2026年、ニュース
第41回4.9反核燃の日全国集会、原水禁全国交流集会、FWを開催しました
2026年04月15日
※集会やFWの様子を収めたスライドショーの作成中です。
第41回4.9反核燃の日全国集会「青森を核のごみ捨て場にするな! 原発は時代遅れだ!!」
リンクステーションホール青森で開催された「第41回4.9反核燃の日全国集会」の参加者467人は、集会後、雨の中、青森市内をデモ行進しました。
1989年4月9日、本州北端の青森県六ヶ所村尾駮沼の浜に、全国から労働者・市民・学生1万1千人が結集しました。この集会は、4年前の1985年4月9日に青森県が核燃サイクル施設の受け入れを決定したことを受け、これに反対する地元住民らが中心となって、この日を「反核燃の日」と位置づけて抗議集会を始めたことに由来します。その後、当時の社会党、労働団体、市民グループが「青森県反核実行委員会」を結成し、全国に呼びかけて実現した大規模な集会でした。
2026年4月11日に開催された「第41回4.9反核燃の日全国集会」で、今村修さん(青森県反核実行委員会委員長)は当時を振り返り、「1万人を超える市民・労働者を前にして、原水禁代表の森滝一郎さんが車椅子で登壇し、『核と人類は共存できない』と叫んで建設阻止を訴えた」と述懐しました。そのうえで、いまだに完成しない核燃料サイクル施設に固執する政府と、「核のごみ」が六ヶ所に持ち込まれ続けている現状を批判し、「蒸気機関の一つである原発はもはや時代遅れです」と訴えました。
そもそも、なぜ下北半島の寒村に核燃料サイクル施設計画が持ち上がったのでしょうか。また、核燃料サイクルとは何なのでしょうか。
全国各地に巨大工業基地や交通網を整備しようとした新全国総合開発計画(新全総)の一環として、1969年5月にむつ小川原開発の構想が持ち上がったことが発端です。当初は石油コンビナートの誘致が目的でしたが、1980年代以降、核燃料サイクル施設の受け入れが浮上しました。戦後の開拓農民を翻弄してきたこの巨大開発の歴史については、鎌田慧さんが『六ヶ所村の記録』(岩波現代文庫)で魂のこもったルポルタージュを記しているので、ぜひご一読ください。
核燃料サイクルとは、原子力発電で使用した燃料(使用済み燃料)を再処理工場で再利用可能なウランやプルトニウムとして取り出し、燃料加工工場でMOX燃料(ウランとプルトニウムの混合燃料)に加工し、再び原子力発電所で利用する仕組みです。経済産業省は、資源の有効利用や高レベル放射性廃棄物の量の削減が可能な「夢」のようなプランであると説明しています。
しかし、現実はそう簡単ではありません。今村さんは「再処理工場の着工から33年が経過し、これまでに27回も竣工が延期されています」と指摘しました。再処理工場が完成しない最大の要因は、再処理の過程で発生する高レベル放射性廃液をガラス固化する技術が確立されていないことにあります。それにもかかわらず、昨年12月、再処理工場の事業主体である日本原燃株式会社は、竣工後にガラス固化試験を行う意向を示しました。これについて、浅石紘爾さん(核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団代表)は、「再処理工場の完成を形式的に整えるものです」と批判しています。
さらに、再処理工場の問題はガラス固化にとどまりません。集会実行委員会が日本原燃に提出した要請文では、着工から33年が経過した再処理工場の経年劣化についても指摘しています。使用済み核燃料は、近づくだけで即死レベルの強い放射線を放つため、その処理工程は総延長約1300キロメートルの配管と、2万5千点を超える重要設備によって構成されています。これらの設備の老朽化に対する懸念は極めて大きく、万が一にも漏えいが発生すれば重大な事故につながりかねません。
高レベル放射性廃棄物の最終処分方法が確立されていないにもかかわらず、日本政府が核燃料サイクルを前提とした原発の再稼働を進めていることについては、原水禁の谷雅志事務局長が強く批判しています。原水禁はこれまでも反核兵器と脱原発を訴えてきており、国際会議の場においても「核の平和利用」は必要ではないと発信していくと強調しました。
また、原子力資料情報室の松久保肇事務局長は、ロシアやアメリカ、イスラエルがウクライナやイランの核施設を攻撃した事例に言及し、戦争時には「原発が標的となる」安全保障上のリスクを指摘しました。そのうえで、私たちの手の届く技術である再生可能エネルギーの利用へと、日本のエネルギー政策を転換していく必要性を訴えました。
基調報告はこちら(近日掲載)
集会アピールはこちら(近日掲載)
なお、集会に先立ち4月9日~10日には、各自治体及び事業体への申し入れを行いました。
要請文(かがみ文のみ)はこちら
原水禁全国交流集会「原発に頼らない社会をつくる」
第41回4.9反核燃の日全国集会とデモ行進が終了したのち、会場を青森県労働福祉会館に移して原水禁全国交流集会を開催し、約70名が参加しました。
「原発に頼らない社会をつくる」をテーマにして、前衆議院議員の山崎誠さん(全国ご当地エネルギー協会事務局次長)が講演しました。
ロシアをはじめイスラエルやアメリカによる原子力関連施設への攻撃が相次いでいることで、世界の安全保障の前提が崩れている現状を危惧する山崎さんは、原発を最大限活用するよう方針転換した第7次エネルギー基本計画に疑問を投げかけ、国会での論戦の中で、弾道ミサイルやドローンによる攻撃に原発を守り切れるのかと質問したところ、政府の回答は、「如何なる事態になっても、国民の生命、財産を守り抜く」と精神論に終始しておりリアリティーに全く欠いていると批判しました。
また、能登半島地震で道路が寸断し、海岸線が隆起したことなどで、原発事故の際の住民避難計画の実効性に深刻な疑問が投げかけられたこと、中部電力の浜岡原発で発覚したデータ捏造事件や東電トラブル隠しなど繰り返される不正で、安全よりお金を優先する「原子力ムラ」の問題点や核燃料サイクルが事実上破たんしていること、核のごみの処分方法がないことなど原発がかかえる課題をあげ、将来世代に無責任な負担を押しつけてはならないと訴えました。
また、原子力発電の発電コストが低いという宣伝やAIデータセンターで電力需要が増加するなどの原発推進側の主張が、いかにフェイクであるか、原発の建設コストの具体例や電力需要のデータ資料の見せ方によって需要が伸びているように見せる狡猾な手口を具体的に示したうえで、再生可能エネルギーの世界動向や最新の技術開発の現状を説明し、再エネ100%は決して夢物語ではなく、地域から声をあげエネルギー政策を変えていこうとよびかけました。
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原水禁主催フィールドワークの開催
4月12日には、六ヶ所村にある六ヶ所再処理工場前での抗議集会や例年開催している六ヶ所村内現地抗議デモへの参加を含んだフィールドワークを開催しました。
8時00分 青森駅前出発~六ヶ所核燃サイクル施設前到着
車内にて「原水禁の見解について」ポイント解説(事務局長・谷雅志)
10時30分 現地抗議行動参加・六ヶ所再処理工場正門
11時30分 現地抗議デモ参加
六ヶ所再処理工場正門~六ヶ所文化交流プラザ・スワニー~六ケ所村役場
13時00分 日本原燃の説明・質疑応答(50分程度)、見学等
14時15分 上北六ヶ所太陽光発電所展望台立ち寄り~青森駅到着
