2014年8月アーカイブ

広島大会第1分科会
脱原子力1─福島原発事故と脱原発社会の選択

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報告①~「原発事故と避難自治体について」斎藤英毅(いわき地方平和フォーラム議長)
 沿岸部13自治体の現状と課題について報告。
 ① 地震発生後、津波対策も含めて災害対策本部が設置された。福島第1原発事故水素爆発という原子力災害が発生。双葉郡で14万人の避難者が生じ、避難所の設置・収容がされたが、情報共有の集団が個人の携帯のみになるなどの脆弱さを露呈した。各自治体では、役場機能として、名簿作成・救援物資・町外避難者からの苦情・病院施設入院患者の移送を対応した。防災計画は、これまでの有名無実の訓練により機能せず、オフサイトセンターも機能停止した。仮設住宅では、公営住宅と仮設のコミュニティーの分断も発生。避難者でもある自治体職員の状況は、メンタル面の問題が発生し、早期退職もある。
② 避難解除と住民の帰還
計画避難区域が基準ミリシーベルトにより困難区域と準備区域に線引きされた。住民意思の反映が把握できず、机上の避難計画策定を国より求められる。現在でも、帰宅について、分らない、戻らないが半数以上を占める。大熊・双葉地区の中間貯蔵施設の受入協議について、国は責任を放棄し、県と自治体に委ねることになった。
③ 自治体職員の課題
避難する家族ともども退職を選択する職員が多い。50代のベテラン職員不在の中での自治体業務をしている。全国からの行政支援も、必要な業務とのミスマッチも生じている。ある自治体では、臨時職員が正規の2倍に達する状況と時給の高騰がある。今後の課題として今も発生するメンタルヘルス対策も求められる。原発は、一度事故が発生すれば取り返しがつかず、福島原発事故は収束などしていない。

報告②「宮城からの報告」菅原晃悦(宮城平和運動推進会議事務局)
 福島から隣接する宮城の地からも、現在の事態は「核と人類は共存できない」ということにつきる。県内で8000ベクレルを超える指定廃棄物は、3300tを超える。高濃度の稲わら、牧草、しいたけ原木等について、生産者の状態は2年期限での仮置き場を度重なる延長が繰り返されている。廃棄物を再燃処理する案も全ての自治体において未合意となる。中間貯蔵施設指定の候補地選定も、県と自治体協議に委ね国の責任を放置している。

報告③鹿児島より「川内原発の再稼働を許さない闘い」
 川内原発は、5つ以上のカルデラが存在する危険を抱える原発だ。県の判断は、9月県議会で見送り、10月臨時議会での協議の見込みだ。県民の不安は増大する一方で、新たに定められた要援護者や福祉避難所の確保など策定が困難な避難計画となっている。避難計画について、自治体への公開質問状などを通して、スクリーング・移動計画などが有名無実となっていることがわかった。知事自らが30km圏内の避難計画の非現実性を言及し、撤回する事態にも至っている。薩摩川内市に対して、緊急要請署名1万5千筆を提出した。

講演「福島原発事故と脱原発社会の選択」伴英幸・原子力資料情報室共同代表
② 除染関連予算は、1兆7千億円を超える。
②福島事故の前後により、被曝基準を法的に変更した。事故前は年間1ミリシーベルト、事故後は100ミリシーベルト、現在は20ミリシーベルト。
④ ヨウ素被曝は、健康調査により、甲状腺ガンが23人、疑いが41人。
⑤ 規制委員会の変質、田中知氏(推進派)への交替。
⑥ 事故の根源的原因の1つとして透明性を高める文化が必要。
⑥新規制基準~未導入を導入・強化した以外は大部分は変更なし。問題として、立地指針が削除されたこと。新知見は新たに10年を要することから間に合わない。

海外ゲスト~ステフィ・レムケさんの講演
 ドイツの脱原発の闘いと福島事故について報告。原発と核兵器を同一のレベルに論じることはできない。電力は、代替エネルギーが可能であること。核兵器は、大量殺戮兵器の使用という選択は、比較にならないほど質的に差がある。
 福島事故は、ドイツをはじめ欧州各国の原発政策に大きな影響を与えた。先進経済大国の日本において、1号~3号機のメルトダウンの危機は、なすすべもなく経過し、汚染が拡大している。
 欧州全体でも原発に対する転換となり、スイスをはじめ、日本でも国民の60%が反対しているにも関わらず、再稼働へ動き始めている。
 原発・火力発電がなくても、エネルギー確保(シフト)が可能であることを証明することをドイツの地で求められている。
 原発事故の深刻な事態を忘れさせようとしており、原子力産業からの抵抗がくり返している。

参加者からは次の様な質問・意見が出されました。
①推進派の論点として、ドイツはフランスからのエネルギー輸入国であり、自国のみの脱原発は空論ではないかとの声があるがどうか
(ステフィ・レムケさん)輸入は事実であるが、いずれにしても推進勢力との権力・資金の闘争である。
②政治・企業との闘いとの話があったが、切り崩すための具体的な策があれば教えていただきたい。
(ステフィ・レムケさん)再生エネルギーの拡大に目を開かせていくことが大切だ。再生エネルギーでも利益が生じる。再稼働を前提とする「ヨウ素剤の配布」の日本のニュースを聞いたが、ドイツでは考えられない。住民の抗議活動が展開されると思う。市民一人一人が自発的なとりくみをすることが大切だ。
③規制委員の変質がふれられたが、アメリカでも同様とあったが、どのように変質させられてきたのか。
(伴英幸さん)アメリカのスリーマイル事故後、規制委員会の変質が進み、議会からの介入などを通して進められた。しかし、解任署名運動による罷免要求から辞任となった。
④福島事故の東電・国の責任を果させることが追及課題だ。福島からの訴えとして、「収束もままならない」事態の中で、「人間らしく扱え」「元の生活に戻せ」3年間の苦悩や悔しさを共有化することを訴えたい。
⑤教育の現場でも、原発の再稼働を想定した「放射性副読本」が出されている。
⑦ 再生エネルギーでも電力料金への影響を宣伝している。これは問題だと思う。
(ステフィ・レムケさん)ドイツでは、消費者の電力料金は上がっており、企業は下がっている。「固定価格買取制度」があり、供給エネルギーの価格差を料金として賦課することになるが、大企業がロビー活動で反対の声を上げようとしていることは同じだ。

<分科会まとめ>
 知らされないままにすまされようとしている。福島の収束はまだであることは明らかだ。 風化を許さず、再稼働を許さない闘いをさらに強めていこう。
 

広島大会第2分科会
脱原子力2─再稼働問題と日本のエネルギー政策

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質疑・討論のまとめ
①(大阪・若狭ネットワーク)大飯原発再稼働裁判の差し止め判決は画期的だ。この判決を受け、国の責任で健康手帳を配布させないといけない。再稼働について規制庁と交渉したが、規制庁は福島原発事故を教訓化しようとしない。全ての原発を止めるまでがんばりたい。
②(福島)私たちは福島原発事故によるヒバクシャであり、震災の被災者だ。第1原発事故は人災であり、未だ13万人が避難しており、事故から4年近くが経過するが、国の責任は重大だ。第2原発が未だに廃炉にならないのはありえない。国は原発が安全だと言ってきたが、事故などを隠してきた。国は中間処理場を計画中だが、最終処分場が決定していない。国は県民が納得できる説明をすべきだ。風評被害も地元紙で報道されているが、他県では取り上げられていない。震災関連死も増えてきており、何もしない国・東電は許せない。
③(広島)マスコミは放射能被害を小さく見せようとしている。原発の優遇政策が地元の意思を踏みにじっている。この実態を知らせるためにどう取り組んだらいいのか。
(藤井石根さん)実態を知らない人が多い。原発と人類は共存できない。自分が生きている間に大きな事故は起こらないという無責任な考えを改めるべきだ。集会や取り組みに参加していない人に現実を知らせていく必要がある。
(西尾漠さん)風評被害が拡大したのは国・東電の責任だ。これをきちんと伝えていくしかない。優遇政策も簡単な話ではないが、きちんと伝えていくべきだ。
④(大阪)福井判決は福島事故を深刻に受け止めた結果だ。しかし、福島事故で知らない事が多い。学校でも教えるべきだ。
⑤(東京)健康被害で広島、長崎の経験を教訓化するには放射線被害をしっかり伝えることだ。福島で子どもたちの肝機能低下や突然死の増加が報告されている。調査結果の事実を知らせるべきだ。
⑥(愛媛)電力会社はなぜ原発の廃炉を決定しないのか?国はなぜ廃炉を行政指導しないのか?指導すると賠償責任があるのか?
(西尾漠さん)福島県の全自治体はやめろと言っている。外国では例があり、賠償責任になった。だから国は何も言わないし、会社も様子見をしている。
⑦(山口)上関原発建設は反対運動で止まっているが、知事が交代して答弁が変節したことがあった。建設計画がこれ以上進まないように取り組んでいきたい。
                                                  (報告=部落解放同盟・高橋定)

 広島大会第3分科会
 平和と核軍縮1─核拡散とプルトニウム利用政策~NPT再検討会議に向けて

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 最初に長崎大学核兵器廃絶研究センターの鈴木達冶郎教授から「プルトニウム利用と核不拡散問題 日本の核燃料サイクル政策は変われるか」と題してお話をいただいた。
 日本はプルサーマル計画、核燃料サイクル計画に固執しており、使用済み核燃料も資源として扱われている。そして、プルトニウムは増え続けている。使用済み核燃料を廃棄物として扱う考え方の転換と法的な整備が必要である。
  海外ゲストのジェイムス・アクトンさんからは、国際的な視点から日本の核燃料サイクル計画などがどのように見られているかということと、アメリカの使用済み核燃料の状況についてのお話をいただいた。
 アメリカでは、使用済み核燃料はゴミとして扱われていて、充分な冷却期間の後、ガラス固化体などの乾式処分をした上で、最終的には地層処分などの処理を行う計画となっている。
 田窪雅文さんからは、二人の話の補足と、日本の核燃料の再処理について話をいただいた。
 三赤舎からは、「アメリカで兵器級プルトニウムwpMOX燃料に加工・使用するという話があるが進んでいるのか」という質問や、「NPT再検討会議に向けて、プルトニウムや核燃料のもたらす影響を強く発信すべき」などの意見があった。
 最後に、使用済み核燃料の現状を伝えることや、核不拡散の署名運動などを進めることを確信しました。
                                                      (報告=自治労・小山芳彦)
 

広島大会第4分科会
平和と核軍縮2─アメリカの核戦略と東北アジアの非核化

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秋葉忠利・元広島市長は次の様に話した。
 第一次世界大戦から今年で100年。その教訓、遺産といえる大切なものを話したい。AFSという高校生の団体がある。第一次大戦のときパリにいたアメリカの青年たちが、救急車のドライバーをボランティアでやった。第二次大戦でもやった。第一次大戦の後、戦争を起こさないボランティアが出来ないだろうかと考えた。それには、高校生の時に留学させることだ。生活の経験、体を使っての経験をさせることが大切だ。はじめは、アメリカ対1国だけだったが、今では50ヶ国に拡がった。戦争をきっかけに起こった運動であるAFSの存在意義は世界平和だ。
 69年間の平和運動を振りかえって、第一回原水禁大会から、キューバ危機を経て部分核停止条約、ニューヨークの100万人集会、国際司法裁判所の核は国際法違反判決。今年はマーシャル群島の提訴がある。ヒロシマ・ナガサキ以降核兵器は使われていない。大国間の戦争もなかった。それは我々の力になる。これからは、被爆者の体験を基盤に未来を考えていく。
 核兵器の非人道性をつなげることが重要だ。全面核戦争になれば、人類の滅亡だ。科学者の予言が事実になっているチェルノブイリ、福島でそれが確認された。
 我々は、被爆者に対し義務を負っている。あれだけの体験をして、希望にむけた実践をしてきた。これに答えるために、被爆者の生きている間に核兵器の廃絶をする。核のために使われている10兆円を、異常気象のために使うべきだ。2015年のNPT再検討会議にむけて、誠実な交渉を核保有国に迫ろう。

湯浅一郎さん(ピース・デポ代表)は次の様に話した。
 安倍政権の軍事優先路線で安定はない。ヨーロッパは、冷戦構造はなくなりヨーロッパの国同士の戦争はなくなった。アジアは不安定なままだ。朝鮮半島は分断したままで、休戦協定のままだ。日本人は、これを認識する必要がある。
 境界も相互の了解のないままで、時々衝突が起こる。自国の安全を軍事によるとすると、相手国も軍事増強になる。終りのみえない状況が今も続いている。北東アジア非核地帯に賛同する世論をつくっていく運動を続けていく。

ポール・マーチンさん(米国ピースアクション)は次の様に話した。
 核兵器は1945年以降13万発造られ、今16300発が保有されている。7300発を備蓄し、1900発が舶に配備、3000発が予備、2400発が解体待ち。2018年には1500発に制限される。
 財政難により高価な核維持はむずかしい。オバマ大統領はロシアと協力し、核を減らすと言明した。退陣前に出来ることを祈る。アメリカは第二次大戦後、日本の憲法に関わったが、9条改正に圧力をかけてきた。PKO、アフガン、イラクへ自衛隊の出動、在日米軍への財政援助等々だ。お互いの国で、人々の考えを共有することが大切だ。原水禁とピースアクションは今後も共に政府に圧力をかけていこう。

 参加者からは、神奈川から原発は止まっていても横須賀を母港とする原子力空母が動いている現実の報告があり、沖縄からはオスプレイの実態や本土でも訓練がはじまっている報告がされた。
(報告=I女性会議・桑原輝子)
 

広島大会第5分科会
 「ヒバクシャを生まない世界に1-世界のヒバクシャの現状と連帯のために

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討論の特徴
 豊崎博光さんは「被ばく:世界と日本の人々の暮らしへの影響」、田城明さんは「続く核時代の負の遺産」と題して講演した。
 ヒバクシャの現状について、豊崎さんは「ウラン鉱石の採掘労働者」の被ばくについて、労働者のみならず作業服から家族も被ばくしていることや、採掘後も住民は被ばくし続けていること、さらにはアメリカなどの「大国による核実験」は、すべて先住民族の土地で行われ住民が被ばくしていることなど、人々の人権がないがしろにされるのが被ばくであると強調した。また、放射線は危険・有害であること、余計な被ばくをしないという意識を持たないとヒバクシャを増やしてしまうと警告した。
 田城さんは、広島・長崎以後のヒバクシャについて、放射性物質を使った米国での人体実験として、①妊婦への放射性鉄の投与、②囚人へのエックス線照射、③ブラジルでの医療用放射線源による被曝など、あまり知られていない事例を紹介した。
 続いて、補償法について、田城さんからは、原爆投下から「空白の10年」と言われる政府からの援助がなかったことから、原水爆禁止運動や日本被団協の結成により、原爆医療法や原爆被爆者援護法が制定された経緯が説明され、認定以外のヒバクシャはかなりいるはずだと述べた。
 豊崎さんは、マーシャル諸島共和国では、人々の暮らしなどの損害も査定し補償している一方で、広島・長崎の被爆者に対しては、「政府・加害者が勝手に被害の範囲を決めてしまう」として、国による「切り捨て」を厳しく批判した。
 最後に、「ヒバクシャを生まない」ために、核の軍事利用も平和利用もやめるしかない、広島・長崎の被爆者らの核兵器廃絶の訴えは、核兵器禁止条約を求める新たな潮流を作り出している。被爆国日本がそのリーダーシップを発揮すべきである。核も戦争もない世界の実現のために、私たちは、「戦争する国」をめざす集団的自衛権行使容認や原発「再稼働」・核燃料サイクルなどの問題に対して、各地から運動を創り上げることを確認し、分科会を終えた。

 (報告=北海道・長田秀樹)

広島大会第6分科会
ヒバクシャを生まない世界に2─ヒロシマからフクシマへヒバクシャの課題

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質疑・討論の内容
①(大阪)被爆者援護法の具体化をスタートさせた。放射能健診の実施を求める署名を100万を目標に現在まで17万集約した。原発立地自治体からも署名が届いている。
②(大阪)講師の話を聞いて国の責任が問われていると思った。被爆者手帳などの課題は今後の福島の課題につながる。どう取り組んでいったらいいのか。裁判は一審は負けた。現在は福岡高裁で審議している。
③(福島)私の周りにも鼻血や脳梗塞、急性白血病などが多い。食事をめぐって食べていいか悪いか、家族が分断させられている。補償金が月10万円だが、高いと思うか。私たちが声を挙げて、行動をつくっていかなければならない。
④(大阪)広島、長崎、福島を風化させてはならない。再稼働に反対していかなければならない。
 最後にまとめとして、「被爆者援護法を社会補償から国家補償に」「被爆二世問題」「福島の課題」「広島、長崎、福島を結びつけていく。風化させてはならない」「当事者だけの運動に終わらせてはならない。粘り強く運動を作っていくことが大切だ」と確認した。
                                          (報告=九州ブロック・前海満広)

 広島大会第7分科会
 「見て、聞いて、学ぼうヒロシマ」
 
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 参加者のほとんどが原水禁世界大会には初めての参加となりました。原爆資料館元館長の原田浩さんから講演を受けました。原田さんは被爆者としては最後の原爆資料館の館長という立場から、広島への原子爆弾投下に関する基本的な知識とあわせて、ご自身の6歳のときの被爆体験をお話してくださいました。
 原田さんは、原子爆弾の特徴として、熱線、高熱火災、爆風、放射線を挙げ、それらによって人体が無残な状況になったこと、資料館では見るに耐えない被爆者の状況をそのまま展示するわけにはいかなかったことなどを説明されていました。また、熱線で建物に焼きついた影について、館長時代に2度ほど「私の身内だ」と言ってきた人がいたとのことです。
 原田さんは6歳のとき、広島駅で被爆しました。駅の屋根が落ちてきて、父親が上に覆いかぶさったことで助かったとのことです。逃げる途中、水がほしいという人に足をつかまれた際、振り払うとその人の肉がずるりとむけたという生々しい実体験をお話されていました。被爆者は助けを求める人を残して自分だけ生き残ったという気持があるなか、なぜ助けられなかったかを思い出したくないため、被爆体験を語る被爆者は少ないとのことです。原田さんの館長時代も、要人を案内する際、広島駅のパノラマがある場所では一呼吸置かないと説明に入れなかったそうです。
 その後、会場から質疑を受けました。三重と新潟の参加者(教職員)からは、子どもたちに平和教育を行ううえでの葛藤やぶつかりについて報告がありました。「子どもたちに平和とは何かをどう伝えるか」「教員が子どもたちに戦争について教える際に、被爆者としては何を伝えてほしいか」という質問には、原田さんは「平和とは何かという問いは、立場によって答えが違う難しいテーマ」「原爆を落としたのはアメリカだが、被爆者の気持は、アメリカがあやまるより何より、まずこんな悲惨な経験は二度としたくないという気持がある」というお話をされていました。
 また、被爆者にたいする差別についての質問には、「被爆者が悩んだのは結婚や就職の差別もあるが、何より体中のケロイドのこと。差別を危惧して手帳を申請しなかった人が、近年になって新たに申請することがあるが、証人もすでにおらず、事実確認ができないため、審査が極めて困難になっている。手帳は申請せず、誰にも被爆のことは一切言わないままの人がたくさんいるはず」とおっしゃっていました。
 原田さんは最後に、平和宣言の内容について、市長の思いが強く反映されたものになっていること、市長だけでなく、市議会議長のメッセージ、広島と長崎のものを比較してみることなどが理解を深めることになると指摘し、分科会を締めくくりました。

(報告=社青同・近藤和樹)

 


 

長崎大会第1分科会
脱原子力1 ―再稼働問題と日本のエネルギー政策

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(1)海外ゲスト報告 イ・ヨンヒ(韓国 カトリック大学社会学科教授)
・韓国では現在、23基の原発が稼働中。5基が建設中。
・低・中レベル核廃棄物処分場の場所は決定したが、高レベル核廃棄物の管理という問題をかかえている。
・高レベル核廃棄物の管理について、一般の人々も含めた社会的対話を通して決定することを決めたが、原子力界の専門家に委ねるべきだと方針転換された
・政府は使用済み燃料の再処理についても発言している

(2)講演 吉岡斉(九州大学大学院比較社会文化研究院教授)
・福島原発事故を契機として、政策転換への動きが始動した。エネルギー・環境会議では「原発に依存しない社会の実現」という方針が掲げられ、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入すること」がうたわれた。
・自民・公明の連立政権となり、逆コースをたどりつつある。官庁主導で審議が進められ、政府審議会の委員の大半が原子力発電に好意的な人々で占められている。

(3)講演 西尾漠(原子力資料情報室共同代表)
・2014年3月、原子力規制委員会は川内1・2号の優先審査を決定した。7月からパブリックコメントを求めているが、科学的・技術的意見に限定している。しかし、これにとらわれる必要はない。住民避難計画の非現実性も含め、誰も安全を保証しない体質を問題にすべきだ。
・再稼働を許せば、「事故の危険性」「高レベル核廃棄物の増大」等、問題をより深刻化させることになる。

各地報告として、福島、青森、鹿児島、佐賀から原発再稼働の動きと現地の闘いが報告された。
まとめとして次のことが確認された。
・原発が担っていた20~30%の電力量は、今後は人口減少とものづくりからサービス産業へのシフト変更による総電力使用量の自然減、企業や国民一人一人の省エネにより補う必要がなくなっている。また日本は再生エネルギーをうみだす潜在能力を持っている。よって、脱原発社会とエネルギー政策の転換は実現可能だ。
・「科学技術的問題は専門家に委ねるべきだ」という方針の韓国政府と日本政府の姿勢は共通している。再稼働問題と日本のエネルギー政策は国民の生活に密接する問題だからこそ、国民全体で議論していくことが大切だ。
・原水禁運動を若い世代に継承していくことも大切だ。

(報告=静岡・吉田明生)

 

長崎大会 第2分科会
脱原子力2─福島原発事故と脱原発社会の選択

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 藤井石根さん(明治大学名誉教授)から、「エネルギーの視座からの脱原発社会を考える」と題した問題提起を受けました。大飯原発に対する福井地裁判決を紹介していただく形で、脱原発は経済やエネルギーの問題ではなく、人権の問題が第一義である。今の日本は、「経済のために人が存在するかのようだが、人のために経済がある社会に変えていくことが重要だ」と提起された。
 この提起を聞きながら、原発問題は「沖縄の基地」問題と共通する課題だと感じました。沖縄の基地問題を東京で論議すると「安全保障」問題になりがちですが、沖縄の方にとっては「人権」の問題であり、沖縄県民の人権を踏みにじることを前提とした安全保障の観点で論議されていると感じるからです。同じように、原発の問題も、経済やエネルギーの問題ではなく、福島を中心とした原発事故被災者の「人権破壊」の現実から論議することが重要だと思います。
 澤井正子さん(原子力資料情報室)からは、福島原発事故の現状をお話ししていただきました。「事故の原因が全く分かっていない」「事故の収束の方法さえ見いだせていない」「汚染水の対策も全くコントロール出来ていない」などの現状を示しながら、事故の収束がいまだ困難な状況に置かれていることをお話ししていただきました。また、放射能の拡散状況や自治体の仮役場の設置状況を示しながら、福島県民の人権回復にはまだまだ時間がかかることをお話ししていただきました。
 各地報告では、まず福島から被災者の立場で、特に教員の立場から「大人のストレスが子どものストレスにつながっている」現状や「牛乳を飲む、飲まない。給食を食べる、食べない」などの意見の違いもまだまだ残っている、と報告されました。
 福島の中の分断ということではさらに大きなものがあると思います。その要因としてあげることができるのは、国の責任が明確でなく、そのため対策も不十分であるために、被災者個人が生きるために自己解決をさせられているからだと思います。原子力政策を進め事故を防げなかった責任は国にあります。澤井さんのお話の中で、放射能の拡散情報を隠蔽し無用な被ばく、防げたはずの被爆をさせたのも国の責任です。この国の責任を認めさせ、健康保障や生活保障の対策を国の責任で行わせる中でしか分断は収まらないと思います。
 藤井さんが紹介された、福井地裁判決の「経済活動の自由と、人の生存に係る権利である人格権を比較して論議することは許されない」とする趣旨は、福島の人権破壊の現実から発せられています。脱原発運動のエネルギーは、福島の実態の中にあります。脱原発運動の火をさらに大きな炎に燃え上がらせるためには、東京電力福島第1原発事故による放射能被害、人権破壊の現実を学び広げることだということを、全体で確認したいと思います。
 次に、鹿児島から川内原発の再稼働問題について報告されました。避難の問題、火山の問題、活断層の問題について報告されました。福島原発事故でも、避難の際に多くの方が亡くなられたということが澤井さんから紹介されました。問題はそれだけではありません。福島ではいまだ13万人の方が自宅に帰ることができていません。福島県内で避難する子どもたちは、1割しか元の学校に通うことが出来ていないのです。もちろん豊かな自然と共存してきた産業も再生できていません。こうした福島の現実があるからこそ、「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していること自体が国富であり、これが取り戻せなくなることが国富の喪失だ」と福井地裁判決が言っているのです。
 また、原発再稼働のための新規制基準では、過酷事故を想定しフィルター付きベントの設置を義務付けています。「核と人類は共存できない」と言ってきましたが、福島では共存出来ない放射能が生活圏に漏れ出して困っているのです。健康影響も直接の放射線の影響だけではなく、避難による心労やストレスによる健康被害があることが報告されました。そうした現実があるにもかかわらず、過酷事故時に原子炉の爆発を防ぐために放射能を生活圏に放出するベントを付けて再稼働をさせるということですから、再稼働反対は単なるスローガンではく、福島の現実からの訴えであることも、全体で確認しました。
 ドイツ緑の党のステフィ・レムクさんからは、はじめに「核兵器と原発を同列に扱ってはならない」との提起がありました。核兵器は人間の殺戮のために使用されるものだが、原子力を使う原発は過ちであり不要なことだ、という区分けをすべきということでした。一つの考え方として受け止めたいと思います。しかし、核兵器は一部の人間の利益のために使用され、大勢の方の生命を奪うものですが、原発も一部の人間の利益のために他者の犠牲を強いるものです。単に、放射能という共通性だけではなく、人権の観点から言っても共通性はあると思います。
 原発は事故を起こさなくても、燃料の採掘段階から使用済み燃料の処分に至るまで、あらゆる過程で被ばく労働が強いられます。もちろん事故を起こせば、大量の被爆が強いられます。広島。長崎への原爆の投下から69年たった今、広島・長崎は復興しました。もちろん、被ばくによる後遺症で苦しんでいる方は大勢います。しかし、福島はどうでしょうか。69年たっても、事故の収束さえ出来ないのではないかと危惧しています。避難を強いられている双葉郡は廃墟と化しています。この現実を知りながら、原子力の商業利用である原発を稼働させることは、単なる「あやまち」という言葉では片づけられません。福島の現実をドイツでも広めていただきたいと思います。
 また、ステフィ・レムクさんから、ヨーロッパでも、とりわけ原発大国のフランスでさえ反原発の動きが生まれている。エネルギー問題でいえば、世界では原子力はわずか3%であり、再生可能エネルギーが57%。なぜ、福島の事故を経験した日本が原発の再稼働なのか。事業者にとっても、再生可能エネルギーが経済的にも有利なことを理解させ、反原発運動に引き込むことが必要だ、との提起をいただきました。この考え方には学んでいきたいと思います。
 しかし、再生可能エネルギーが進まないのは、国策として原子力エネルギーを推進してきたからであり、ステフィ・レムクさんが指摘されたように技術的な問題ではありません。この国策を変える必要があるのです。そのためには、日本は原発事故を経験しましたから、ステフィ・レムクさんの言葉通りに学ぶということではなく、やはり福島の現実を踏まえる必要があります。被災者の人権回復に要する費用、事故の収束に要する費用、国富の喪失を回復するための費用、使用済み燃料の処分に要する費用など、具体的な事実から事業者に訴えていくことが必要であり、国策を変更させる勢力に引き込んでいくことが必要と考えます。
 最後に、会場から原水禁運動の歴史と論点整理についての要請がありました。広島・長崎の被爆者運動から生まれた3つのホショウ(過去に対する補償、現在に対する保障、未来に対する保証)の観点に立つ、被爆者援護法制定運動に学んでいきたいと思います。まだまだ、討論の過程にありますが、この被爆者援護法制定運動に学び、「原発事故被災者支援法(仮)」の制定に向けた論点整理が、原水禁運動に求められていると思います。来年の70周年大会に向け、しっかり議論していくことを確認しました。
(報告=東北ブロック・菅原晃悦)
 

長崎大会第3分科会
平和と核軍縮1―核拡散とプルトニウム利用政策~NPT再検討会議に向けて

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 初めに、問題提起として、鈴木達治郎さんより「プルトニウム政策は、核兵器と原子力の平和利用との重要な接点で、核兵器廃絶を考える時に避けては通れない問題」という事が言われました。また、福島事故以降、核燃料サイクル問題について「政府の原子力委員会では、“柔軟な対応をすべき”と提言してきたが基本的な施策は変わっていない。その背景には使用済み燃料を“資源”として考え、それを前提に仕組みが作られていることがあり、そこを変えていく事が必要」ということも言われていました。そのためにも「使用済み燃料を“再処理”ではなく“貯蔵を優先”していく事や“直接処分を可能”としていく事が必要だが、現在の日本では“直接処分は違法”となっていて、これを変える仕組みや代替案をきちんと評価する仕組みが大切。現在大量に抱えているプルトニウム在庫を減らしていく事が何よりも必要」といった事が提起されました。
 ジェイムス・アクトンさんからも「プルトニウム問題は国際的にも重要な問題。軍縮、核不拡散のリーダーであるはずの日本が、プルトニウム問題で他国に緊張を与えているのが現状。米国も日本のプルトニウム政策に懸念を抱いている」という事が言われました。
 田窪雅文さんからも「長崎で使用された原爆にはプルトニウムが6kg使われていたが、現在日本は45tも持っており、さらに六ヶ所の再処理工場を稼働させようとするなど在庫を増やそうとしている。六ヶ所の再処理工場稼働についても、原発の使用済み核燃料が満杯になる中で仕方なく工場で再処理し空きを作ろうというもので、既に当初の計画が成り立たなくなっており何も学んでいない」という事や、「使用済み燃料の貯蔵方法も、乾式貯蔵など中間貯蔵のシステムを整えるべき」との指摘もされました。そして「まずは再処理を辞めると言わないと進まない問題で、余剰プルトニウム=核兵器に繋がるという意識を強めていない」という事が言われました。
 これに対し、参加者からは「原水禁の基本方針はプルトニウム利用には反対である筈で、プルトニウムが出来てしまうのは原発が動いてしまうからだ。動かさなければ“今あるものをどうするか”が問題になるのでは」という意見や、「核燃料サイクル=資源増という考え方が強くなっているのではないか」という意見も出され、原発再稼働反対という運動よりも「再処理させない」という運動が弱く、そこを突かれている現状が明らかにされました。「反核兵器・核拡散阻止」という立場からも「再処理させない」という問題意識が大切だという事を全体で確認し、終了しました。
 (報告=全農林労組・永井和宏)
 

長崎大会 第4分科会
平和と核軍縮2-東北アジアの非核地帯化と日本の安全保障政策

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 塚田晋一郎さん(ピースデポ)が「『軍事力によらない安全保障体制』への模索」、前田哲男さん(軍事評論家)が「集団的自衛権の行使容認と東北アジア」と題して講演した。
 塚田さんは、核兵器をめぐる世界の状況について、「冷戦時代は約7万発の核兵器も、現在は17000発となった。非国家主体(テロリスト)が核兵器を使う時代だ。国連加盟125か国が、核兵器の『非人道性』を謳う共同声明に署名、日本も賛同した。核兵器禁止条約も作る流れができつつある」として、核兵器のない世界に向けてすすんでいると述べた。また、3(日本・韓国・北朝鮮)+3(米国・ロシア・中国)による軍事力によらない安全保障の枠組みとしての「北東アジア非核兵器地帯」の構想こそ現実的なアプローチであると指摘した。
 前田さんは、「安倍政権は軍事力による安全保障を模索し、『対立と威嚇』を演出している」と指摘し、集団的自衛権行使容認の閣議決定について、「あくまでも内閣の意思表明である。世論の半数以上が『反対』『説明に納得でない』と答えている。これからの自衛隊法などの『法改正』を阻止するたたかいをすすめよう」と訴えた。
 続いて、海外ゲストのポール・マーチンさん(アメリカ・ピースアクション)が「日本は、1992年のPKOで自衛隊派遣を可能にし、9.11以降、インド洋への派遣やイラク派遣などアメリカの圧力で侵略戦争に参加してきた。しかし、米国人は日米同盟強化に無知である。原水禁・ピースアクションで核のない世界を」と訴えた。
 次に、イム・ピルスさん(韓国・社会進歩連帯)は、日本の集団的自衛権行使容認について、「韓国政府は、基本的に同意し、注視するという立場を表明している。マスコミも憂慮するとしながらも、基本的に政府と変わらない姿勢を示している」と指摘したうえで、「行使容認を既成事実として見ていることが問題であり、こうした政府の姿勢を糾弾し、日本の9条を守る運動と共同する歩調を取っていきたい」と述べた。
 各地報告では、長崎(佐世保地区労)から、8月1日に佐世保に入港した原子力空母ジョージ・ワシントンについて、「日米軍事一体化の強化をめざし、市民に慣れさせるものだ」として、寄港反対九州ブロック集会などの反対行動について報告があった。
 また、沖縄からは、辺野古新基地建設阻止のたたかいについて、「辺野古の海に18年間、くい一本うたせないできた。昨年12月に仲井真知事が埋め立てを承認してから、既存施設の解体工事やボーリング調査のための資材搬入などを行っている。ゲート前の監視行動の時間ははずし、深夜2時に大型トレーナーによる海上阻止行動を阻止するためブイ設置のための資材搬入を行った。また、ゲート前には「鉄板(殺人パット)」を設置した。24時間体制でのたたかいを非暴力でがんばる。沖縄と連帯した行動を」と呼びかけた。
 神奈川からは、原子力空母の横須賀港配備について、「41年も配備され、『核密約』により核兵器持ち込みも明らかになった」として、「2015年の原子力空母ロナルド・レーガンへの交代を機に、母港化撤回の運動を強化したい」と述べた。また、オスプレイについて、「『沖縄の負担軽減』を口実に、東日本への飛来が相次いでいる。危険な転換モードでの飛行を市街地上空で行うなど合意違反である。オスプレイ配備させないたたかいを全国で展開しよう」と呼びかけた。
 (報告=北海道・長田秀樹)
 

長崎大会第5分科会
 ヒバクシャ1 ―ヒバクシャ問題の包括的解決をめざして

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講座Ⅰ 豊崎博光さん(フォトジャーナリスト)に対する質疑応答
・地球被ばくという言葉を聞いて驚いた。日本人は多くの魚を摂取している現実がある。なぜその情報は流れてこないのか?風評被害があるのか?北半球のデータは多いが、南半球のデーは少ないのか。
(豊崎さん)地球被ばくのデータは持っている。かくしているわけではない。それを自分で手に入れる、集めていくことが必要だ。南半球の大陸では実験、調査が少ない。

講座Ⅱ振津かつみさん(医師)に対する質疑応答
・長崎、広島、福島としての問題は大切であるが、それを地球被ばくという観点で考えていく必要がある。被ばく者は日本だけでなく、世界にも多くいる。その人達は知られていないし、保証もされていない。国によっても保証は全く違う。なぜ同じ人間なのにおかしいのではないのか?
・核と人類は共存できないことを再確認したい。核廃絶は核兵器廃絶ではない。原発も廃止にする。それが大事だ。
・世界はまだ核実験を続けている。地球被ばくのことが分かっていない。日本も地球被ばくの加害者本人である。もはや地球上に住んでいるかぎり、被ばくからのがれられない。
・地球規模の大きな視点(マクロ)と現地の小さな視点(ミクロ)の両方で考えることが重要。社会の現状や地域の現状を知って伝えることが重要だ。
・被ばく者の方々も少なくなってきている。語り部の人もかぎりなく少なくなっている。本人でなくても、闘いた人が語り継いでいくことが大切だ。それが若い世代ができることだ。
 最後に、強い意思、意見、考えをもって取り組み闘っていくことを確認した。
 (報告=関西ブロック・三上雅康)

長崎大会第6分科会 強制連行と被爆を考える

長崎大会第6分科会
ヒバクシャ2--強制連行と被爆を考える

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 初めに海外ゲストからのはなしを聞きました。
(カク・キフンさん)1924年生れ、1944年9月師範学校の時召集される。徴兵され広島に連れて来られた。その日8月6日は2Km離れたところへ工兵隊に仕事に行っていたが、助かった。3日位意識不明が続き15日に終戦を知った。
広島市の人口70万人のうち約1割の7万人の朝鮮人がいた。うち4万人が死亡し、残り3万人のうち2万3千人が祖国へ帰り、7千人が日本に残った。そのうち1千人の人が共和国へ帰った。いま朝鮮での生存者は10分の1程度だ。日本人被爆者生存者は40万余人のうち20万と聞いている。67年から被爆者協会をつくった。被爆者は何処にいても被爆者だ。
(チヤン・テホンさん)14歳の中学家1年で被爆した。家は稲佐町にあった。空襲警報が解除になったが家にいた。父と母は屋根の修理、姉は台所にいた。私は弟と2人で遊んでいた。B29が落下傘を落としたのを見て家に入った。爆発のあと5mほど飛ばされた。父母は大やけど、姉・弟と一緒に稲佐警察署の横の大きな防空壕へ行った。松山の電車の線路が浮き上がっていたのが印象強かった。
(参加者から)被爆者協会を作られた時、すでに亡くなっていた人もいたと思われるが、調べられたか?
(カク)韓国では、被爆者は「ハンセン病」患者と一緒で、山の中にかくれて貧しく暮らし、死んでいった。日韓会談も何回もしているのに被爆者の事は言わない。原子爆弾が落とされ、韓国の独立を早めたと政府の解釈があるためだ。

講演「強制連行と被爆を考える」 講師 高實康稔さん(長崎大学名誉教授)
 特に裁判4件を闘われたことをより詳しく話された。2002年の厚生省公衆衛生局長402号通達の廃止(国籍条項がない)ことが、韓国被爆者に有利になったことを強調された。
(参加者から)福岡も強制連行の人が多い。差別の実態を初めて知った。
    手帳を持っていない人も多い。証人2人がなかなか見つからないなど裁判も課題が多い。
    ドイツでは戦争被害者のことはきちんと政府が責任を持っている。日本はどうなっているか?
(報告=I女性会議・森重子)

長崎大会第7分科会
ヒバクシャ3―被爆二世・三世問題を考える

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最初に長崎県被爆二世の会会長の尾育朗さんが「私たち被爆二世の運動の取り組みと課題」と題して提起を行った。被爆二世協の取り組みは、自身の健康問題解決と、被爆の継承と核兵器の廃絶、戦争絶対反対の闘いとして、福島との連帯を図りながら、国家補償に基づく被爆者援護法の成立をめざしていると話された。
 次に、全国被爆二世団体連絡協議会事務局長の平野克博さんが「被爆二世問題解決のためにどう取り組むか」と題して話をされた。広島市・長崎市在住の被爆二世に対して、放影研が行った調査(2000~2007年、回収率50%)により、「現時点においては、被爆二世の健康問題については、親の被爆との因果関係は認められない」と結論付けられた。この報告を踏まえて、国(厚労省)は依然として、放射線の影響を認めずに、がん健診の法制化には至っていない。今後、被爆者とは異なり、中途半端な状況に置かれている二世問題の解決に向けて、超党派の議員懇談会の結成や新たな署名活動の実施などに加えて、組織強化・拡大なども行いながら取り組みを進めていくことについて報告を受けた。
 続いて、全国被爆二世団体連絡協議会副会長の崎山昇さんが「フクシマとの連帯とどう取り組むか」と題して、報告を行った。
 二世協として、再びヒバクシャをつくらないことを基本に各種の取り組みを行ってきた中で、フクシマで新たなヒバクシャが生まれたことを受けて、フクシマとの連帯を組織として取り組むことを確認した。具体的には、福島への原発事故・被曝実情調査団を派遣して、現状を確認した上で、フクシマと被爆二世の共通課題である①科学的知見の克服(国は放射線起因性がないと援護しないことへの対応)、②次世代の問題、③差別の克服、の解決に向けた取り組みを行っていくこと。対政府交渉に二世協も参加して、福島の問題も含めて、健康手帳の発行と健康と生活の保障を勝ち取る、との報告があった。
 参加者とのやりとりでは、「二世協だけの取り組みでは限界がある。被爆者(被団協)と連携しながら、取り組みの一本化をはかることが重要である」「福島原発事故問題や運動の継承が重要」などについて発言がされた。
 最後に、被爆二世が運動を推進していくことが、福島との連帯にもなり、核兵器の廃絶への実現につながることを全体で確認。今後、国の責任がどこにあるのかを追及し、来年の被爆70周年を契機に、二世三世の課題解決をめざす取り組みを強力に推進してことを確認した。

 (報告=中国ブロック・桝本康仁)

 

長崎大会第8分科会
 見て・聞いて・学ぼう"ナガサキ"─証言と映像による被爆の実相と平和運動交流

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 まず原水禁国民会議が制作したドキュメンタリー「君たちは原爆を見たか」の上映を行いました。
 続いて、被爆者の八木さんからの次の様な証言を受けました。
 原爆投下から69年、いずれ最後の被爆者が亡くなる時が来ます。だからといって、それで終わりではありません。広島、長崎の原爆で亡くなった22万の人達のためにも語り継ぎ、平和のバトンをリレーしていってほしい。
 原爆は落ちてきたのではありません。そこに多くの人々が生活していることが分かっていながら、人の手で投下されたのです。約400メートルの爆風、4000度の熱線は一瞬で多くの命を奪いました。1週間後の8月15日に終戦を決意するなら、なぜあと1週間早く決めてくれなかったのかと思います。
 私は無事でしたが、子どもが出来た時、孫が出来た時に大丈夫か心配しました。知識としてではなく、心で分かってほしい。誰とも分からない遺体を校庭の広場で焼いたことを。二度と戦争はしてはならないのです。
 
 次に西岡由香さん(漫画家)から次の様な講演を受けました。
 ピースボートに乗船した際、世界中の人が広島、長崎を知っていることに衝撃を受け、住んでいる長崎について自分の出来る漫画で発信していこうと考えました。被爆体験の継承が大きなテーマになっています。私の漫画を見た方から、これなら怖くないので子どもに見せられると言われました。原爆の怖さは伝えなくてはならないが、悲惨すぎても拒否をされるというジレンマの中で描いています。
 戦争の最初の犠牲者は「真実」であり、次は「文化」であると思います。戦争に役立たないものは邪魔者扱いです。集団的自衛権とは、武力外交がその正体だと思います。制限付きでも、後方でも関係なく敵になってしまいます。非武装という抑止力もあると思います。9条を守る外交をしてほしい。
 私たちはもう一つの被爆者を作ってしまいました。「原発事故はスローモーションの核戦争である」と広島原爆資料館の方が話していました。いま国内では1基の原発も稼働していません。しかし、電気は来ています。命が原発や経済よりも重要という判決も出ました。意識改革が必要です。自然利用の発電も自家発電から普及し始めています。
 放射能はなぜ危険なのか。細胞の結合エネルギーが10に対して、セシウムは65万、プルトニウムは510万のエネルギーがあります。それでDNAが切れてしまい、正常に戻らないことがあるのです。ですので、これ以下なら安全という数値は無いと思っています。「何もせず、何も言わず、自分たちにとって良い社会を求めることは不可能である」(ネルソン・マンデラ)。

 最後にまとめとして、「戦争は国が行うと言うだけで出来るものではなく、それを支える国民の意識もある。だから、平和教育が大事になっている。被爆者の思いを受け止め、家庭や職場に伝えていこう」と確認しました。
                                                        (報告=政労連・佐藤茂)

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 「戦争を、被爆の実相を忘れず、人類が生き残るために立ち上がろう」 被爆69周年原水爆禁止世界大会は、8月9日、長崎市で閉会総会、非核平和行進を行い、来年の被爆70周年に向けて運動の前進を誓いました。
 長崎県立総合体育館で開かれた閉会総会には2000人が参加、主催者あいさつで川野浩一・大会事務局長は「6日の広島での平和式典で安倍首相は昨年の原稿をそのまま使った。被爆者を冒涜するもので許せない」と怒りを露わにし、さらに「安倍政権は戦争への道をたどろうとしている。黙っていて平和は与えられるものではない。多くの人々の犠牲の上にあるこの平和を守るためにがんばろう」と、奮闘を呼びかけました。
 九州各県で続けられてきた原水禁・非核平和行進のタスキが長崎から沖縄に引き継がれた後、沖縄・辺野古への新基地建設問題の訴えに立った沖縄平和運動センターの岸本喬事務局次長は「96年に普天間基地の代替施設として辺野古が決められてから18年間、クイ一つ打たせてこなかった。しかし、7月1日から実質的な工事が強行され、我々の抗議行動に対し自衛隊の導入も計画されている。国家権力が襲いかかっている」として、全国からの支援を求めました。
 また、鹿児島の川内原発再稼働反対の訴えを鹿児島原水禁事務局長の野呂正和さんが行い「7月16日に川内原発の再稼働に向けた審査書が出された。しかし、これは避難計画もずさんなものだ。いま募集されているパブリック・コメントに多くの反対の声を出してほしい。9月議会が大きな山場になる。鹿児島で9月28日に大規模集会を開く。全国からも県議会議員などにハガキなどを出して、反対してほしい」と呼びかけました。
 長崎の高校生から始まった「高校生平和大使」と「高校生1万人署名運動」の実行委員約100人も登壇し、17日から国連欧州本部へ出かけ、全国の署名を届けてしっかりアピールをしてくると決意が語られました。
 海外ゲストを代表し、アメリカのピースアクションのポール・マーチンさんは「この大会は本当に多くの人達が集まり、被爆者が直接訴える貴重な場だ。高校生や海外ゲストも参加するすばらしい大会になった。私たちもこの力を受け、アメリカの議会などを動かし、核無き世界を作っていきたい」と語りました。
 大会のまとめを藤本泰成・大会事務局長が行い、福島原発事故や沖縄基地建設強行など、安倍政権の暴圧に抗し、「来年の被爆と敗戦から70年、原水禁国民会議結成50年の節目の年に向け、運動の原点を見つめ直し、この1年の運動を積み上げよう」と呼びかけました。大会のまとめはこちら

 最後に「川内原発の再稼働に反対し、脱原発社会をめざす決議」と「被爆69周年原水爆禁止世界大会・大会宣言」を全員で確認して、閉会しました。
 その後、爆心地公園まで非核平和行進が行われ、参加者は、核兵器の廃絶、原発再稼働を許さないとアピールしました。爆心地公園では、献花を行った後、原爆投下の11時2分に黙とうを行い、7月27日の福島大会から始まり、広島大会、長崎大会とつないできた今年の原水禁世界大会の全日程を終えました。

川内原発再稼働に反対する決議はこちら

大会宣言はこちら

  大会への参加、そして積極的な議論をありがとうございました。二つの視点からまとめ、報告させていただきたいと考えます。

 「核と人類は共存できない」私たちは、全国組織としては唯一「核の商業利用」原子力発電所に反対してとりくみを進めてきました。福島原発事故の現実と不幸にも遭遇した私たちは、脱原発へのとりくみを進めてきたからこそ、そのことを止めることのできなかった自らを、忸怩たる思いで見つめてきました。そして、深い絶望感さえ感じつつ、しかし、ここを出発点に二度と繰り返すことのないよう「さようなら原発1000万人アクション」の運動をスタートさせました。その運動は、多くの市民の賛同を得て17万人を集める集会、840万を超える署名を集めています。市民社会の求める方向は「脱原発」であることは明確です。
 
 長崎大会の第2分科会では、原子力資料情報室の澤井正子さんから現在の福島第一原発の現状報告がありました。澤井さんが示した、環境中にどのように放射性物質が放出されたかというシュミレーションを見ると、その7割以上が偏西風に乗って太平洋上に飛散したことが分かります。これが、日本列島の西側、つまり福井県の大飯や高浜原発であったり、島根、玄海、川内などの原発であれば、もっと大量の放射性物質が列島を覆っていたに違いありません。
 現在、福島第一原発では、単に再臨界しないように冷却を続けるだけで、溶融した燃料さえどのようになっているか分かっていません。建屋周辺は、現在も0.85mSv/h、居住制限区域に指定される年間被曝量の20mSvを1日で超えるものです。建屋内は高いところでは4780mSv/h、1時間で半数が死亡すると言われる4Svの被曝量になります。
 現在も放射性物質は放出され続けています。また、冷却に使用した汚染水は、どんどん増加しタンクを作る場所も残り少なくなっています。流れ込む地下水の処理のめども立っていません。帰還のための除染作業で出る廃棄物は、大きな袋に包まれたままで、一時保管場所に野積み状態です。 楢葉 富岡 大熊 双葉 浪江 これらの自治体は、いわき市や郡山市、二本松市、会津若松市などに間借りをしています。町役場自体が避難をし、コミュニティーが破壊されてしまっています。
 
 「美味しんぼ」という漫画の、放射能によって鼻血が出て止まらないという表現に、政府や自治体からクレームがつきましたが、澤井さんは、自分も 子どもの鼻血が出て止まらないと言う相談を受けた 原因は分からない、だから調べるのが当たり前ではないか、それをやらないのは、フクシマの被災者の切り捨てなのだと、国が支援していこうという思いがないから、やらないのだと、怒りをあらわに述べました。
 被爆者の健康被害に対して、「放射能との因果関係」という言葉をよく聞きます。「因果関係が証明できないから、原因ではない」というのは実におかしい、「因果関係がない、と証明できないのなら、原因である可能性は否定できない」のです。つまり、事故を起こした責任ある方が、因果関係がないことを明らかに納得できるように証明し説明すべきではないでしょうか。
 放射能に起因する可能性が1%でもあるのならば、補償すべきであり、調査すべきなのです。それは、子どもたちの甲状腺癌の問題についても同様であるべきと考えなければなりません。
 
 東京新聞に掲載された、「さようなら原発」の呼びかけ人、坂本龍一さんの言葉です。「津浪が押し寄せた海岸に立って、自然の力を思い知ると同時に、波や風、太陽といった自然の力を活用しない手はない、とも考えました。人間は、原発という大変なものをつくり、使ってしまいました。原発を推進してきた人、推進しようとしている人に、被災地の現実を見てもらいたいと思います」。
 原水禁の顧問で、明治大学名誉教授の藤井石根さんは、脱原発を決めてるドイツより、緯度の低い日本の方が、海洋国日本の方が、明らかに自然エネルギーのポテンシャルは高い。「脱原発」には自然エネルギーへの転換が必要で、農業と発電を同じ場所で展開するソーラーシャーリングなどを紹介しながら、複合的に、そして地域を結んで、自然エネル
ギーを展開すれば、安定的供給が可能になると、エネルギーの将来を語りました。これらの方向性を示すのが政治家なのだ、原発は経済的に成り立たない、安倍首相に責任をとる覚悟ができているのかと厳しく問いました。
  
 今年の原水禁大会開催の1ヵ月前の、7月1日、安倍首相は、集団的自衛権行使容認の閣議決定を強行しました。69年間、一度も引き金を引くことなく平和国家の信頼を重ねてきた日本が、とうとう、戦争への道に踏み出そうとしているのです。米国最大の平和団体「ピースアクション」から参加していただいた、ポール・マーチンさんは、財政問題を抱える米国は、防衛費の削減が喫緊の課題であり、核兵器へのコストなど保守派からも懸念が表明されていると報告され、オバマ大統領の核廃絶などへの姿勢は正しい、スピードアップは可能だが、どこまで彼の時代にできるかが問題と発言しました。
 また、平和憲法制定に協力したのは米国だが、東西冷戦時代から日本へ軍事的支援を要請し続けてきた。イラク戦争やアフガン戦争の際にも支援を要請した、米国政府は9条の解釈変更を歓迎していると指摘し、日本の軍事的関与は、米国内の軍事面への圧力の緩和と安全保障への財政削減にも繋がっているとしました。
 イラク戦争やアフガン戦争に参加をすることはないとする安倍首相の発言のには信憑性がありません。軍事評論家の前田哲男さんが指摘したように、新ガイドラインにおいては、装備なども含め、より米軍との一体性が強調されて行くに違いありません。
 
 沖縄平和運動センターの岸本さんからは、辺野古新基地建設の緊迫した状況が報告されています。何が何でもの姿勢が見えてきます。誰が反対しようが、沖縄県民が何を言おうが、耳を貸さない強硬姿は民主国家の政府とは呼べないものです。
 岸本さんが「辺野古殺人鉄板」と指摘したキャンプシュワブのゲート前に敷かれた鉄板は、琉球新報が以下のように表現しています。「国策に抵抗する者は負傷しても、死んでも構わないというのか。県民の生命を差し置いても普天間飛行場の辺野古移設を強行しようとする政府の手法に怒りを覚える。沖縄防衛局がキャンプ・シュワブのゲート前に三角形の突起が並んだ鉄板を設置した。」
 集団的自衛権行使で、自衛官の戦闘に参加するリスクは特段に高まったが、安倍首相は、一度も自衛官の死に言及したことはありません。戦争はテレビゲームではありません。誰かが命を失う可能性があります。国のためなら自衛官一人の命など、ものの数ではない。だから、反対運動に参加する市民の前にも「殺人鉄板」を敷くことができる。これが、今の日本政府の姿勢なのです。 
 
 原水禁大会の福島大会の提起で、「私の個人主義」という夏目漱石の講演の一部を紹介させていただきました。1914年、ちょうど100年前の話です。学習院で講演した漱石は「国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令は(つまり挨拶ですが)いくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、ごまかしをやる、ペテンにかける、めちゃくちゃなものであります」と話しています。
 私たちは、安倍晋三の詐欺やごまかしを許してはなりません。私たちが持つ道義心、それは「平和」であり、「脱原発」です。私たちが、安倍首相よりずっと高い位置での道徳を持っていることは明らかです。
 一人ひとりの命が大切です。国民の生命や財産を守るために、国のエネルギーを確保するために、誰かが犠牲になってはならないのです。国が個人の犠牲の上に成立してはならない、一人ひとりのそれぞれの命には、何が大切かは明らかです。
 
 8月6日の朝日新聞は、「日本人は未来永劫に 核にアレルギーを持って」「命守るために『さよなら原発』」と題し、女優の吉永小百合さんのインタビューを掲載しました。吉永さんは「原子力の発電というのは、特に日本ではやめなくてはいけない。これだけ地震の多い国で、まったく安全ではない造り方、管理の仕方をしているわけですから。どうやって廃炉にしていくかを考えないと」と発言しています。
 人間としての良心の、当たり前の言葉ではないでしょうか。当たり前のことを当たり前に言う、当たり前のことを当たり前に行う。私たちは、当たり前の原水禁運動に、胸を張ってがんばっていきたいと思います。
 来年は、NPT再検討会議の年、そして、被爆70年、原水禁運動50年の節目の年です。この一年、全力でとりくみ、多くの成果を持って、また、会いましょう。
 

被爆69周年原水爆禁止世界大会・大会宣言

被爆69周年原水爆禁止世界大会・大会宣言

  1945年8月、広島と長崎で炸裂した2発の原子爆弾は、筆舌に尽くしがたい惨劇を生みました。生き残った被爆者も、放射能被害に苦しみ続けています。被爆者は、三度原爆を使わせないとの決意のもと、被爆の実相を伝え、世界の恒久平和を訴えてきました。しかし、その思いを裏切るように、繰り返された核実験、核開発、原子力発電所事故と、核の被害は拡がっていきました。今年は、ビキニ被災から60年、来年は敗戦から70年、原水爆禁止日本国民会議結成50年の節目の年となります。あらためて運動の原点を見つめ直し、国の責任を明確にすることが求められます。
 2011年3月11日の東日本大震災による福島第一原発事故は、新たな被害の歴史を積み上げることとなりました。3年半が過ぎようとしていますが、13万もの人々が故郷を奪われ、多くの住民、労働者が被曝し、放射能との闘いを強いられ、人権が侵害されています。事故原因も責任の所在も明らかにされていません。そのような中での、川内原発の再稼働は決して許せません。国は、国策で原発政策を推進し事故を招いた責任を明確にし、フクシマ事故被害者の健康・命・生活を守る具体的施策を実施し、フクシマの再生に向けて全力をあげるべきです。福島県民の怒りと「脱原発」の思いに連帯して、私たちは、「フクシマを核時代の終わり」にするよう全力を尽くさなくてはなりません。
 平和をめぐる日本社会の情勢は、きわめて厳しいものがあります。国会では、数の力を背景に安倍政権の横暴が続いています。原発推進に回帰する「エネルギー基本計画」の閣議決定、生命の脅威をまき散らす「原発輸出」、憲法の平和主義を破壊する「集団的自衛権」の行使容認、沖縄の辺野古への新基地建設の強行など、市民社会の想いを一顧だにせず「戦争ができる国」にむけた暴走は、決して許すことはできません。平和を守り育てる原水禁運動は、真っ向から対立する安倍政権に立ち向かわなければなりません。
 世界には、いまだ1万6千発を超す核兵器が存在し、核抑止力への幻想が横行しています。昨年の「核兵器の非人道性と不使用を訴える共同声明」には、日本も含む12カ国が賛成しました。核兵器の使用を禁止しようとする国際的主張は、大きく高まりつつあります。来年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議に向けて、核廃絶の具体的一歩に踏み出すことが求められます。核兵器保有国が、先制不使用と消極的安全保障を宣言し、「核兵器使用禁止」の合意形成へ向けて、国際的対話に踏み出すことを、私たちは強く求めます。
 日本が唯一の「戦争被爆国」として核廃絶の先頭に立とうとするなら、日本のプルトニウム利用政策が核拡散の今日的課題であることに留意する必要があります。核燃料サイクル計画により生み出される大量のプルトニウムは、アジア周辺諸国に脅威を与え、私たちがめざす東北アジア非核地帯構想の大きな障害となっています。核兵器廃絶と脱原発の視点から、運動の強化が求められています。
 高齢化する被爆者や被爆2世・3世の課題の解決も急務です。被爆体験者や在外被爆者の課題の解消など被爆者の権利保障は、フクシマでの権利確立にもつながります。戦後70年近くもの長きにわたって、不十分な措置に憤り闘い続けてきた被爆者の想いは、真の平和を求めるとりくみであったのです。
 戦後70年、目の前に「戦争をする国」という亡霊が立ちはだかります。戦争を、被爆の実相を忘れてはならないのです。私たちは、そこから立ち上がります。人類が生き残るために立ち上がります。「核と戦争のない平和な21世紀を」求めて。
 ノーモア! ヒロシマ、 ノーモア! ナガサキ、 ノーモア! フクシマ、 ノーモア! ヒバクシャ、 ノーモア! ウォー

2014年8月9日
被爆69周年原水爆禁止世界大会
 

川内原発の再稼働に反対し、脱原発社会をめざす決議

 2011年3月11日の福島第一原子力発電所事故から3年余り経ったにもかかわらず、事故原因すら解明されないまま、労働者被曝の増大や累積する汚染水の処理など困難な問題が山積し、事故の収束の見通しは立っていません。今なお13万人を超える住民が避難生活を強いられています。放射能の影響や避難生活のストレスなどから、子どもたちをはじめ多くの住民の健康被害も懸念されます。
 安倍政権は、民主党政権が国民的意見を踏まえて決めた「2030年代の原発稼働ゼロ」をめざす政策を覆し、原発を重要なベースロード電源と位置づけ、原発推進を鮮明にした「エネルギー基本計画」を今年4月に閣議決定しました。
 安倍政権が原発回帰を明確にする中、福井地裁は今年5月、「極めて多数の人の生存権と電気代の高低の当否を判断すること自体許されない」、「豊かな国土に国民が暮らしていることを取り戻せなくなることが国富の喪失だ」としました。憲法が規定する個人の生命、身体、精神および生活に関する利益(人格権)に言及し、「大きな自然災害や戦争をのぞくと、人格権を広汎に奪う事態が想定されるのは原発事故以外に想定できない」と断じ、関西電力に大飯原発3、4号機の運転差止めを命じる判決を下しました。
 しかし、九州電力川内原発は、原子力規制委員会の優先審査方針を受け、7月16日に新規制基準に適合するとする審査書案が発表されました。田中俊一原子力規制委員長は、新しい規制基準の適合審査は「安全性を保証するものではない」と発言していますが、菅官房長官は「原発の安全性は、規制委員会の判断にゆだねている。個々の再稼働は事業者の判断で決めること」として、国の責任を回避しながら、全国の原発のトップを切って再稼働させようとしています。
 伊藤祐一郎鹿児島県知事は、病院や福祉施設にいる要援護者の避難計画は川内原発から10キロ圏内で十分で、30キロ圏内までは現実的でないと発言しました。30キロ圏内の施設などでの策定を求めた国の指針や県の計画を無視し、高齢者や障がい者、乳幼児なども含めた多くの要援護者を切り捨てようとしています。いかなる対策をも超えて発生する可能性のある苛酷事故に際して、実効性のある避難計画の策定は不可能です。また川内原発に係る断層評価や大規模火砕流のリスクは軽視されたままです。
 原発が人の健康や生命を必ずや害すること、即ち「核と人類は共存できない」ことは明らかです。私たちは、川内原発再稼働の動きに反対して全力でとりくみます。あわせて全原発の廃炉と再処理からの撤退、核廃棄物の安全な処理の促進、再生可能エネルギー政策への転換を要求する諸行動をもって、脱原発社会実現へ向けたとりくみをより一層強めることを決議します。

2014年8月9日
被爆69周年原水爆禁止世界大会

被爆69周年原水禁世界大会・長崎大会の第2日の分科会などの内容、9日の閉会総会、非核平和行進などの内容をビデオにまとめました。(9分50秒)

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 被爆69周年原水禁世界大会・長崎大会は8月8日に分科会やひろば、フィールドワークなどで、脱原子力、核軍縮、ヒバクシャの課題を討議・学習しました。
 原発問題では、政府のエネルギー基本計画の問題点の指摘や、脱原発社会に向けたエネルギー政策あり方の提起などがありました。また、福島の現地報告や各地の原発再稼働をめぐる現状が報告されました。さらに、韓国やドイツのゲストからも各国の原発政策の動向が話されました(写真上左)。
 平和と核軍縮の課題では、核燃料サイクルにより、溜り続けるプルトニウムが核拡散につながる危険性や、東北アジアの非核地帯化の運動と集団的自衛権行使容認、沖縄などの軍事基地問題とむすんだ取り組みの重要性が議論されました。アメリカや韓国からも活動家が参加し、国際的な連帯運動の重要性が強調されました(写真上右)。
 さまざまな場でのヒバク問題を考える分科会では、戦時中の朝鮮半島等からの強制連行により被爆した在外被爆者の課題や、被爆二世、三世の問題、福島原発事故の被災者や被曝労働者など、核被害が広がっている現状を学びました。

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 若い世代へつなぐ運動継承が重要になる中、長崎での被曝の実相を学ぶ入門分科会のほか、「子ども平和のひろば」(写真下右)では、被爆体験の話や原爆資料館見学などで子どもたちに核の恐ろしさを理解してもらう企画や、高校生などの実行委員会で企画した「ピース・ブリッジ」では、東日本大震災の被災地の報告や各地の若者から活動が紹介されました(写真下左)。
 このほか、被爆者との交流、被爆遺構や佐世保基地をめぐるフィールドワーク、映画の上映会など多彩な催しが行われました。原水禁世界大会は8月9日に閉会総会、非核平和行進を行い終了します。 
 

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 被爆69周年原水爆禁止世界大会は、広島大会を引き継ぎ、8月7日から長崎大会が始まりました。長崎ブリックホールで開かれた開会総会には1800人が参加、核廃絶や脱原発とともに、被爆者が高齢化する中で、運動の継承が重要との声が上がりました。
 オープニングは核廃絶を願って、長崎県内390キロをめぐった「反核平和の火リレー」の皆さん。子どもたちを含めて多くの人達による取り組みが紹介されました。
 黙とうに続いて、川原重信・長崎実行委員長(長崎県原水禁会長)が「国民の声を無視して原発再稼働や集団的自衛権行使を進める安倍政権と対決しよう」と開会あいさつを述べました。主催者あいさつは、長崎原爆の被爆者でもある川野浩一・大会実行委員長(原水禁議長)が行い、自らの被爆の経験を語った上で、「『核と人類は共存できない』という言葉は、闘いの中で確立してきた。福井県大飯原発差し止め訴訟判決や、先の滋賀県知事選挙でも原発に反対する声は拡がっている。しかし、安倍政権は原発を再稼働させ、再び戦争への道を歩もうとしている。これらに全力で反対しよう」と呼びかけました。
 海外ゲストを代表して、ドイツ連邦議会議員であり、緑の党のステフィ・レムケさんは「広島、長崎は核のない世界をめざして闘う必要性を教えてくれる場だ。ドイツは原発をなくすことを決めて進めている。今後も共通の闘いを進めていこう」と、原水禁大会の意義を強調しました。
 大会基調の提案を、藤本泰成・大会事務局長が行い、「来年は被爆から70周年、原水禁が結成されたから50周年、そして核不拡散条約(NPT)再検討会議も開かれる年だ。それに向けて運動をさらに強化しよう」と訴え、鹿児島の川内原発などの再稼働の阻止や、ヒバクシャの権利獲得に向けた課題などを訴えました。
 続いて、福島からの訴えを、福島県平和フォーラムの半澤周二副代表が行い「今でも13万人が避難生活を続けている福島県民は、原発再稼働を許さない。健康被害に対する国の補償を求める運動を広げて行く」と強調しました。
 長崎からのメッセージでは、田上富久・長崎市長は「被爆者の高齢化が進んでいる。今のうちに語り継ぐ事が大切だ。また、核兵器の非人道性を国際社会に訴える市民の活動が重要だ」と、大会への期待を語りました。
 安倍内閣の集団的自衛権行使容認に反対する「戦争への道を許さない!ながさき1001人委員会」の呼びかけ人の舟越耿一さんは「長崎では全国に先駆けて組織を作った。沖縄の辺野古新基地建設や奄美・宮古などへの自衛隊配備、佐賀へのオスプレイ配備など、九州が特に焦点になっている。戦争をさせないためにがんばろう」と呼びかけました。
 被爆者の訴えでは、爆心地から10.2キロの地点で被爆したにも関わらず、長崎市でなかったことから被爆者援護の対象から外されてきた「被爆体験者会」の山内武さんが「長年、差別を訴えてきたが、2002年に支援事業が始まったものの、すぐに改悪された。いま裁判を起こしている」と支援を訴えました。
 さらに、長崎の高校生の運動から始まった「高校生平和大使」と「高校生1万人署名活動実行委員会」の代表60人余りが登壇し、8月17日からの国連欧州本部訪問などの抱負を語り、また、運動の継承への決意も表明されました。
 最後に「原爆を許すまじ」を全員で合唱し、開会総会を終えました。長崎大会は8日に分科会などが開かれ、9日に大会全体の閉会総会で大会宣言が採択されます。

 全国各地から、また長崎県内から多くの皆さんに、お集まりいただきました。心から感謝を申しあげます。

 戦後、そしてあの原爆投下の日から、69年を数えました。来年は、70年、原水爆禁止日本国民会議の結成から50年の節目を迎えます。昨日閉会しました広島大会で、私たちは「集団的自衛権行使容認反対の特別決議」をあげました。まさしく戦争が、私たちの目の前に、亡霊のように立ちはだかろうとしているからです。
 
 被爆地ナガサキで、自らも被曝をし、白血病と闘いながら、医師として多くの人々を救い、多くの作品を残した、永井隆博士が、自らの子どもたちに残した「いとし子よ」(1949年10月」と言う文章があります。
「私たち日本国民は憲法において戦争をしないことに決めた。…わが子よ!憲法で決めるだけなら、どんなことでも決められる。憲法はその条文どおり実行しなければならぬから、日本人としてなかなか難しいところがあるのだ。どんなに難しくても、これは善い憲法だから、実行せねばならぬ。自分が実行するだけでなく、これを破ろうとする力を防がねばならぬ。これこそ、戦争の惨禍に目 覚めたほんとうの日本人の声なのだよ。」
 
 昨日広島で、高校生平和大使への「ユース平和特使」の委嘱式が行われました。岸田外務大臣から、高校生平和大使の皆さんに、「非核への思いを伝えてきてほしい、被曝の実相を語り継いでほしい」との要請がありました。おそらく普通の良心を持って平和に異議を唱えるものはいないはずです。しかし、永井博士が言うように、人間は愚かにも戦争の実相を忘れ、再びその道へ踏み出そうとします。「忘れるから戦争になる」東京大空襲を記録してきた作家の早乙女勝元さんはそう言いました。戦争の、被曝の実相を伝え、風化させないことが、強く求められています。
 
  2011年3月11日の東日本大震災、福島原発事故から4年目の夏を迎えます。しかし、いまだ仮設住宅での生活を余儀なくされ、特に放射性物質で汚染された福島県では、故郷に帰ることがかなわず、避難生活者は13万人を数え、震災関連死が直接死を上回るなど、極めてきびしい生活を強いられています。
 原発事故を起こした福島第一原発は、溶融した核燃料の状況さえもつかむことはできず、単に冷やし続けることしかできずにいます。高い放射線量は、建屋内外での作業を拒んでいます。がれきの撤去作業において、放射性物質が飛散し、再び農作物から高レベルの放射性物質が検出されるなど事態は深刻です。
 地下水の流入による汚染水問題も抜本的対策には至っていません。多核種除去装置ALPSも故障続きで能力を発揮するに至らず、急ごしらえのタンクも5年の使用期限をむかえつつあります。流入する地下水を止めようとする凍土壁も計算通りには行かず、完全なものとなっていません。くみ上げる地下水から放射性物質が検出されているにもかかわらず、すべての井戸水を足すと濃度は基準以下として、海洋への放出を続けています。
 つまり、福島原発事故の収束作業は、溶融した燃料の冷却と増え続ける汚染水対策という現状への対応に終始し、放射性物質を取り除くめどが立たないというのが実情なのです。
 
 明治の三陸沖地震の後、37年後に昭和三陸沖地震が起き巨大な津波が再来しました。これは、プレート境界型の地震、つまり明治三陸沖地震の後に起きた、アウターライズ型地震、最大余震だったわけです。最大余震は、いつ来るのか、来ないのか、誰も今のところ予知することはできません。多くの危険と隣り合う、福島第一原発であると言うことが言えます。
 そもそも、事故への対応技術を確立することなく、運転によって当然出るであろう使用済み核燃料とそれに伴う高レベルの放射性廃棄物をどうしたらいいか、という問題も解決しないで、原子力発電技術は無責任に使われ続けてきたのです。火は水で消せるが、放射能は消せない、放射能を消すことの技術を確立せずに原子力発電技術を使用してはならないのです。
 収束作業に従事する労働者の被曝の実態はどうでしょう。第一原発で働く労働者は、3万5千人を超えています。その多くが、下請け、孫請けの労働者であり、劣悪な労働条件の中で働かざる得ないことが、これまでも多く報告されています。労働環境の整備や健康管理、厳密な放射線管理が求められます。
 同様に、福島県民もその多くが放射線管理区域で生活しているような状況にあり、放射線と向き合う生活が強いられています。事故発生時に18歳未満であった者の甲状腺被曝調査では、癌または癌の疑いとされる者が90人に達し、その51人が既に手術を受けています。事故直後から必要な防護策をとるべきであったにもかかわらず、その責任を果たさず、甲状腺癌と原発事故には因果関係がないとする国の姿勢は、到底納得できるものではありません。今後、経過観察を必要とする者も多く、子どもたちが18歳を超えていく状況にに対して、今後も医療保障と健康管理への支援を継続すべきであると考えます。
 国策として、日本の過疎地域に、多額の交付金などをばらまきながら、作り上げてきた原発の、事故の責任を国がとらずして誰がとるのか、原発運転を担う東電に責任があることは当然ですが、しかし、そのことで国の責任が免れるわけではありません。「国策による原発推進が招いた重大事故による被害」国はそのことを認めて、フクシマへの補償と復興支援に、真摯に対応すべきです。
 
 国は、フクシマの原状回復がままならない中で、鹿児島県の九州電力川内原発の再稼働を進めています。福島第一原発の事故以降、原発の新しい規制基準はより厳しくなりました。しかし、そのことが安倍首相の言うような、世界一安全と言うことではありません。田中俊一規制委員会委員長が言うように「規制基準への適合は審査したが、私は安全とは言わない」と言うのが本音であると思います。
 原子力規制委員会は、これまで安全審査であると言明していません。そのような中で、原発から30kmのUPZ圏内の自治体に義務づけられた「避難計画」を、経済産業省は再稼働の条件ではないとしています。福島原発事故でそうであったように、入院患者が、要支援者が、病院で避難を待つ間に被曝する、または命を失う可能性を否定しないのが、川内原発の再稼働なのです。
 安倍政権は新たな「エネルギー基本計画」において、原発を重要なベースロード電源として、国民的議論に基づいて「2030年代原発ゼロ」とした民主党政権の政策を、すべて転換する暴挙に出ました。
 世界最大の核関連会社GEのジョンイメルトCEOは、「今、本当にガスと風力の時代になってきている」「原子力を正当化するのは非常に難しい」「だから、ガスと風力か太陽光、そういうコンビネーションに世界の大部分の国が向かっていると思う」と発言しています。
 世界は、変わりつつあります。未曾有の原発事故を起こした日本の、しかし、なお原発に拘泥する様は、世界にどのように映っているのでしょう。私は、将来を誤るものだと考えます。
 
 政府が、脱原発の方針を明確にしない中で、電力各社は、原発の安全対策や既存原発の維持に4兆円近くの資金を投入しています。事故対策や原発の廃炉費用、使用済み核燃料の最終処分などを考えると、原発の発電コストは極めて高額になります。
 ある調査によれば、再生可能エネルギーを、全国1741市区町村のうち、74%で稼働中の再生可能エネルギー施設が在り、それによる地域振興に期待を持っているとされています。しかし、一方で電力会社に送電線への接続を断られるような事態も発生しています。改正電気事業法が成立しましたが、インフラの整備への資本投下と発送電分離などさらなる政策が重要となっています。
 来年は、戦後70年と冒頭でお話ししました。この間、世界各地で紛争が起き、多くの人々が傷ついてきました。今この瞬間も、シリアや南スーダン、ウクライナ、ガザで、罪なき人々の命が失われています。
 ナガサキ・ヒロシマに未曾有の被害を及ぼした原子爆弾は、ストックホルム国際平和研究所によると、昨年度より930発減って1万6300発とされています。しかし、同研究所は「削減数が、核兵器を断念しようとする真剣なとりくみを示唆するものではない」としています。
 日本政府は、ニュージーランドを提案国に125カ国が参加した「核兵器の非人道性と不使用を訴える共同声明」に参加しました。大きな一歩と評価できる一方で、米国の核傘の下にあるとする政策を放棄しようとしていません。また、プルトニウム利用政策に固執し、そのことが韓国の再処理の要求ともつながり、東北アジアの非核地帯構想の障害ともなりつつあります。「唯一の戦争被爆国」と言うならば、私たちがすべきことは明白です。
 
 このような中で、安倍首相は、7月1日、これまで憲法に反するとしてきた「集団的自衛権」行使容認の閣議決定を行いました。「積極的平和主義」との文言を弄して、戦争をする国をめざすものです。
 昨日、広島市で行われた「被爆者代表から要望を聞く会」では、「『過ちは繰り返しません』という広島の誓いを破る、閣議決定の撤回を」とのヒバクシャからの訴えがありましたが、安倍首相は「国民の命と平和な暮らしを守るためだ」としてその訴えを一蹴しました。
 しかし、戦争は常に自らを守るために起こされ、そして最後はナガサキ・ヒロシマがそうであったように、守られるべき市民が大量に犠牲となって終わるのです。国民の平和な暮らしを守るために積極的に戦争をする必要がどこにあるのでしょうか。ヒバクシャの思いと政治とが、これほどまでに乖離していく責任は、安倍首相にあることは明らかです。          
                                           
 冒頭の永井博士は、自らの「いとしご」にむけて、こう続けています。「もしも日本が再武装するような事態になったら、そのときこそ…誠一(まこと)よ、カヤノよ、たとい最後の二人となっても、どんな罵りや暴力を受けても、きっぱりと『戦争絶対反対』を叫び続け、叫び通しておくれ!たとい卑怯者とさげすまされ、裏切り者とたたかれても『戦争絶対反対』の叫びを守っておくれ!」
 ナガサキの惨劇の中から、生まれ来た魂の叫びです。永井隆の、私たちへ残した痛恨の思いからの言葉なのだと思います。私たちには、この言葉をしっかりと受け止め、行動していく責任があります。
 広島に続く、長崎での議論が実りある積極的議論をお願いし、基調提起といたします。

8月7日に長崎市で開かれた「被爆69周年原水爆禁止世界大会・長崎大会」の第1日目の開会総会の内容をビデオにまとめました。(9分40秒)

 事務局長の藤本です。昨日までの積極的な議論に敬意を表します。若干の時間をいただいて、議論のまとめを行いたいと思いますが、議論のほんの一部に触れることしかできないことをお許しください。

 7月15日に厚生労働省が公表した「2012年の子どもの貧困率」は、16.3%で過去最悪を更新しました。7月30日付の読売新聞の記事には、水道を止められ、電気も止められた部屋で、ひとり母親の帰りを待つ少女の話が掲載されました。水道を止められた部屋で、帰宅した母と空のペットボトルを抱えて公園で水をくみ、家に帰っておにぎり1個をほおばった。この日初めての食事。アジアの奇跡と言われる経済成長を遂げた日本の現実です。

  東日本大震災および福島原発事故の結果に対する救援対応の複雑さに留意しつつ、委員会は、避難の際にならびに再建および復興の取り組みにおいて、不利な立場および脆弱な立場に置かれた集団(つまり、高齢者、障害のある人、女性および子ども等)の特有のニーズが十分に満たされていないことを懸念する。

 これは、昨年5月に出された国連社会権規約委員会の日本への総括所見の文言です。昨日の提起の中でも述べましたが、一人ひとりの犠牲に立って、復興が図られていく、社会的弱者の切り捨ての中で、復興が行われていく社会であってはならないのです。私が、原水禁大会のまとめにあったって、貧困の話をさせていただいたのは、日本の政治が、決して個人の命を問題にしない、そういうふうにして戦後社会を貫いてきたと思うからです。
 原水禁は、福島原発事故以降「一人ひとりの命に寄り添う政治と社会」の実現を、求めてきましたが、国連が指摘するとおり、弱者の犠牲がまかり通っています。

 ヒロシマ・ナガサキのヒバクシャは、戦後、差別と貧困の中で、また親族をすべて亡くした孤独の中で、生きてきました。開会集会で話された池田精子さんは「絶望の中で、生きる勇気の道を選ばせていただいた」「道端や川岸で、断末魔の声を上げ助けを求めていた人の苦しみを思えば」と話されました。ヒバクシャの思いに、政治が本当に寄り添ったことがあったでしょうか。
 奇跡の経済復興を遂げたと賞賛される日本社会は、しかし決して豊かな社会ではなく、社会的弱者に対して厳しい表情を常に見せているのです。

 第6分会の発言者、医師の振津さんは、放射線影響研究所が、過去8万人のヒバクシャの何十年にも渡る調査の中で、「放射線障害には閾値がない」との結論を出した。放射線はその多少に関わらず、健康リスクがあることが明らかになっていると指摘し、「政府は、フクシマを風化させようとしている」今、フクシマとヒロシマ・ナガサキを結んで、国策で原子力を推進し重大事故を引き起こした責任、避けられた被曝を避ける努力をせずに被曝させた責任を、その後も放置している責任を、明確に、国に謝罪させ、補償せさるための運動が必要だとしました。
 「国の責任で健康と命を守ることを求める運動を!」これはフクシマだけの問題ではなくて全国の課題です。なぜなら、フクシマにどう向き合うかで、日本社会のあり方が問われるからです。

 第一分科会で、福島県いわき市から来た、自治体職員の斎藤英毅さんから、住民非難と役場機能の実態が報告されました。それまでの避難計画や避難訓練が、何の役にも立たなかったこと、地震でライフラインが切断された中で、何の情報もなく、孤立した中での手探りの避難であったこと、避難の中で、高齢者や要介護者、入院患者の方々が命を失ったこと、仮設住宅と借り上げアパート、バラバラになっていく住民の掌握が困難で、コミュニティーが崩壊していったこと。あらゆる問題が重層的に積み上がったことが報告されました。
 自治体職員も避難生活を余儀なくされ被災者であった事実があり、対応する職員がメンタルで、過労で、健康を害していく状況が報告されました。正規職員の2倍の臨時職員の居る町もあり、復興はまだまだ終わらないと指摘しました。

 同じく第一分科会で、川内原発の再稼働をめぐって、今、このまとめ集会でも発言されました菖谷さんから報告がありました。
今、UPZ圏内の自治体には、避難計画の策定が義務づけられていますが、その内容はあまりにも不完全であり、地域住民の再稼働への不安は、大きくなりつつあると報告されました。また、伊藤祐一郎鹿児島県知事の「原発から半径10km以遠の、要介護・支援者の避難計画は、現実的ではない、策定できるが実効性に欠ける」との発言に、住民が強く反発していることや3万年前に噴火し川内原発へも火砕流が到達していることに、何の対策もないとも報告されました。
 県知事の発言に対する反発は当然です。しかし、裏を返せば、フクシマでもそうであったように、何万、何十万という地域住民を、速やかに避難させることがどれだけ困難かと言うことではないでしょうか。地域住民の命など範疇にない政府は、再稼働のためには「避難計画」など障害としか考えていないのです。実効性ある避難計画の策定を前提にすると、原発の再稼働はあり得ないのです。
 福島第一原発で、これだけ重大な事故を起こし、未だ避難生活を余儀なくされている方々がいるにもかかわらず、原発の再稼働をすすめる政府の姿勢は、許されません。自民党政権が、戦後一貫して私たちの側にいなかったこと、ヒロシマ・ナガサキが、そして今、フクシマが明らかにしています。

 第3分科会、そして国際会議において「日本のプルトニウム政策は、核兵器課題である」と言う視点から、東北アジア非核地帯構想どう取り組むべきか、何をすべきかという議論を展開しました。核情報主催の田窪政文さんから、六ヶ所の再処理問題は、これまで原発問題との視点でとりくまれてきたが、核問題との視点が重要との指摘があり、長崎大学核兵器廃絶研究センター教授の鈴木達二郎さんも、東北アジアの非核地帯構想の議論にプルトニウム課題を入れるべきとしました。韓国からのゲスト、イ・ヨンヒさんからは、日本が認められている再処理を韓国が認められないのは不公平だとの感情が湧きつつあり、中には核兵器を所有すべきだという意見も出始めているという報告がありました。
 米国からのゲスト、ジェイムズ・アクトンさんは、米国は、日本に再処理の放棄を要求しない、また韓国の再処理も認めない、との見解を表明しました。まさに、原発を保有していると同等の、鈴木さんの考えでは、核兵器開発能力を既に保有している日本が、中国からも脅威とされるプルトニウム利用政策を放棄できるかが問題となります。イ・ヨンヒさんは、政策は日本の決めることと断りながら、それは韓国に大きな影響を与えるとの見解を示しました。日本の勇気ある決断が、東北アジアの非核化、平和の醸成に繋がるものと考えます。

 このような、平和への私たちの取り組みをあざ笑うかのように、安倍首相は、「7・1クーデター」と言うべき手法で、つまり、憲法99条の「憲法尊重擁護義務」に、憲法96条の「改正手続き」に、そして憲法9条の「平和主義」に違反する、立憲主義、法治主義に反する、閣議決定をもって、これまで内閣法制局および歴代政府が「集団的自衛権の行使は、権利として持っているが、憲法9条に違反し使うことはできない」としてきた憲法解釈の変更を行いました。
 「国を守る」として、集団的自衛権を行使することは、敵をつくると言うことです。そのことがどれほど愚かなことかは、この間の中国や韓国の日本に対する姿勢を見ても明らかです。そして、集団的自衛権の行使は、戦闘行為に、好むと好まざるとに関わらず参加すると言うことです。それは、戦闘行為によって誰かが命を失うと言うことなのです。
安倍首相は、戦闘に参加する自衛隊員の命の問題には決して触れようとしませんでした。原水禁は、国という漠然としたものを守るために、一人ひとりの命が失われることを決して許しません。歴史は、そのことの明確に主張しています。

今、ネット上で若者に話題の詩があります。

まいにち
満員電車に乗って
人を人とも
思わなくなった

インターネットの
掲示板のカキコミで
心を心とも
思わなくなった

虐待死や
自殺のひんぱつに
命を命とも
思わなくなった

じゅんび

ばっちりだ

戦争を戦争と
思わなくなるために
いよいよ
明日戦争がはじまる

ネット上で話題になっている宮尾節子さんの詩です。
この詩は、7年前に書かれたものだそうです。
 

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 米国による原爆投下から69年目となる8月6日、原水禁世界大会・広島大会は「まとめ集会」を開き、「核も戦争もない平和な21世紀を」と、ヒロシマアピールを採択するとともに、「集団的自衛権行使容認に反対する特別決議」も行いました。
 600人の参加者が犠牲者へ黙とうを行った後、川野浩一・大会実行委員長は「今年の大会は核廃絶とともに、平和の危機が強調された。再び戦争につながる道を歩むのか岐路に立たされている。もう一度、広島、長崎、沖縄に学び、平和憲法を守る取り組みを進めよう」と呼びかけました。
 高校生などが企画運営した「メッセージfromヒロシマ」実行委員が、昨日の模様を報告。子どもたちの平和へのアピールや今後の活動への決意が述べられました。大会に参加した海外ゲストを代表して、アメリカのカーネギー国際平和財団研究員のジェイムズ・アクトンさんは「世界的に核の脅威が高まっている。広島・長崎の被爆者をはじめ、日本人が核の恐怖を世界に訴えることが重要だ」と強調しました。
 特別報告として、鹿児島・川内原発の再稼働の問題について、鹿児島県護憲平和フォーラムの菖谷眞一副議長が「7月の原子力規制委員会の審査結果を受けて、10月にも県議会で再稼働が決められる危険性がある。しかし、避難計画は実効性がなく、県民に反対の声が高まっている」と、阻止に向けた決意が表明されました。
 また、沖縄・辺野古新基地建設阻止の闘いについて、沖縄平和運動センターの岸本喬事務局次長が報告。「昨年12月に仲井真知事が埋め立てを承認し、7月1日から工事が着工された。現地では連日、座り込みを行い、抗議を続けている。軍靴の足音が沖縄で闊歩している。しかし、県民の圧倒的多くが反対している。阻止運動に連帯を」と訴えました。
 ヒロシマ大会のまとめを、藤本泰成・大会事務局長が行い、原発再稼働やプルトニウム政策推進に強く反対するとともに、安倍政権の戦争をする国への暴走を止めよう、などと提起がありました。事務局長のまとめはこちら
 「集団的自衛権行使容認に反対する特別決議」と「ヒロシマアピール」を全員で採択し、最後に「原爆を許すまじ」を合唱し、長崎大会につなげていくことを確認して、まとめ集会を終えました。

「ヒロシマアピール」はこちら

「集団的自衛権行使容認に反対する特別決議」はこちら

ヒロシマアピール

「生きているうちに核兵器のない世界を」、被爆者は訴えます。
 1945年8月6日午前8時15分、広島に投下された原子爆弾は「熱線」、「爆風」、「放射線」のもとその年の内に14万人もの生命を奪い去りました。そして69年が経つ今なお、被爆者やその後世代の心と健康を蝕み続け苦しめ続けています。
 来年2015年には核不拡散条約(NPT)再検討会議、原爆投下70年を迎えます。私たちはここヒロシマの地に集まり、核廃絶・脱原発の流れを大きく前進させるための誓いを新たにしました。
 世界には未だ約17000発の核兵器が存在しています。しかし一方で国際赤十字の核兵器の非人道性声明をきっかけに、核兵器禁止条約を求める動きに数多くの国が呼応し、条約成立のアプローチを検討する状況も生まれてきました。集会の参加者全体で核廃絶への声を広げていきましょう。
 今大会では日本の原子力政策が、核拡散に結びついていることを明らかにしました。プルトニウムの大量保有は、アジアの周辺諸国に脅威を与え、東北アジア非核地帯化の実現に大きな障害になっています。核兵器廃絶と脱原発は結びついています。プルトニウムをさらに作りだす日本の核然料サイクルの輪を断ち切りましょう。
 東日本大震災による福島第一原発の事故から3年がたちますが、今なお13万人とも言われる多くの人々の故郷を奪いつづけています。また、原発事故の原因も責任の所在も明らかにされていません。原発の安全神話が誤りであったことが明らかになったにもかかわらず、去る7月16日原子力規制員会は九州電力川内原発に対して新規制基準に適合するとした審査報告書案を発表しました。川内原発の再稼働は絶対に認めることはできません。国民の多くは原発再稼働に反対をしています。私たちは核の「平和利用」というまやかしに騙されることなく全ての原発の廃炉を求めさらに運動を強化します。
 安倍首相は反対の声を無視し、憲法解釈の勝手な変更による憲法違反の集団的自衛権の行使を閣議決定しました。被爆地ヒロシマで戦争を知る私たちは、憲法9条を守り、その理念の実現に向けて核兵器も戦争も否定し、世界の平和に貢献することが求められています。
 あの暑い69年前の夏、広島・長崎の核兵器による生き地獄を経験した私たちは、フクシマでの原発事故も経験しました。1981年ヒロシマを訪れたローマ法王は「ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです。ヒロシマを考えることは、平和に対して責任を取ることです」と訴えました。核時代に生きて来た私たちに、ヒロシマは、人類が生き残るために核兵器を廃絶するしかないことを教えています。フクシマは全世界から原発をなくす必要性を教えています。「核絶対否定・核と人類は共存できない」ことを強く訴え、核も戦争もない平和な21世紀を子どもたちに贈るとりくみを全力で進めます。
 
○すべての核兵器をなくし、核と戦争のない21世紀をつくろう!
○NPT(核不拡散条約)再検討会議で、具体的行動計画の策定をめざそう!
○核兵器禁止条約を実現しよう!
○東北アジアの非核兵器地帯条約を実現しよう!
○フクシマを繰り返すことなく、全ての原発の再稼働に反対し廃炉をめざそう!
○原発の輸出を止めよう!
○原発事故の被災者と被曝労働者の健康と命と生活の保障を政府に強く求めよう!
○国是とした非核三原則を守ろう!
○平和憲法を守り、集団的自衛権の行使容認に反対しよう!
○ヒバクシャ援護施策の強化ですべてのヒバクシャ支援を実現しよう!
  ノー モア ヒロシマ、ノー モア ナガサキ、ノーモア フクシマ、ノー モア ヒバクシャ

2014年8月6日
被爆69周年原水爆禁止世界大会・広島大会
 

集団的自衛権行使容認に反対する特別決議

 8月6日、あの悲惨な惨状を私たちは忘れることはできません。国益を守るとして始められたアジア・太平洋戦争、私たちの軍隊が行なった侵略戦争は、アジア諸国で2000万人、日本で310万人とも言われる犠牲者を出しました。例えば国内においても、沖縄戦をはじめ東京、大阪など各都市への空爆を引き起こし、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下をもたらしました。原爆は子や孫にまで影響を及ぼし、健康不安の中で、未だ癒えることのない傷跡を残しています。私たちはあの「過ちを繰り返しませぬから」と誓い、平和主義を基調とする「日本国憲法」を制定しました。平和憲法のもとで、69年間、日本は一度も戦火を交えることなく、戦争によって殺すことも殺されもなく、世界に平和を訴え続けてくることができました。
 安倍内閣は7月1日、多くの市民の反対を無視し、立憲主義を踏みにじり、国会での十分な議論もないまま、自民党政権ですら憲法違反としてきた「集団的自衛権行使容認」の閣議決定を強行しました。異例の人事を持って内閣法制局長官を交代させ、「武器輸出三原則の緩和」「国家安全保障会議」(日本版NSC)を創設、秘密国家とすべく重罰を科す「特定秘密保護法」を強行制定し、「戦争をする国」づくりを進めました。7月14、15日、衆参両院での閉会中審議が行われましたが、首相は質問に真摯に答えることなく、審議と呼べる内容ではありませんでした。そして、消費税の増税をしり目に防衛予算を強化し、危険なオスプレイや強襲揚陸艦の導入を図り、自衛隊の質的変換を狙っています。そして今沖縄では辺野古に新基地建設を強引にすすめ、「戦争をする国」をめざしています。数の力に頼り、「国益」を優先し、その事に個人を従わせようとする数々の施策を許すことはできません。
 戦後70年を目前として、戦争に向かう動きを認めることはできません。憲法9条の空文化を認めず、集団的自衛権の行使容認に反対しよう。その事はヒロシマの変わらぬ思いです。以上決議します。

2014年8月6日
被爆69周年原水爆禁止世界大会・広島大会

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 8月6日、広島市内で、高校生平和大使に対し、外務省が「ユース非核特使」として委嘱する認証式が行われ、岸田文雄外相が一人ひとりに委嘱状を手渡しました。
 この制度は昨年から行われているもので、被爆者の高齢化が進んでいることから,被爆の実相を国際社会及び将来に伝えるために、次世代(若者)への継承が必要とのことから、「ユース非核特使」として委嘱して、活動を後押しされています。昨年度の第16代高校生平和大使が「ユース非核特使」制度の第1号に選ばれたのに続き、今年の第17代平和大使も選ばれました。
 高校生平和大使は、長崎県の市民団体がインド、パキスタンの核実験を受けて1998年に公募を開始。スイス・ジュネーブの国連欧州本部で核廃絶を訴えるスピーチをするほか、平和学習や街頭署名に取り組んでいます。こうした長年の活動が認められたものです。
 認証式では岸田外相や松井一寛広島市長、湯崎英彦広島県知事も出席し、国連欧州本部での活動をはじめ、高校生の取り組みに期待するあいさつを行った後、21人の平和大使のうち、出席した12人に岸田外相から委嘱状が渡されました。
 これに対し、広島から選出された、中村祐理さん(県立大門高校3年)と片山実咲さん(県立広島高校1年)が、「『核兵器のない世界』に向けて、若者だから出来ることをしっかりやりとげたい」などと、感謝と決意を語りました(写真左)。
 

被爆69周年原水禁世界大会・広島大会の第2日(8月5日)の分科会、国際会議、子どものひろばなどと、第3日目(8月6日)のまとめ集会の模様をビデオにまとめました(9分22秒)。

     原水禁分科会1.JPG分科会2.JPG

 被爆69周年原水爆禁止世界大会・広島大会は8月5日の2日目に、分科会や国際会議、子どものひろばなど、多彩な取り組みが行われ、参加者は改めて核廃絶の決意を新たにしました。
 分科会は「脱原子力」「平和と核軍縮」「ヒバクシャを生まない世界に」などの課題別に7つ開催されました、脱原子力の課題では、福島原発事故を受けて、原発再稼働問題や、原発に頼らないエネルギー政策をめざした運動について討議。明治大学名誉教授の藤井岩根さんは、福井県大飯原発の再稼働差し止め訴訟の判決を高く評価し、「憲法による人格権をもとに原発を拒否する運動を広げよう」と呼びかけました(上写真右)。
 平和と核軍縮では、政府の原子力委員会委員長代理を務めた鈴木達治郎さんや、広島市の前市長の秋葉忠利さんなども参加し、来年の核不拡散条約(NPT))再検討会議に向けた課題などを討議しました。
 幅広いヒバクシャの問題を討議した分科会では、原子力の軍事・商業利用を問わず、世界に拡がる核被害者の現状や、高齢化が進む原爆被害者の現状、さらに福島原発事故の課題などを議論しました。
  また、被爆者の証言を通して広島の実相を学ぶ分科会も開かれました(上写真左) 。さらに午後は関係団体の自主企画による「ひろば」やフィールドワーク、映画上映など多彩な取り組みが行われました。

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 2015年の核不拡散条約(NPT)の再検討会議を前に、日本の核政策や関係各国の動きを検証することを課題に、午後、「国際会議」が開かれ、アメリカや韓国、日本の研究者などが議論を行いました。特に、日本の原発の「核燃料サイクル計画」による再処理政策は核兵器の保持とも結びつくことから、核兵器廃絶の視点からも運動を展開しようとの意見が強く出されました(下写真右)。
 一方、若い世代への運動継承を図るため、「子どものひろば」がもたれ、慰霊碑めぐりや被爆者の話を聞いたほか、若者や高校生が企画した「メッセージfromヒロシマ」では、参加した子どもたちの活動紹介や、みんなで作った「平和のメッセージ」を各国の指導者にメールで送る取り組みなどが行われました(下写真左)。
 広島大会は6日に「まとめ集会」が行われ、7日からの長崎大会に引き継がれます。

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 「生きているうちに核兵器のない世界を」、被爆者は訴えます。
 被爆69周年原水爆禁止世界大会・広島大会は、今年も「折り鶴平和行進」から始まりました。平和公園資料館前に集まった全国からの参加者約2000人は、時折、激しい風雨の中、横断幕やのぼり旗を手に「すべての核兵器をなくそう!」「全ての原発の廃炉をめざそう!」「すべてのヒバクシャ支援を実現しよう!」などの他、今年は特に安倍内閣による集団的自衛権行使容認の閣議決定を受け「平和憲法を守り、集団的自衛権に反対しよう!」などとシュプレヒコールをあげました。
 夕方から広島県立体育館で開かれた開会総会には3300人が参加。犠牲者への黙とう後、主催者あいさつに立った川野浩一・大会実行委員長(原水禁議長)は「あの日から69年、被爆者は高齢化しており、継承が重要になっている。被爆者はこれ以上の犠牲者が出ないように祈ってきた。しかし、3年半前に福島原発事故がおき、新たは被害者が出た。それにも関わらず、安倍内閣は原発再稼働を進めている。また、集団的自衛権の行使容認で戦争のできる国にしようとしている。私たちは人類の未来のために、がんばらなくてはならない」と訴えました。
 また、松井一寛広島市長(代読)や、湯崎英彦広島県知事(メッセージ)からも、来年の核不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた核廃絶を求める呼びかけなどがありました。
 被爆者の訴えでは、12歳の時に爆心地から1.5キロの地点で被爆をした池田精子さん(広島県被団協)が立ち、全身大やけどを負いながら生きてきた体験を切々と語りながら、「なぜ、人類は殺し合わなければならないのか。人類が核兵器を根絶できなかったら、核兵器で人類は根絶されてしまう。これからも恒久平和を世界の人達に訴えていきたい」と述べました。
 また、毎年、国連欧州本部を訪ねて核廃絶を訴えている高校生平和大使の活動について、広島代表の昨年の第16代大使と今年の第17代大使の4人が、それぞれ思いを語り、「ビリョクだけどムリョクじゃない」を合い言葉に、活動を続けることを誓いました。
 福島からの訴えでは、福島県平和フォーラムの角田政志代表が、「原発事故から3年半近く経っても、13万人が避難生活を続け、県民は危険と隣り合わせを強いられている。こうした中での再稼働を許すわけにはいかない。さらに大きな声を挙げていこう」と強調しました。
 大会の基調提案を藤本泰成・大会事務局長が行い、安倍政権の原子力推進政策に反対し、川内原発などの再稼働の阻止や、来年のNPT再検討会議、ヒバクシャの権利獲得に向けた課題を訴えました。
 大会に参加した海外ゲストを代表してアメリカの市民団体ピースアクションのポール・マーチンさんが「アメリカが69年前に原爆をこの地に投下し、多くの人々が犠牲になったことを心からお詫びしたい」と述べ、オバマ政権下での核政策の問題点などをあげ、最後に「一人で出来ることはとても小さいが、沢山の人がやれば多くの事が出来る」と、国際的な連帯を呼びかけました。
 開会総会は最後に参加者全員で「原爆を許すまじ」を合唱して閉会しました。広島大会は5日に分科会や国際会議、6日にまとめ集会が開かれ、長崎大会に引き継がれます。

原水爆禁止世界大会 広島大会 基調提起(藤本泰成・大会事務局長)

 週刊朝日の8月1日号に、作家の落合恵子さんと、作詞家で作家の「なかにし礼」さん、どちらも「戦争をさせない1000人委員会」の呼びかけ人ですが、対談が掲載されました。
 引用が長くなりますが、一部省略しながら紹介します。
 まず落合さんから始まります。
 「私は、3.11以降、大事な人がはっきり見えてきたんです。気がつけば、その人達は皆、反原発であり、反戦であり、反核なんです」
 なかにしさんが、                          
 「3.11の時、『これはおまえの生き方が問われる瞬間だぞ』と言う思いがしたでしょう」
と問うと、
 落合さんが
 「はい、しました」答えます。
 「満州から引き揚げるとき、日本は僕らに『日本に帰ろうとは思わず、その土地で生きる努力をせよ』と言うような通達を出した。国から捨てられたんだと思いましたよ。それと同じことが震災後も起こるに違いないと思っていたけど、事実起きている」
 また落合さんが答えます。
 「はい、ひどいものです」

 2011年3月11日から、4回目の夏を迎えました。復興への道のりは遅々として進みません。しかも、復興財源の確保や住民の帰還の前提である生活基盤の確保、そして除染など課題が山積みの中で、国は、被災県が要請している「集中復興期間」の延長を、認めぬ姿勢に終始しています。
 7月28日付けの「福島民友」は一面トップで「国は福島を突き放そうとしている」との記事を掲載しました。
 国が福島原発事故の責任を曖昧にし、復興に向けた真摯な姿勢を見せない中で、「事故で奪われた当たり前の日常生活、故郷、その責任を誰が、どうとるのか」と、国や東電に対する集団での損害賠償請求訴訟が起きています。
 「棄民」という言葉がありますが、「捨てられた民」なかにしさんが言うように、「捨てられた」と言う言葉がふさわしいと思われるような事態が進んでいるのではないでしょうか。
 なかにしさんは、旧満州からの引き揚げ者です。「満蒙は日本の生命線」、国策として送られた民は、その国から捨てられるいう悲惨な最期をむかえます。
 同じ引き揚げ者のJAZZピアニスト秋吉敏子さんの曲に「ロングイエローロード」という名曲があります。
 黄砂に染まる長い長い黄色い道を、私の母の叔母も3人の子ども達を連れて引き揚げてきました。そして、戦後を生き抜きます。塗炭の苦しみがあったと思います。
 ここ広島においても、69年前、原爆によって、罪なき多くの命が一瞬にして奪われました。生き残った人々も、放射能による健康被害と寄る辺なき苦しい生活を強いられました。そこからの復興は、罪なく苦しみを背負った、その名もなき民の一人ひとりの努力にあったのです。
 それから69年、なかにしさんや落合さんが指摘するように、名もなき民の「我慢と自己犠牲」が強いられています。
 
 原水禁の運動の原点には、国の責任を明確にして、そのことを基本にしたヒバクシャの生活の再建と幸福の追求という視点があったと思います。私たちは、いま、その原点に返って、フクシマと向き合うことが求められています。
 国は、フクシマの復興を半ばに、その責任さえ明確にしないまま、川内原発の再稼働に踏み切ろうとしています。安倍首相は、「世界で最もきびしい安全基準」を繰り返し主張していますが、どこにも根拠を見つけ出すことはできません。
 私たちは原子力規制委員会から、一度も安全であるとの話を聞いていません。規制委員会の田中俊介委員長は「新規性基準を満たしてはいるが、私は安全とは言わない」と発言しています。
 菅官房長官は「原発の安全性は、規制委員会の判断にゆだねている。ここの再稼働は事業者の判断で決めること」として、国の責任を回避した発言を繰り返しています。九州の財界関係者に対する「川内原発は何とかします」という安倍首相の言葉は、今の政治が、名もなき民である私たちの声を、全く無視し、馬鹿にする、そして、フクシマの被災者の心を切り裂く、浅ましい発言であると、断言させてもらいます。

 5月21日、福井地裁樋口英明裁判長は、関西電力大飯原発運転差し止め訴訟の判決において
 「当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの問題等とを、並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことと考えている」
 「豊かな国土と、そこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが、国富の喪失であると考えている」とし、
 原発事故のもたらす被害の大きさを考えると、人格権の視点から大飯原発の再稼働は許されないとの判断を下しました。
 人間の生命の根源を、深く洞察した倫理的な判決は、「脱原発」の運動の正しさと、「脱原発」そのことが、国土に根を下ろしての豊かな生活を保障するものであることを、明確にした、歴史的判決であると考えます。
 アメリカ最大の原子力メーカーであるGEのジョンイメルト最高経営責任者(CEO)は、 「今、本当にガスと風力の時代になってきている」
 「原子力を正当化するのは非常に難しい」
 「だから、ガスと風力か太陽光、そういうコンビネーションに世界の大部分の国が向かっていると思う」と発言しています。
 「原発」に拘泥することなく、「脱原発」を国の方針として、意味のない既存原発の安全対策にかける多額の費用を、自然エネルギーの開発・拡大に注ぎ込むことに、直ちに着手すべきです。
 しかし、安倍政権は、「2030年代に原発ゼロを謳った」民主党の「革新的エネルギー戦略」を反故にして、新しい「エネルギー基本計画」を策定し、原発を重要なベースロード電源として位置づけるとともに、原発推進の基本政策に位置づけられていた「高速増殖炉もんじゅ」と「六ヶ所再処理工場」を基本とする、核燃料サイクル計画の着実な実施を盛り込みました。
 高速増殖炉計画からは、世界各国が撤退し、日本の「もんじゅ」も計画破綻と言った状況になっています。また、六ヶ所再処理工場も本格稼働の時期を20回も延長させ、そのめども立っていません。
 「核燃料サイクル計画」は、原子爆弾、核兵器の原料となるプルトニウムを利用する計画です。日本は、核保有国以外で唯一商業利用として、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出して利用する計画を進めてきました。

 現在、主に英仏で再処理し分離したプルトニウムを45トン所有しています。これは、長崎型原爆の5500発分にもなり、「近隣諸国の脅威」との批判も聞こえます。
 今年3月に、オランダのハーグで開催された「核セキュリティーサミット」では、「プルトニウムの最小化」への合意がなされました。原発がすべて停止している中で、日本は、プルトニウムの利用計画を策定できないでいます。
 日本が再処理の計画を放棄しない中、韓国は、改定時期を迎えた韓米原子力協定の交渉において、米国に対して再処理を認めるよう要求をしています。同時多発テロ以降、「核テロ」の脅威を視点に「核セキュリティーサミット」を開催してきた米国は、韓国の要求を認めず、韓米原子力協定は、改定されないまま2年の延長で決着しました。
 核実験を繰り返し核保有国とみられる朝鮮民主主義人民共和国と、プルトニウムを45トンも所有する日本の狭間にあって、韓国の不満は増大する可能性があります。原水禁は、この間、「東北アジアの非核地帯構想」を支持し運動を展開してきました。被爆国日本として、現実的課題としてこの構想をとらえるとき、プルトニウム利用政策を放棄することが極めて重要ではないかと考えます。
 被爆国日本が、プルトニウムの利用をやめる決断をする。そして、米国の核の傘の下にあるとする非現実的な呪縛からのがれ、先制不使用と消極的安全保障を自ら、米・ロ・中国に対して主張していく。
 原子爆弾の惨劇から、平和を誓った日本国憲法の前文にある「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と言うならば、日本政府はそうすべきです。

 さて、安倍政権は、憲法9条の平和主義の解釈を閣議決定のみで変更し、「戦争をする国」へ踏み出そうとしています。私たちは道を誤ってはなりません。
 「ホルムズ海峡は、日本経済にとって死活的」とする安倍首相の言葉は、「満蒙は日本の生命線」と言って15年戦争に突入した当時の主張と重なります。
 歴史に学ばずして、将来を語ることはできません。国を守る戦争は、常に最後は、一般市民を大量に巻き添えにするものです。沖縄戦が、東京大空襲が、ヒロシマ・ナガサキが、そのことを明確に語っています。
 東京大空襲の記録を生涯の役目としてきた作家の早乙女勝元さんは、「忘れるから戦争になる」と話しています。
 私たちは、ヒロシマ・ナガサキを、そして戦争の実相を、忘れてはなりません。
 

2014年8月4日に広島市で開かれた「被爆69周年原水爆禁止世界大会・広島大会」第1日目の「折り鶴平和行進」と、大会の開会総会の内容をビデオにまとめました(約10分)

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