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被災57周年3・1ビキニデー全国集会へのメッセージ(焼津市長、マーシャル大使)
2011年03月01日
「メッセージ」
本日、「被災57周年3・1ビキニデー全国集会」にあたり、一言ご挨拶を申し上げます。本市焼津港所属の第五福竜丸がアメリカ合衆国の水爆実験により被災してから、本年で五十七年が経過しました。以来、今日まで、世界各国の多くの人達による熱心な核兵器廃絶運動にもかかわらず、今もなお多くの核兵器が地球上に存在していることは本当に残念でなりません。
昨年は、本市にとって、核兵器廃絶に向けた特別な一年でありました。5月にニューヨークで開催されましたNPT再検討会議に平和市長会議代表団の一員として参加し、73,997人もの焼津市民の署名を国連上級代表に直接手渡し、市民の熱い想いを伝えてきました。
6月30日には、「第五福竜丸事件6.30市民集会」の中で、核兵器廃絶と恒久平和実現のための運動を熱心に行っている個人・団体を表彰する「第一回焼津平和賞」を公益財団法人第五福竜丸平和協会に贈りました。
7月末には、第五福竜丸事件の起きたビキニ環礁が世界文化遺産に登録されました。このことは、核実験の恐ろしさを次世代に伝えるとともに、核時代の終焉に向かう第一歩になると思いました。
そして、10月、アメリカ合衆国の臨界前核実験の実施が明らかになり、オバマ米大統領とルース駐日大使に抗議文を送付しました。
明けて、新年早々、秋葉広島市長退任の報に接しました。私たちは、秋葉市長が広げた平和市長会議、核兵器廃絶の取組み等、築き上げたそのたすきをしっかりと受け継いでいかなければなりません。核兵器と人類は決して共存できません。このことを肝に銘じ、今後も引き続き、焼津の平和の原点である第五福竜丸事件を次世代に継承し、平和を愛する心を市民が持ち続けるよう核兵器廃絶に向けて全力で取り組んでいきます。
結びに、皆様方の運動が大きな力となり、「核兵器のない地球」の実現につながりますことを念願いたしますとともに、お集まりの皆様のご健勝を心から祈念し、ごあいさつといたします。
平成23年3月1日
焼津市長 清水 泰
終わりの無い人間の愚行をやめて平和を
王や皇帝、大統領を含む独裁政権の人々によって行われた殺戮の記憶のなかで、今日、暦のうえでもう一度、いったい誰が、または何が、生命に対してそんな行為をする権利を与えたのかという質問をし、深く考える時が来ました。
戦争は組織化された殺戮行為です。 それによる集合墓地は、非難された人々が集められ、撃たれた溝穴では、もうないのです。組織化された殺戮による次の集合墓地は、都市になるでしょう。
言い知れぬ意図によって、何でも焼却するでしょう。ドレスデンの焼夷弾より何千度も高い熱で最も固い金属をも焼き尽くすでしょう。
それは全くどんな人にも利益にはなりません!
広島と長崎の核爆弾は、マーシャル諸島共和国のビキニやエニウェトク環礁で67回も多く使われた、より強力な核爆弾とつながっています。 それぞれの場所で、ヒバクシャ、死ぬには早すぎた若い人々の医療ファイル、さらにヒバクシャ特有の病気の数々に、まだ放射性の核物理的な影響が残存する状態が続いています。
これは私の心からの望みなのですが、祈念の式典が毎年同じスピーチと、空約束の言葉に終わるのではなく、日本の国会と、米国議会でも、原水禁や世界のたくさんのグループによって提案されている核廃絶への要請に沿って、実効性のある本当の宣言を挙げることです。
2011年3月1日
J. B. カブア マーシャル諸島共和国駐日大使