原水禁大会

長崎大会 第6分科会  ヒバクシャⅡ─在外被爆者と戦争責任

2019年08月08日

被爆74周年原水爆禁止世界大会  長崎大会

第6分科会  ヒバクシャⅡ─在外被爆者と戦争責任

高校生平和大使.JPG
日時:8月8日(木)9:30~12:30
会場:長崎ブリックホール 3F 会議室1・2 (長崎市茂里町2-38/℡095-842-2002)
講師:在間秀和(弁護士)
海外ゲスト:イ・テジェ(韓国被爆二世の会会長)
報告:高校生平和大使(山之上飛鳥、内山洸士郎)
  初めに、佐賀の高校生平和大使から韓国訪問報告を受けた。韓国の広島と言われるハプチョンを訪ね、韓国の被爆者に「日本人を恨んでいますか」と聞いてみたところ「恨んでなんかいません、同じ被爆者として、過ちを繰り返さないようにすることが大事」と話してくれた。日帝強制動員歴史博物館の従軍慰安婦の姿は同じ女性として悲しくて言葉にならない、朝鮮韓国人を差別した事実は、例えば防空壕の入り口に「韓国人入るべからず」と書かれているなど、日本人は本当にひどいことをしたと思った。自国の加害性を考えなければならないと感じた、という。長崎の平和大使は政治と民間の交流とは違う。第22代平和大使23名で、国連で核兵器の廃絶と平和な世界実現のために訴えていきたい、と抱負を述べた。
 次に海外ゲストのイ・テジュさんから報告を受けた。イ・テジュさんの父イ・カニョン(李康寧)さんは、3・1運動で逮捕され、10カ月の実刑を受けたが、死刑にはならず懲役刑で済んだ。それでも拷問ですべての爪が無くなっていた。父は1927年小倉で生まれた。長崎の三菱兵器工場に徴用され、宿舎で被爆した。寺で寝ていて直撃は受けず、工場と寺を行き来した。韓国に帰国するのは容易ではなかった。1950年朝鮮戦争では4年間参戦し、軍務に服した。イ・テジュさんが小学校5年生の時、釜山に引越し父は貿易会社を起こしたことから、日本と韓国を行き来し日本人と知り合った。在日時は被爆者として扱われるが、在韓時は被爆者ではない、という扱いを受け、長崎地裁に提訴、釜山支部長として被爆者援護法の国外適用を求め、一緒に運動してきたが、実現されないまま父は亡くなった。
 過去の歴史を隠蔽すれば過去から学ばない。歴史の輪は廻っている。朝鮮半島の分断の責任は日本にある。再び戦争のない社会を実現するために平野伸人さんと協力し高校生の相互訪問を行っている。
 1909年安重根は、伊藤博文を暗殺した。安重根は、伊藤博文を批判して東洋平和論を書いたが安倍政権は100年前の伊藤博文と同じである。韓国の高校生と一緒に原爆資料館を見学したが、その中に永井隆の言葉が紹介されている。一本の針をもって平和を語るな、と。軍備を拡大して平和を語る安倍首相に通ずる。
 続いて、在間弁護士から資料にある通り「広島三菱・元徴用工被爆者裁判が提起するもの」と題して講演された。まず初めに1939年に国民徴用令が発せられ1944年8月には「半島労務者の移入に関する件」の閣議決定が行われ、国家ぐるみの徴用であり、自主的な日本への移動ではなかったことを明確にした。裁判は、徴用工としての未払い賃金、被爆後の放置、被爆者援護法の非適用などを巡って争われた。一審敗訴、広島高裁一部勝訴。最高裁2007年11月、勝訴を勝ち取る。一審敗訴の後、釜山地方法院にも提訴、2007年釜山地方法院は時効で請求棄却。釜山高等法院に提訴、控訴棄却。しかし、同時進行で日韓協議経過の情報開示請求に対し勝訴の結果、開示され2012年の大法院判決は高等法院への差戻し、時効は信義誠実の原則に反するとして、不法行為による損害賠償請求権は協定によっては解決されないとされ、高等法院に差戻された判決で一人800万円の支払いが命じられた。これに対し三菱重工は上告し、その大法院判決が2018年11月に出され、今問題となっている徴用工問題に発展している。
 在間弁護士は、事実として認められた判決文を引用し、徴用工の実態を示し、日韓基本条約並びに請求権協定について解説を加えた。日本人の大きな思い違いに無償3億ドル、有償2億ドルは韓国側に渡されたお金だと思いっていること。詳細をしっかり読めば「日本国の生産物及び日本人の役務」と書かれており、お金は日本企業にわたり、その金を韓国で使ったに過ぎないこと。しかも供与、貸付は大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない、と指定され、徴用工への支払いを命じていない。
 次に日本政府は盛んに「すべて解決済み」のみを強調するが、政府間の請求権は「解決済み」であっても個人の請求権は消滅していない。この点は日本政府も認めていることだ。しかも、原爆訴訟、シベリア抑留訴訟、カナダ在外資産補償請求訴訟でも個人の請求を拒否できないと、日本政府自身が述べていることだ。最後に、なぜ戦争被害者が訴え続けるのか、に思いを巡らせることが大切であり、政府が対立をあおるような行為をしてはならない、と結んだ。
 会場からは、北九州でも徴用工が戦後放置され、国家の保護もないままに闇船に乗って韓国に戻ろうとして台風に会い、多くの犠牲者が出たことを忘れてはならない、として今も慰霊祭が行われていることなどを紹介する発言があった。

長崎大会 第6分科会  ヒバクシャⅡ─在外被爆者と戦争責任

2019年08月08日

被爆74周年原水爆禁止世界大会  長崎大会

第6分科会  ヒバクシャⅡ─在外被爆者と戦争責任

高校生平和大使.JPG
日時:8月8日(木)9:30~12:30
会場:長崎ブリックホール 3F 会議室1・2 (長崎市茂里町2-38/℡095-842-2002)
講師:在間秀和(弁護士)
海外ゲスト:イ・テジェ(韓国被爆二世の会会長)
報告:高校生平和大使(山之上飛鳥、内山洸士郎)
  初めに、佐賀の高校生平和大使から韓国訪問報告を受けた。韓国の広島と言われるハプチョンを訪ね、韓国の被爆者に「日本人を恨んでいますか」と聞いてみたところ「恨んでなんかいません、同じ被爆者として、過ちを繰り返さないようにすることが大事」と話してくれた。日帝強制動員歴史博物館の従軍慰安婦の姿は同じ女性として悲しくて言葉にならない、朝鮮韓国人を差別した事実は、例えば防空壕の入り口に「韓国人入るべからず」と書かれているなど、日本人は本当にひどいことをしたと思った。自国の加害性を考えなければならないと感じた、という。長崎の平和大使は政治と民間の交流とは違う。第22代平和大使23名で、国連で核兵器の廃絶と平和な世界実現のために訴えていきたい、と抱負を述べた。
 次に海外ゲストのイ・テジュさんから報告を受けた。イ・テジュさんの父イ・カニョン(李康寧)さんは、3・1運動で逮捕され、10カ月の実刑を受けたが、死刑にはならず懲役刑で済んだ。それでも拷問ですべての爪が無くなっていた。父は1927年小倉で生まれた。長崎の三菱兵器工場に徴用され、宿舎で被爆した。寺で寝ていて直撃は受けず、工場と寺を行き来した。韓国に帰国するのは容易ではなかった。1950年朝鮮戦争では4年間参戦し、軍務に服した。イ・テジュさんが小学校5年生の時、釜山に引越し父は貿易会社を起こしたことから、日本と韓国を行き来し日本人と知り合った。在日時は被爆者として扱われるが、在韓時は被爆者ではない、という扱いを受け、長崎地裁に提訴、釜山支部長として被爆者援護法の国外適用を求め、一緒に運動してきたが、実現されないまま父は亡くなった。
 過去の歴史を隠蔽すれば過去から学ばない。歴史の輪は廻っている。朝鮮半島の分断の責任は日本にある。再び戦争のない社会を実現するために平野伸人さんと協力し高校生の相互訪問を行っている。
 1909年安重根は、伊藤博文を暗殺した。安重根は、伊藤博文を批判して東洋平和論を書いたが安倍政権は100年前の伊藤博文と同じである。韓国の高校生と一緒に原爆資料館を見学したが、その中に永井隆の言葉が紹介されている。一本の針をもって平和を語るな、と。軍備を拡大して平和を語る安倍首相に通ずる。
 続いて、在間弁護士から資料にある通り「広島三菱・元徴用工被爆者裁判が提起するもの」と題して講演された。まず初めに1939年に国民徴用令が発せられ1944年8月には「半島労務者の移入に関する件」の閣議決定が行われ、国家ぐるみの徴用であり、自主的な日本への移動ではなかったことを明確にした。裁判は、徴用工としての未払い賃金、被爆後の放置、被爆者援護法の非適用などを巡って争われた。一審敗訴、広島高裁一部勝訴。最高裁2007年11月、勝訴を勝ち取る。一審敗訴の後、釜山地方法院にも提訴、2007年釜山地方法院は時効で請求棄却。釜山高等法院に提訴、控訴棄却。しかし、同時進行で日韓協議経過の情報開示請求に対し勝訴の結果、開示され2012年の大法院判決は高等法院への差戻し、時効は信義誠実の原則に反するとして、不法行為による損害賠償請求権は協定によっては解決されないとされ、高等法院に差戻された判決で一人800万円の支払いが命じられた。これに対し三菱重工は上告し、その大法院判決が2018年11月に出され、今問題となっている徴用工問題に発展している。
 在間弁護士は、事実として認められた判決文を引用し、徴用工の実態を示し、日韓基本条約並びに請求権協定について解説を加えた。日本人の大きな思い違いに無償3億ドル、有償2億ドルは韓国側に渡されたお金だと思いっていること。詳細をしっかり読めば「日本国の生産物及び日本人の役務」と書かれており、お金は日本企業にわたり、その金を韓国で使ったに過ぎないこと。しかも供与、貸付は大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない、と指定され、徴用工への支払いを命じていない。
 次に日本政府は盛んに「すべて解決済み」のみを強調するが、政府間の請求権は「解決済み」であっても個人の請求権は消滅していない。この点は日本政府も認めていることだ。しかも、原爆訴訟、シベリア抑留訴訟、カナダ在外資産補償請求訴訟でも個人の請求を拒否できないと、日本政府自身が述べていることだ。最後に、なぜ戦争被害者が訴え続けるのか、に思いを巡らせることが大切であり、政府が対立をあおるような行為をしてはならない、と結んだ。
 会場からは、北九州でも徴用工が戦後放置され、国家の保護もないままに闇船に乗って韓国に戻ろうとして台風に会い、多くの犠牲者が出たことを忘れてはならない、として今も慰霊祭が行われていることなどを紹介する発言があった。

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