脱原発 - 原水禁

【原水禁声明】原子力政策推進と南鳥島への「核のごみ」処分地選定調査申し入れに 断固反対し抗議する

2026年03月12日

3月3日、高レベル放射性廃棄物(「核のごみ」)の最終処分地の選定をめぐり、経済産業省が、東京 小笠原村の南鳥島で調査の第1段階となる「文献調査」の実施について村に申し入れを行いました。これを受け、原水禁は、抗議の意思を示す声明を発出しましので、ここにお知らせいたします。

原子力政策推進と南鳥島への「核のごみ」処分地選定調査申し入れに断固反対し抗議する

3月3日、経済産業省は、東京都小笠原村に対して南鳥島での「文献調査」の実施について申入れを行った。「文献調査」とは、高レベル放射性廃棄物(「核のごみ」)の最終処分地を選定するための第一段階の調査である。

日本では2000年に成立した「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」にもとづき、原子力発電(原発)から出る「核のごみ」を地下300メートル以上に埋設し、数万年から10万年単位で隔離する地層処分を基本方針として、原子力発電環境整備機構(NUMO)が処分事業を担っている。

政府は各自治体から手が挙がるような仕組みによる「応募誘導政策」を進め、これまで北海道の寿都町や神恵内村、佐賀県玄海町でNUMOが処分地の選定調査を進めている。

「応募誘導政策」が行き詰まる中、政府は「地域任せにせず、国の責任で地域に協力をお願いしていく」として、小笠原村への要請となった。政府は調査有望地を表示した「科学的特性マップ」で「好ましい特性が確認できる可能性が相対的に高い地域とされている」ことや「全島が国有地である」ことなどを理由にあげている。

しかし、島の面積はおよそ1.5平方キロメートルであり十分な処分場所の確保ができるとは言い難く、台風の常襲地域であること、気候変動による海面上昇など長期的な環境変化の危険性も高いと考えられる。また、近年南鳥島近海では、放射性物質を含まない良質のレアアース鉱床が発見され、その開発が期待されている。

原子力政策は、経済面でも環境面でも利点はなく、政策そのものが行き詰まっていること、原発再稼働によって「核のごみ」がより一層増えていく問題を、原水禁はこれまでも繰り返し指摘してきた。日本だけでなく、世界のどこにも放射性廃棄物処分に関して確実に安全だと言い切れる場所は存在していない、にもかかわらず、処分地をどこかに設定し埋めてしまえばよいという安易な発想で問題を処理しようとしていることは許されない。本来問われるべきなのは、原子力政策とその構造的矛盾ではないか。

原水禁は、現状においては、脱原発を実現してこれ以上「核のごみ」を出さないこと、そして核燃料サイクル計画を断念し、使用済み核燃料はドライキャスクなど比較的安全な方法で監視できる場所で保管することを提起している。

日本の原子力政策は、「原発を動かして核のごみを生む、しかし処分地は決まらない」という矛盾を抱えたまま続けられている。その結果として、「住む人が比較的少ない場所、すなわち過疎地に膨大な財政支援を付帯して押しつける」という、極めて差別的で不公正な方法で進められる。

原水禁は、原子力政策そのものが誤った政策であることを強く訴え、脱原発社会の実現をめざしていく。今回明らかになった南鳥島への処分地選定調査の申し入れというやり方には断固反対する。そのうえで、「核のごみ」の問題については、地層処分方針からの転換を求め、すでに生み出してしまった「核のごみ」の行き場については、開かれた場所での議論を丁寧に進めていくことを、政府に求めていく。

2026年3月12日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

【原水禁声明】東京電力福島第一原発電事故から15年 事故はいまだに終わっていない

2026年03月11日

3月11日という日を迎えるにあたり、東電福島第一原発事故の教訓と現在の課題をあらためて共有するため、原水禁は以下の声明を発出しました。

東京電力福島第一原発電事故から15年 事故はいまだに終わっていない

2011年3月11日に発生した東日本大震災。マグニチュード9.0という日本周辺における観測史上最大規模の地震によって大津波が発生し、多くの人も街も、それまでの生活のすべてをのみこむ甚大な被害をもたらしました。震災によって亡くなられた1万5900人を超えるみなさまに心から哀悼の意を表します。今も行方のわからない方が2519人いるとされ、避難中に体調を崩すなど、この15年の間に災害関連死と認定された方は3810人にのぼります。(人数は警察庁・復興庁まとめ)

震災発生当時、東京電力(東電)福島第一原子力発電所(原発)は1号機から3号機が運転中で、4号機から6号機は定期検査中でした。「想定外」とされた大津波によって全電源が喪失し、1号機から3号機は炉心溶融(メルトダウン)が起きました。その影響により水素が大量発生した結果、1号機・3号機・4号機が水素爆発を起こし、原子炉建屋、タービン建屋および周辺施設が大破しました。映像によって水素爆発の様子が報じられ、わが目を疑う事態が起きていることに私たちは大きな衝撃を受けたのです。

周辺住民の混乱は、筆舌に尽くしがたいものがありました。津波による被害から逃れるために着の身着のまま避難していた多くの住民は、そのまま自宅に戻ることもできず、行方不明の家族や親族等を探すこともできないままに避難を強いられました。目に見えない放射能におびえ、寒さに身を震わせながらの避難は大変なことでした。さまざまな報道がなされ、原発事故から避難することがどれほど過酷で残酷であったかを、私たちは目の当たりにすることになったのです。その衝撃は15年経った今でも決して色あせることはありません。まして2万3000人を超える福島県内外に避難を強いられ続けている住民の心情を思うとき、言葉にはならない強い憤りと不安を抱かざるにはいられません。

東日本大震災から15年。復興する各地の様子が報じられることも多くなりました。しかし、避難指示・避難準備に指定されていた地域では住民の帰還率は20%にも満たず、いまだ復興とは程遠い状況にあります。東電福島第一原発事故は発生から15年経った今も、決して終わることはありません。それどころか、安全な廃炉に向けた道のりは遠く、多くの困難が待ち受けていることが明らかになっています。放射性物質に汚染された除染土(汚染土)は現在、福島県内の中間貯蔵施設に保管されていますが、2045年までに福島県外で最終処分することが決定しています。その行先はいまだ明らかになっていません。1号機から3号機にある核燃料デブリは約880トンとされていますが、試験的に取り出せたのは約0.9グラム、わずか「10億分の1」という現状です。それでも国と東電は「廃炉措置」を2051年までに完了させるというロードマップを提示し続けています。

政府の「原発回帰」政策は、これらの現実を直視しているのでしょうか。収束の見通しが不透明でありながらも、核燃料デブリを取り出し、2051年までに「廃炉措置」が実現できると強弁をふるい、過酷な避難を強いられた住民への医療費等の補助を打ち切り、事故の被害を小さく見せようとしています。まるで原発事故は終わったと言うかの如く、再び原発推進に舵を切り、避難者を切り捨てる政府の方針は、決して許されません。

東日本大震災・東電福島第一原発事故から15年を迎えるにあたり、原水禁は改めて命の尊厳と向き合う政策を政府に求めるとともに、「核と人類は共存できない」という理念の実現に向け、とりくんでいきます。原発に頼らない未来を描き、核エネルギーからの脱却を実現するその日まで、私たち原水禁運動の歩みを続けていく決意です。

2026年3月11日
原水爆禁止日本国民会議(原水禁)
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

原水禁声明「原子力事業者の適格性欠如と原子力政策の根本的破綻を訴える」

2026年01月23日

東京電力柏崎刈羽原発の再稼働および中部電力浜岡原発における不正問題を受けて、原水禁は以下の声明を発表しました。

原子力事業者の適格性欠如と原子力政策の根本的破綻を訴える

柏崎刈羽原発は、2011年に東京電力福島第一原発事故を引き起こした当事者である東京電力が運転主体となる原発である。事故の収束は見通せず、廃炉作業の先行きは不透明で、被災者に対する補償も不十分である。「ALPS処理水」や高濃度汚染の廃棄物処理、除染土と、廃炉作業を進める中でさらに問題は深刻化してきている。原発事故を引き起こした当事者として自らの責任を果たしていない東京電力に原発を動かす資格はない。まず東京電力がなすべきは、再稼働ではなく、福島第一原発の安全で確実な廃炉措置を進めることである。

今回の柏崎刈羽原発再稼働にあたって「地元合意」が強調されているが、その実態は知事の判断を県議会が追認したに過ぎない。「再稼働の条件は整っていない」「東電による運転を不安視する」という県民意識調査で多数を占めた声に応えることなく、住民投票による意思表示さえさせないまま再稼働への判断が下されたことは、民主主義のあり方としても大きな疑問を残す。

東京電力は当初1月20日の再稼働を予定していたものの、直前で制御棒の警報不具合で延期とし、21日未明に点検を終え、その日のうちに柏崎刈羽原発6号機を再稼働させた。しかし稼働から5時間で、原子炉から制御棒を引き抜く作業中にトラブルが発生し、作業を中断、その原因の特定に時間がかかるとして、原子炉を停止する判断となった。一連のお粗末な対応は、15年前の原発事故の教訓を忘れ、再稼働ありきで、安全最優先という基本姿勢を蔑ろにする企業体質を明白なものとした。

原子力発電事業者の不祥事、トラブルに関しては枚挙に暇がない。

中部電力も安全意識の欠落が明らかである。浜岡原発再稼働に向けた審査で、安全対策の水準となる基準値振動のデータ捏造問題が発覚した。

さらに、外部通報がなければわからなかったという事実は、原子力規制委員会の安全審査の信頼性そのものまでも疑念を生じさせる。再稼働を渇望する原子力事業者への「お墨付き」を与えているのみで、原子力規制庁・規制委員会の審査に限界があることはだれの目にも明らかになった。

東京電力福島第一原発事故の発生からまもなく15年となるが、今なお多くの人びとが避難を強いられ、ふるさとや生活を奪われたままである。事業者の安全管理体制が十分ではないにもかかわらず、日本政府は原発推進、積極活用へと再び舵を切った。私たちは被害者の苦しみに背を向け、原発事故をなかったかのように政策を推し進めようとする政府の姿勢を決して許すことはできない。

もはや原子力災害に対する「想定外」など存在しない。経済一辺倒で、安全を二の次にするような原子力政策そのものを今すぐ撤回すべきである。

2026年1月23日
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

「とめよう原発3.7全国集会」開催のお知らせ

2026年01月05日

原水禁が参加する「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」をはじめとする9団体で「3.7脱原発全国集会実行委員会」を結成し、3月7日(土)に、代々木公園において、全国集会を開催することになりましたので、ご案内します。

フクシマ原発事故から15年 とめよう原発3.7全国集会―持続可能で平和な社会を―

日時:2026年3月7日(土) 13時開会/14時15分終了/14時30分パレード出発
会場:代々木公園B地区イベント広場・野外ステージ
内容:11時ブース開店、12時30分オープニングライブ、13時メインステージ開会、14時30分パレード出発
主催:3.7脱原発全国集会 実行委員会

フクシマ原発事故を風化させないため、事故がなかったかのように原発推進政策に舵を切った日本政府にNOと訴えるためにも、「脱原発」の声を代々木公園に結集させましょう!

詳しくは、さようなら原発1000万人アクションのウェブサイトをご覧ください。

2026年3月7日「とめよう原発3.7全国集会」を開催します

原水禁声明「『信を問う』とは何か 柏崎刈羽原発の再稼働は県民からは認められてはいない」

2025年11月26日

11月26日、東京電力・柏崎刈羽原発の再稼働容認表明を受けて、原水禁は以下の声明を発表しました。

 

原水禁声明 「信を問う」とは何か 柏崎刈羽原発の再稼働は県民からは認められてはいない

 

11月21日、「信を問う」と繰り返し発言してきた新潟県・花角英世知事が、東京電力(東電)柏崎刈羽原発の再稼働の容認を正式表明した。東電福島第一原発事故の原因究明も、原発事故被害者への補償も十分には進まず事故の収束さえ見通せない中で、知事が再稼働を認めたことに私たちは強い危機感と深い憤りを覚える。「信を問う」手段は、県議会で信任を仰ぐことではなく、県民投票や知事選挙ではないのか。

原発推進政策に舵を切った政府は、避難道路整備の全額国費負担や、柏崎刈羽原発周辺自治体への財政支援拡大など、「地元の理解」を得るための施策を次々と打ち出してきた。こうした「支援」を背景に、知事が再稼働容認へ傾いたとされるが、県民意識調査では賛否が拮抗しており、再稼働への理解が得られているとは言えない。知事が新潟県議会を『信を問う』方法として選んだ理由として、「投票という形を取ると分断が深まる」と述べている。しかし、住民の分断を招く可能性を認識しながら再稼働を容認すること自体が矛盾している。

柏崎刈羽原発では、テロ対策の秘密文書を社員が無断でコピーするなど管理不備が今年6月に複数見つかっていたことが明らかになっている。2021年にもテロ対策をめぐる不備が相次ぎ、原子力規制委員会が「事実上の運転禁止命令」を出していた。この命令は解除されたとはいえ、東電の安全への意識改革が徹底したとは感じられない。原発事故を起こした当事者でありながら、基本的な安全管理もできず、欠陥を露呈し続ける東電に原発の運転を任せることはできない。

2026年3月で東電福島第一原発事故から15年を迎えようとする今も、事故による避難を強いられ、故郷に戻れない人々は各自治体の発表を合計すると5万人以上にのぼる。東電が事故を起こした責任をいまだ果たし切れていない中で再稼働に進むことは、原発事故被害者を切り捨てることにもつながる行為である。

柏崎刈羽原発は2007年の中越沖地震で被災している。日本のどこであっても巨大地震が発生し、海岸線に津波が押し寄せる可能性を考慮しないわけにはいかない。それこそが東電福島第一原発事故の教訓ではないか。能登半島地震でも示されたように、災害時の避難は容易ではなく、港湾や道路が利用できなくなる複合災害は免れない。

原子力政策は行き詰まり、経済面でも環境面でも利点はない。さらに再稼働によって「核のごみ」が増え続けると、いまだ解決の目途が立たない「高レベル放射性廃棄物処分場」の問題はより一層深刻なものとなる。

私たちは、住民の不安と反対の声を十分に聞き入れない今回の知事の再稼働容認に断固反対する。
知事に対し、柏崎刈羽原発の再稼働容認を撤回するよう求めるとともに、県民投票や知事選挙などの手段によって住民に「信を問う」べきだ。日本政府に対しても、原発依存の政策から脱却し、地域分散型の再生可能エネルギーと省エネルギーへの転換へととりくみをすすめることを重ねて求める。
二度と原発事故を繰り返させないために。命と暮らしを守るために。
原水禁は、東電による柏崎刈羽原発の再稼働を決して容認することはできない。すべての原発を今すぐ停止し、廃炉に向けた具体的な道筋を描くことが必要であると訴える。

2025年11月26日
原水爆禁止日本国民会議
共同議長 川野浩一
金子哲夫
染 裕之

9月23日「さようなら原発9.23全国集会」を開催

2025年10月03日

9月23日、代々木公園に全国各地から4500人が集まり、『ともに声をあげよう!~脱原発と気候正義のために~』のタイトルのもと「さようなら原発9.23全国集会」が開かれました。
集会は、特設されたミニステージ、野外音楽堂でのメインステージが行われ、集会後にはパレードも行われました。

詳しくは、以下のさようなら原発1000万人アクションのウェブサイトをご覧ください。

【開催報告】さようなら原発9.23全国集会 「ともに声をあげよう!―脱原発と気候正義のために」

「9.23さようなら原発全国集会」開催のお知らせ

2025年08月22日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9.23さようなら原発全国集会

日時:9月23日(火・休日) 13:00開会/14:45終了/15:00パレード出発
場所:代々木公園B地区(NHKホール横)
主催:「さようなら原発」一千万署名 市民の会/さようなら原発1000万人アクション実行委員会


福島原発事故直後から呼びかけられた「さようなら原発1000万人アクション」は、全国の脱原発運動において、多くの市民の声を集め、全国集会・オンライン学習会・省庁交渉等、さまざまな活動を行っています。
東京・代々木公園において、毎年春と秋に全国集会を呼び掛けています。

この秋は「ともに声をあげよう!脱原発と気候正義のために。」と集会への参加を呼びかけます。
詳しくは、さようなら原発1000万人アクションのウェブサイトをご覧ください。

9月23日、「さようなら原発全国集会」を開催します

→第一弾チラシデータ

→第二弾チラシデータ(表面)

→第二弾チラシデータ(裏面)

原発事故被害者の切り捨てを許さない!人権と補償の確立を!「被爆80周年原水爆禁止世界大会・福島大会」に約600人

2025年07月28日

7月26日、福島県福島市の「パルセいいざか」において、「被爆80周年原水爆禁止世界大会・福島大会」が開催され、約600人が参加しました。福島原発事故の収拾も未だならず、原発事故被害者への生活保障もないままに強行されている原発回帰を許さず、あらためて国と東京電力の責任を問うとともに、被害者の人権と補償の確立を求めていくことを確認しました。

吉井佳音さん(第23代高校生平和大使)、橋本花帆さん(第24代高校生平和大使)が司会を務めました。はじめに、開会にあたって東日本大震災の犠牲となったすべての方に対し黙とうを行いました。

染裕之・大会共同実行委員長と、現地実行委員会を代表し角田政志・福島県平和フォーラム共同代表がそれぞれあいさつしました。また、大会基調提起を谷雅志・実行委員会事務局長が行いました(→大会基調はこちら)。

原水禁共同議長の金子哲夫さんから基調講演が行われました。「被爆80年 核と人類は共存できない 核なき世界をめざして」をテーマに、原水禁運動の原点と歴史を振り返りました。とくに「核の平和利用」論と決別し、核絶対否定の理念を打ち立てていく経過について詳細に説明されました。この理念は原発立地県からの提起や科学者との交流のなかでかたちづくられたもので、ウラン採掘から最終処分に至るまで、弱い立場にある人びとを犠牲にし続ける核社会を問い、あらゆる核被害者の救済を求めるものであるとしました。そして再びの過ちを繰り返さないためにも、脱原発を実現することを呼びかけました。

続いて満田夏花さん(FoE Japan理事)から現在すすめられている原発回帰のエネルギー政策について、門馬好春さん(30年中間貯蔵施設地権者会会長)から福島現地の中間貯蔵施設問題について、そして吉田裕史さん(原水爆禁止新潟県協議会副理事長)から柏崎刈羽原発をめぐる状況について、それぞれ報告を受けました。

その後、高校生平和大使およびOPによるパネルディスカッションが行われました。岩手県から佐藤綾音さん(第26代)・小笠原妙衣さん(第28代)・澤田麻椰さん(第28代) 、新潟県から吉田苺加さん(第28代)、福島県から五十嵐まど佳さん(第26代) ・半谷優亜さん(第27代)、 後藤絆希さん(第28代)が登壇。高校生自身で集めた若者の意識調査のアンケート結果をもとにしながら、原発や核兵器に対する率直な意見を交わしました。

最後に、福島大会実行委員の鈴木健一さんが「2025 フクシマアピール(案)」を読み上げて提案(本ページ下部に掲載)。全体の拍手をもって採択しました。

【被爆80周年原水爆禁止世界大会・福島大会】アーカイブ動画

2025 フクシマ アピール

1945年8月6日広島・8月9日長崎。一瞬にして多くの命が奪われたばかりか、今も後遺症に苦しむ被爆者を生み出した原爆被爆から80年を迎えます。

東京電力福島第一原発の過酷事故からは14年が過ぎました。特定復興再生拠点区域の避難指示がすべて解除され、住民の帰還に向け、町の整備や企業誘致などが進められています。また、帰還意向のある住民が帰還できるよう、必要な箇所の除染を進める「特定帰還居住区域」は、5つの市と町で策定されましたが、避難の長期化に伴い帰還を断念せざるを得ない住民も多くなっています。

自民、公明でつくる東日本大震災復興加速化本部は第14次提言を石破首相に提出しました。しかし、この提言には、帰還困難区域での活動自由化が盛り込まれており、「被ばくが自己責任」になってしまうおそれがあるとともに、除染や被ばく対策などに関する国の責任がなし崩し的に放棄されかねません。福島原発事故が終わったことにはさせてはなりません。

除染土については、現在、福島県大熊町と双葉町にまたがる中間貯蔵施設に保管され、2045年までに福島県外で最終処分をすることが法律で定められています。その量は東京ドーム11杯分にのぼり、国は最終処分の量を減らすために再生利用する方針ですが、5兆円以上もかけて集めた除染土を再び拡散することは愚の骨頂です。国民的な議論が必要です。

避難指示区域等の住民の医療・介護保険料や医療費の窓口自己負担分の免除等の措置が、2014年までに避難指示が解除された地域から段階的に廃止されています。原発事故によって生活を奪われた人々の健康及び生活の保障は、事故を起こした国と東京電力の責務であり、被害者の当然の権利です。被ばくを強いられたすべての人々の健康と医療を保障させていかなければなりません。

政府・東京電力は、2023年8月24日、漁業関係者をはじめ多くの県民、国民、さらには国際社会の理解が得られないまま、「ALPS処理水」の海洋放出を開始し、今年4月までに通算12回、約9万4千トンを放出しました。放出1回当たりのトリチウム量が毎回増えてきており、今後もこの放出が30年間も続いていくことを思うと、将来どうなっていくのか非常に不安です。

政府与党は、第7次エネルギー基本計画を閣議決定し、再生可能エネルギーの割合を2040年度に4~5割程度へ引き上げる目標を示すと同時に、原発を最大限活用する政策へ回帰しています。原発事故の反省から明記してきた「可能な限り原発依存度を低減する」との表現も削除されています。未だに約2万5千人の県民が避難を余儀なくされるなど、原発事故は現在進行形であるにもかかわらず、被害者の心の痛みを忘れたかのような政府方針の転換は、到底認められません。

私たちは、東日本で開催される原水爆禁止世界大会として、東北・新潟・茨城の組織と連帯し原子力施設の稼働反対、核燃料サイクル施設の建設・運転の断念などを求めます。

さらに、国と東京電力の責任を厳しく問い、原発事故被害者の人権と補償の確立を求める運動を強めるため、全国、全世界の反核・脱原発運動と連帯します。ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・チェルノブイリをはじめ、世界の核被害者と連帯します。「核と人類は共存できない」を原点に、原発も核も戦争もない平和な社会の実現に向けたたかいを進めていきます。

2025年7月26日
被爆80周年原水爆禁止世界大会・福島大会

3月15日福島県民大集会、16日フィールドワークを開催

2025年04月07日

3月15日福島県民大集会報告

事故から14年にあたる2025年3月15日、福島市パルセいいざかで「原発のない福島を!県民大集会」が開催され、全国各地から約1000人が参加しました。

浪江町の南津島郷土芸術保存会による「南津島の田植踊」から始まりました。

実行委員長のあいさつでは、福島の現状が語られるとともに、「原発事故当時の状況に立ち返り、福島原発事故の教訓とは何だったのか、改めて確認するとともに、福島原発の過酷事故の実情、人々の苦悩、原発事故から得た教訓を、若い世代にも継承していくことも、私達の使命だというふうに思います」と会場の参加者への訴えがありました。

続いて、さようなら原発1000万人アクションから、呼びかけ人で作家の佐高信さんが連帯挨拶をしました。農民文学者である草野比佐男「老いて蹌踉 (おいてそうろう)」の詩の一節を紹介し、福島原発事故や今の政治を作者はどう嘆いたであろうかと、話ました。

集会に寄せられたメッセージの紹介に続き、福島大学 食農学類教授の小山良太さんによる講演「原発事故の教訓をどう生かすか」が行われ、過去の教訓から学ぶことの大切さが指摘されました。

福島からの発信として、「生活再建の状況」、「再生可能エネルギー」をメインテーマに報告がなされ、若者からの訴えでは高校生平和大使から報告が行われました。

アピール採択ののち、「原発事故は終わっていない」「福島の悲劇を繰り返すな」と書かれたプラカードを掲げ、会場一体となってアピールをおこない、最後に閉会あいさつが行われました。

2025県民大集会アピール [PDF]
「2025 原発のない福島を!県民大集会」ホームページ

なお、集会後には、同会場内でフクシマ連帯キャラバンの閉校式が行われています。

 

原水禁主催「被災地フィールドワーク」報告

「原発のない福島を!県民大集会」の翌日3月16日に、原水禁主催でフィールドワークを行いました。
今回のフィールドワークは、飯舘村長泥地区の視察~浪江町大平山霊園~浪江町請戸港・震災遺構請戸小学校~東日本大震災・原子力災害伝承館視察を予定していましたが、寒の戻りの雪の影響で一部変更しての実施となりました。
飯舘村長泥地区は、福島原発から30㎞以上離れていたことで、極めて高い放射線量に汚染されていることがわかっても、ただちに避難することもできず、4月中旬になって、ようやっと国が全村避難の指示を出したという地域です。翌年2012年7月には帰還困難区域に指定されました。
現在、長泥地区では環境省が主体となって、飯舘村内の放射能汚染土壌を再生資源化するための実証試験を行う事業が進められています。今回のフィールドワークでは、「除去土壌の再生利用」について環境省の説明を聞きながら、試験が行われている田畑を見学しました。
環境省の説明では、除去土壌を基盤にしてその上に盛り土をしたうえで、野菜や米を栽培し、収穫した作物の放射性物質の濃度を検査するなどして、営農できる農地の回復をめざす事業とのことです。
参加者からは、そもそも汚染された土壌を再利用するということの問題、除染されていない山から流れてくる地下水の問題など質問が投げかけられました。
また、中間貯蔵施設にため置かれている福島県内で除染によって出た土壌をどうするのかという問題も非常に難しい課題であることも指摘されました。法律では2045年3月までに県外最終処分することが決まっていますが、「外に持って行ってほしい」という福島県民の願いと、福島県外の自治体や市民の思いに、簡単には結論を出せない難しさを感じます。なによりも事故を起こしてばら撒いてしまった放射性物質の所有者である東京電力の責任があまりにも希薄ではないでしょうか。
春の雪の影響で時間を押してしまい、浪江町の大平山や震災遺構は車窓からの視察となり、東日本大震災・原子力災害伝承館の見学も十分な時間がありませんでした。伝承館については、前日開催された「原発のない福島を!県民大集会」のなかで、東京電力の責任を問う展示がないことが指摘されていました。参加者からは、入館して視る映像が以前は白黒だったがカラーになって現実感があった、脱原発の世論が盛り上がりを見せたことも展示したほうが良いのでは、との感想が出されていました。

 

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