体験者」は被爆者だと認め、すべての被爆者の救済にとりくむべきです。

ノーベル委員会の説明した授賞理由の中には、「いつの日か、被爆者は歴史の証人ではなくなることでしょう。しかし、記憶を留めるという強い文化と継続的な取り組みにより、日本の若い世代は被爆者の経験とメッセージを継承しています」とあります。今後も原水禁は、被爆二世三世や高校生・大学生等といった次の世代に、確実に被爆の実相が継承されるよう運動にとりくんでいきます。

2025年には被爆80年を迎えます。日本被団協がノーベル平和賞を受賞したことに私たちも励まされながら、原水禁は今後も「核と人類は共存できない」との立場に立ち、核も戦争もない社会の実現に向け、全力でとりくんでいく決意です。

2024年10月12日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

「黒い雨」訴訟の広島高裁判決に対する原水禁声明

2021年07月18日

7月14日、広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」を浴びたのに国の援護を受けられないのは違法として、住民84人(うち14人死亡)が広島県と広島市に被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟の控訴審判決で、広島高裁(西井和徒裁判長)は、原告全員を被爆者と認定した一審判決を支持し、県や市、訴訟に参加する国側の控訴を棄却し、手帳交付を命じました。

判決では、「放射能による健康被害が否定できないことを立証すれば足りる」と指摘し、原告らは、雨に打たれた外部被曝と、雨に含まれる放射性物質が混入した井戸水や野菜を摂取した内部被曝により健康被害を受けた可能性があるとして被爆者に該当すると結論付けました。

国がこの間、頑なに被爆者の認定には放射線の影響を受けた科学的合理性が必要だと主張していましたが、今回の判決でも退けられました。これは、「影響が分からないから予防的に広く救うのではなく、分からないから救わないとする国の論理」を覆すもので、画期的な判断です。

このことは長崎で進められている被爆体験者訴訟(再提訴)にも大きな影響を与えるもので、長崎でも被爆地域の拡大に弾みがつく判決でした。

今回の判決に対して、原水禁として、別添の声明を発しました。残された被爆者の課題の解決にむけ、今後も取り組みを強化していきます。

 

「黒い雨」体験者を速やかに被爆者と認め、被曝地域の見直しと援護の充実を求める

 

7月14日、広島への原爆投下直後に降った、放射性物質を含む「黒い雨」を浴びたのに、被爆者として認められず国の援護を受けられないのは違法として、住民84人(うち14人死亡)が広島県と広島市に被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟の控訴審判決で、広島高裁(西井和徒裁判長)は、原告全員を被爆者と認定した一審判決を支持し、県や市、訴訟に参加する国側の控訴を棄却し、手帳交付を命じました。

判決では、「放射能による健康被害が否定できないことを証明すれば足りる」と指摘。原告らは、雨に打たれた外部被曝と、雨に含まれる放射性物質が混入した井戸水や野菜を摂取した内部被曝により健康被害を受けた可能性があるとして被爆者に該当すると結論付けました。国はこの間、頑なに被爆者の認定には、健康被害が放射線の影響であるとする科学的合理性が必要だと主張していましたが、今回の判決においてもそれは退けられました。これは、「影響が分からないから予防的に広く救うのではなく、分からないから救わないとする国の論理」を覆すもので、画期的な判断です。判決は、被爆者援護法の根底には、国が特殊な戦争被害を救済するという国家補償的配慮があり、幅広く救う趣旨に沿って定められたと確認した上で、原爆の放射能による健康被害を否定できなければ被爆者にあたるとしました。

また黒い雨は、一審に続いて国が定めた特例区域(爆心地の北西11km、南北19km)より広い範囲に降ったと判断し、特例区域外にいた原告らも「黒い雨に遭った」と認め、一審判決よりもさらに踏み込んだ判断をしました。これは昨年7月の広島地裁判決に続き、被爆者援護法の救済理念に基づき、国の援護行政の見直しをあらためて迫る内容です。

現在長崎地裁で再提訴され、進められている被爆体験者訴訟にも大きな影響を与えるものです。被爆地を旧長崎市域に限るという合理性を欠く理由で被爆者から排除された被爆体験者においても、被爆地を拡大するとともに内部被曝を認め、救済措置の実施を行い手帳の交付を認めるべきです。

一審判決後に厚生労働省は、援護の「特例区域」拡大を求める県と市の要望を受け、降雨域や健康への影響を検証する有識者検討会を設けて議論していましたが、未だに結果は出ていません。すでに広島県・市は上告に対して否定的であり、国は、県・市の意向を踏まえ上告をせず、速やかに原告を被爆者と認め、被爆者健康手帳の交付を行うべきです。

 2015年の提訴から7年近くにもなり上告は黒い雨体験者をさらに苦しめるもので許されません。高裁判決を受けいれ一刻も早く手帳を交付することを強く要望します。

 

2021年7月14日

原水爆禁止日本国民会議

共同議長 川野 浩一

     金子 哲夫

     藤本 泰成

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