2012年12月アーカイブ

実用化の見通しのないもんじゅを廃炉に

福島燃料プール危機の教訓
全国の原発でプールから乾式に


勢いづく韓国の脱原発運動


実用化の見通しのないもんじゅを廃炉に

 1995年12月8日、高速増殖炉もんじゅは、試験運転中にナトリウム漏洩火災事故を起こして以来、まともに動いたことがありません。2010年5月に性能試験運転を再開しましたが、8月には炉内中継装置の落下事故を起こし、再び停止となり今日に至っています。もんじゅは、「メーカー丸投げ」で作ってきたことにより、運営側の原子力研究開発機構(旧動燃)側に設計ミスを見抜く能力がないとも言われています。さらに当初から開発に携わってきた開発担当者は退職しており、人材面からも問題となっています。
さらに、建設から20年以上が経過しており、老朽化が指摘されています。現にいまなおナトリウム漏えい警報の発報が続いています。このまま運転を再開することは事故のリスクが非常に高いと言わざるを得ません。そもそも佐藤一男元原子力安全委員長が、もんじゅの設置許可無効確認裁判で証言したように、「現在の安全基準では許可は出ない」代物で、この発言からすれば、もんじゅの許可は無効となるはずです。

直下には地震を引き起こす活断層
 2012年12月10日、原子力規制委員会は、日本原子力発電敦賀原発(福井県敦賀市)の原子炉直下にある破砕帯が「活断層の可能性が高い」とし、「今のままでは再稼働の安全審査はとてもできないと判断した」としました。それにより敦賀1、2号機の再稼働は困難となり、特に原子炉直下に活断層が走る敦賀2号機は廃炉の可能性が高いと言われています。今回の問題は、敦賀原発だけでなく若狭湾全体で活断層の見直しが問題となってきます。
 もんじゅも例外ではありません。もんじゅは、施設直下にマグニチュード6.9の地震を引き起こす2本の活断層(破砕帯)があることが明らかになっています。これまで政府は活断層の真上に原発は作らないと説明していましたが、直下に活断層があることが隠せないとなると、今度は、計算を弄して、耐震安全性バックチェックを承認しました。「もんじゅ」の試験運転の再開を優先した対応だったことは言うまでもありません。
新しい原子力規制委員会は、断層の見直しを進め、最新の知見を遡及させるとして、今回敦賀原発については上記の見解を出しましたが、もんじゅについても厳格に調査し、判断するべきで、原子力施設の安全確保にとっては極めて重要なポイントです。もんじゅのある敦賀半島は、ひずみエネルギーが蓄積された空白地域であるため、地震学者が「原発震災」を警告している要危険地域です。
 今後、敷地内断層の見直しが行われ、シビアアクシデント対策が求められますし、これまで軽水炉の放射能の拡散予測が発表されていますが、もんじゅや六ヶ所再処理工場などは、そのような放射能の拡散予測すらなされていません。防災対策を練り上げる上でも想定されるシビアアクシデントの内容も重要であり、周辺の自治体にとっても対応が求められています。 

高速増殖炉開発からの撤退を
 1950年代から始まった高速増殖炉開発は、これまでに実用化できた国はなく、開発先進国はすべて撤退しました。インドや中国を引き合いに出しても、実用化の展望などありません(旧ソ連は高濃縮ウラン燃料)。原子力委員会原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会の資料ですら、高速増殖炉の実用化は早くても60年先としていました。
 そのような中で、民主党政権において「革新的エネルギー・環境戦略」が発表され、もんじゅについては、研究炉として廃棄物の減容化や有害度の低減の研究を行って廃止するとされました。5年ほど研究しての廃炉ではどれだけの成果が見込めるのかも不透明です。
しかし問題は、それを目的とした実用炉(大型炉)を建設しない限り、研究する意味がないと言われることです。一方で、2030年の原発稼働ゼロを目標にする限り、炉型を問わず原発の新設はしないことが前提となり矛盾するものです。これはかつての原子力船「むつ」の二の舞になるだけです。
 もんじゅは放射性廃棄物の減容に寄与すると、新たな言い訳が付けられるようになりましたが、これは研究続行のために無理やり付け加えられた理屈と言えます。そもそもどの程度の効果があるのか、冷静な議論をすれば、期待するほどの効果は得られないとの結論になるでしょう。しかし肝心の「革新的エネルギー・環境戦略」は、政権が代われば、また振り出しに戻るかも知れません。
 もんじゅ開発に政府はこれまで9600億円以上の資金をつぎ込んできました。東海再処理工場やMOX燃料加工、常陽など高速増殖炉関連の開発を含めると、1兆7千億円に達します。実用化の見通しのない開発に膨大な予算を支出し続けることは、とりわけ福島原発事故の後では、到底許されません。このまま動かさずに廃炉にし、高速増殖炉開発から撤退するべきです。


福島燃料プール危機の教訓
全国の原発でプールから乾式に

 福島第一原子力発電所の事故がもたらした使用済み燃料貯蔵プールの危機状況は、全国の原発の使用済み燃料をできるだけ早くプール貯蔵から自然対流空冷方式の乾式貯蔵に移すべきだということを示しています。

福島第一の使用済み燃料の状況
 福島第一原発には、三つの種類の使用済み燃料貯蔵施設があります。①原子炉建屋の高い所にあるプール(それぞれの原子炉にある)。②共用プール:各号機のプールの使用済み燃料を降ろして入れる。③乾式貯蔵施設:円柱状の容器(キャスク)に入れて貯蔵する方式。(現在はキャスク9基が貯蔵。欧米では一般的となっているこの乾式貯蔵方式の施設を持っている日本の原発は福島第一の他は、東海第二原子力発電所のみ)。
 福島原発4号機は、3.11の地震・津波発生当時、定期検査のため運転停止となっており、炉心は空の状態で、炉の損傷による事故の心配はありませんでした。しかし、そのプールには、事故の直前に炉心から取り出したばかりの発熱量・放射能の大きな全炉心分の燃料集合体548体を含め、1,331体の使用済み燃料集合体がギュウギュウ詰めの状態で入っていました(この他に新燃料が204体)。このため、冷却水が失われた際に、空気の流れによる冷却が効きにくく、核分裂生成物の崩壊熱によるジルカロイ製の燃料棒被覆管の発火の可能性がそれだけ高くなります。また、発火事故で放出される放射能の量も大きくなります。それで4号機のプールの安全性が事故直後からとりわけ心配されていました。余震を心配する反原発グループが地震や水素爆発で弱体化した4号機のプールから早急に使用済み燃料を運び出せと要求しているのもこのためです。
一方、海岸に近い乾式貯蔵建屋は津波で破損しましたがキャスクは無事でした。自然空冷なので冷却に問題はありませんが、壊れた建物からキャスクを移動する必要があります。中の408体の検査はこれからです。

プール内にある燃料の移動計画
 東京電力の計画はこうです。
【各原子炉の使用済み燃料を地表レベルの共用プールに移したい。各号機にあるのは、新燃料も入れて現在合計3,106体(7月18~19日に4号機の新燃料2体の運び出し実験)。ところが、容量6,840体の共用プールには6,377体あってほぼ満杯。そこでまずは、共用プールの使用済み燃料を乾式キャスクに入れ、仮置き場に移す。仮置き場には、乾式貯蔵建屋のキャスクも移す。共用プールへの移動は、4号機、3号機、1~2号機の順に行う。
 仮置き場は、再処理中止を決めたドイツで2000年代半ばに一部の原発で使われたのと同じ暫定貯蔵用コンクリート・モジュール方式を採用。キャスクを1基ずつコンクリートの「箱」の中に横置きに収め、全部で65の「箱」を設置。11月14日発表の東電の計画では、仮置き場の使用は来年3月に始まり、共用プールからの移動は、2014年5月に終わる。4号機からの共用プールへの移動開始時期を決めるのは受け入れプールの状態ではなく、クレーン建設工事の進捗状況。これは、元々あった原子炉建屋の天井のクレーンが事故で破壊されてしまっており、いわば外付けのクレーンを建設する必要があるため。12月3日の発表によると、4号機からの移動開始が来年11月。終了が2014年末。】

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ドイツの暫定貯蔵施設(敷地内の本格的施設完成まで使用)



他の原発でも早急に乾式貯蔵を
 米国では、9.11同時多発テロ事件の後、テロにより使用済み燃料プールの冷却材が失われれば、ジルカロイの発火事故をもたらし得るとの警鐘が鳴らされました。炉からの取り出し直後は発熱量が大きく水で冷やすほかないが、5年ほど経って空冷が可能となったものは乾式に移して、プールの燃料の貯蔵状態に余裕を持たせるようにとの主張です。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長も、各地のプールについて、「私はどう考えても、乾式タイプの容器に入れるのがより安全だろうと思う」から、乾式への移行を要請したいと述べています。安全確保のための措置ですが、実現すれば、使用済み燃料の置き場がないから青森の六ヶ所に送って再処理するしかないとの再処理推進の論理も崩れることになります。
(田窪 雅文:ウェブサイト核情報主宰)


勢いづく韓国の脱原発運動

韓国反核団体「エネルギー正義行動」
高野 聡

 2012年1月に衝撃的なニュースが飛び込んできました。76万5000ボルトの高圧送電塔が建設中のミリャン(密陽)でおじいさんが焼身自殺をしたというものです。この送電塔は建設計画中のコリ(古里)原発5、6号機で生産される電気を大都市へ送るためのもので、ミリャンでは激しい反対闘争が7年前から繰り広げられてきた中でのご老人の死は、韓国の強力な原発推進政策によって引き起こされた悲劇とも言えるでしょう。
福島第一原発事故以降、韓国の脱原発運動の勢いは衰えることなく、特に懸案事項を抱える地域では激しく闘争を行っています。現在の韓国の脱原発運動を振り返ってみたいと思います。

コリ原発とウォルソン(月城)原発の寿命延長問題
 2月9日に定期点検中だったコリ1号機が作業員の手違いと機械の故障が重なり、全電源喪失を12分間起こし、その間に21度もの温度上昇を引き起こすという事故を起こしました。しかし、韓国国民がこの事実を知ったのは3月13日でした。
 コリ1号機は1978年に運転を開始し、2007年に寿命を迎えたのですが、10年間運転が延長されました。運転以来129回の故障や事故を起こしています。反対運動の最中、こんな大きな事故と隠蔽が重なり、住民は再稼動阻止と閉鎖を求めて激しく闘うことになります。
 3月には地域住民と全国から応援に駆けつけた人とで、コリ原発を囲むヒューマンチェーンを敢行し、査察に入った国際原子力機関(IAEA)に反対する脱原発文化祭も開催しました。結局8月6日に原発を管轄する知識経済部がコリ1号機の再稼動に踏み切ります。再稼動は阻止できなかったですが、地域住民は9月から1ヵ月以上プサン市庁前で篭城闘争を行い、閉鎖を求める運動を継続しました。
 またウォルソン原発1号機も2012年11月20日に寿命の延長を迎えます。原発の前でリレー形式での1人デモを現在まで続けています。最近、寿命延長が困難な点が2つ指摘されました。1つは「非常時冷却系等熱交換器」が1台しかない点。2つめは原子炉内の「水素監視器」が設置されていない点です。熱交換器に関しては、91年の基準改定により2台ないといけないことになっています。しかし82年運転開始のウォルソン1号機は1台しかなく、もう1台設置しようにも「原発の設計の根幹を揺るがす変更が必要なので追加の設置は不可能」と原発を運営する公営会社「韓国水力原子力」(韓水原)は説明しています。水素監視器も福島事故の教訓を踏まえ、新しい原発には設置をする方針を出しましたが、ウォルソン1号機に設置しようにも1年近くかかるため、安全性に懸念が生じています。そのような中、ウォルソン1号機は9月と11月に故障を起こし、現在運転を停止しています。しかし韓水原や知識経済部は原発の閉鎖の方針を出していません。

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コリ原発を囲むヒューマンチェーン(2012年3月)


原発の誘致に反対して闘争
 2011年の12月23日に韓水原がカンウォンド(江原道)のサムチョク(三陟)とキョンサンプクド(慶尚北道)のヨンドク(盈德)を新規原発の候補地に選定し、知識経済部が2012年の9月に正式決定しました。
 これに対し、両地域は反発、特にサムチョクではカトリック教会と地域住民が結束し、原発を誘致したキム・デス市長のリコール運動を展開します。リコールはサムチョク市の6万705名の有権者の15%以上の署名を集めたことにより、投票の実施が確定されました。10月31日に運命の投票が行われました。投票は有権者の3分の1以上が投票しなければ開票されないのですが、投票率は25.68%で、基準を満たしませんでした。
 残念ながらリコールは成功しませんでしたが、原発反対闘争委員会のイ・グァンウ企画広報室長は「90年代にも政府はサムチョクを新規原発の候補地に選定したが、6年余りの強い反対により計画を撤回させた。先輩たちが闘い、原発のないサムチョクを守ったように私たちも退くつもりはない」と述べています。
 大統領選の結果で今後の展開が大きく変わるかもしれません。野党第一党のムン・ジェイン候補は原発の寿命延長不可と建設計画中や新規の原発不認可を掲げているからです。彼が大統領になれば少なくともこれらの問題は大きく前進するでしょう。しかし、韓国がいつまでに原発を全廃するのか、どのようなエネルギーを推進するのかなど大きな枠組みはまだ不透明です。
 

活断層の徹底した調査を
六ヶ所再処理工場は建設中止を!
 
 
脱原発はかみあわず
 12月16日、第46回衆議院総選挙が行われ自民党、公明党が3分の2議席を確保しました。自民党の圧勝というよりは民主党の自滅。自民党の政策への積極的な支持で決した選挙ではなかったのではないでしょうか。戦後最低の得票率を見てもわかるように、12の政党が乱立し、争点となるべき脱原発や沖縄へのオスプレイ配備などの基地問題、環太平洋連携協定(TPP)といった課題は全国化せず局地的課題に限定され、消費税導入もすでに主要政党間での既定路線となっており、争点とならないまま民主党への失望だけが加速した結果になったといえます。また、選挙直前まで政党の離合集散が続き、有権者がその主張を見極めることが困難となったこと、政党のマニフェストも民主党の政権公約の失望とともにその有効性を失ったことが、政党政治への不信感を生みだしたとも思われます。そのような中で、議論は深まらず、「劇場型政治」だけが強調された選挙でした。
 原子力政策は特に中小政党が即時ゼロ、2030年代に稼働ゼロ、卒原発など主張しましたが、自公民は特に争点を明確にしないままでした。しかし、これまでの選挙戦の中で、原発について曲がりなりにも各党の政策が出されたことは初めてでした。これまで原発を強力に推し進めてきた自民党でさえ、真正面から原発推進を言う状況になかったことも確かです。それだけ、福島第一原発事故の影響は大きく、脱原発への世論の盛り上がりを無視できないところまで、推進派を追いつめていると見ることもできるのではないでしょうか。
 自民党が政権復帰へする中で、民主党が進めてきた原子力政策の見直しは必至です。再稼働や新増設に対しても積極的に動くことが予想されます。核燃料サイクル政策についても、いま以上にてこ入れがなされる可能性が高いと思われますが、推進する側にとって、困難な現実がその前に立ちはだかっています。

大量廃炉の時代が始まった
 原発推進派がいくらがんばっても、原発が減っていくことは避けられません。自公連立政権の合意文書でも「可能な限り原発依存を減らす」とのべざる得ない状況でもあります。新増設がままならない中で、老朽化による大量「廃炉」の時代がやってきます。さらに、この間の活断層調査によって原発の耐震問題が大きな問題となり、これも廃炉に結びつこうとしています。原子力規制委員会が、日本原子力発電・敦賀原子力発電所の敷地内破砕帯調査に関する評価会合を開き(12月12日)、敦賀原発2号機の原子炉建屋直下に活断層があることを明らかにしました。「活断層の上には原子炉は設置できない」ため、廃炉は避けられないとの見方が強まっています。
 さらに、東北電力東通原発の敷地内の断層も活断層との見解を示しました(12月20日)。現在、国内で唯一稼働している大飯原発でも活断層調査が進められ、活断層であるかどうかの評価が分かれていますが、これも活断層だとすれば、原子炉直下ではなくても設備の設置変更が迫られ、再び原子炉の停止を余儀なくされる可能性があります。各地の原発の敷地、およびその周辺での活断層の問題は、多くの識者によって指摘されています。徹底した調査が求められています。

六ヶ所再処理工場の敷地内にも多くの断層が
 六ヶ所再処理工場の敷地内にも、多くの断層があることが明らかになっています。また、周辺の断層の評価も近年新たな知見が加わり、大規模な断層が六ヶ所沖(84kmの大陸棚外縁層)にあり、その断層につながるような枝の断層が、六ヶ所再処理工場の敷地まで延びていると指摘されています。東通原発の活断層見直しは当然、六ヶ所再処理工場などの核燃料サイクル施設の活断層の見直しと耐震問題の見直しにも直結するものです。徹底した調査と議論のなされることが求められます。
 活断層評価によっては廃炉にもつながること、さらに再稼働もそう簡単にいかなくなるが予想されています。再稼働に反対する動きが各地の自治体でも広がり、茨城県の日本原子力発電・東海第二原発の再稼働については県内半分以上の自治体が中止や廃炉を求めています。静岡県の浜岡原発でも、巨大地震が発生すると言われる震源域の真上にあり、廃炉を求める声が高まっています。
 現実問題として、原発の再稼働が困難な状況である上に、廃炉が増えていく中で、自民党や経済産業省などが進めようとする原子力政策に、何ら未来がないことが明確になってきています。
 そのような中で、核燃料サイクルの意義はどこにあるのでしょうか。地震に弱いとされる六ヶ所再処理工場は、その利用価値よりも原子力震災による被害の大きさが一般の原発の比でないことは、大量のプルトニウムや使用済み核燃料、高レベル放射性廃棄物の存在で明らかでしょう。大震災が起こる前に再処理を中止することが、福島第一原発事故を経験した私たちの教訓であるはずです。

 

 

 12月15日、あいにくの雨模様の中、東京・日比谷野外音楽堂において、「さようなら原発世界大集会」が開催され、約1600人が参加しました。 今回の集会は、15日から17日にかけて、日本政府と国際原子力機関(IAEA)が「原子力安全・福島閣僚会議」を福島県郡山市で開催することへの対抗アクションとして企画された、東京・日比谷と郡山で同時参加型アクション「Nuclear Free Now」の一つとして開催されたものです。

 最初に1000万人アクション呼びかけ人でルポライターの鎌田慧さんが、「『美しい日本』壊したのは誰か。原発はすべて潰して行く」とあいさつしました。続いて、同じく1000万人アクション呼びかけ人で作家の内橋克人さんが登壇して、「『空想的科学主義』、脱原発に浴びせられる言葉だが、何万年もかかるプルトニウム問題を解決できる(から原発を動かしてもよい)と主張する者こそ間違い」と訴えました。参加がかなわなかった1000万人アクション呼びかけ人で作家の落合恵子さんからはメッセージが寄せられ、紹介されました。アクションに賛同する法政大学教授の田中優子さんは、「誰かが日本を取り戻すと言っている。70年前の日本を取り戻すのか。そんな方向に向かうなら、こういう集会を続けなければならない」と強調しました。

 また、国民投票で98%の反対を得て脱原発を実現したイタリアから、環境NGO・レーガンビエンテのモニカ・ゾッペさん、リトアニアからは、環境NGO・ベローナのアンドレイ・オザロフスキさんもかけつけて、日本の市民に脱原発を呼びかけました。福島から、ハイロアクション福島原発40年実行委員会の大賀あや子さんが、避難生活の苦悩について言葉を詰まらせながら訴えました。その後、翌日に控えた東京都知事選候補者の宇都宮健児さんもかけつけてアピールを行いました。 最後にアクション呼びかけ人で作家の澤地久枝さんが、「地上の命はかけがえない、お金にはかえることは出来ない。人によって人は変わる。政治も変える。希望を捨てない」と訴え、「さようなら原発世界大行進」に出発しました。

米国の未臨界核実験実施に際しての声明

米国の未臨界核実験実施に際しての声明

原水爆禁止日本国民会議
議長 川野 浩一

 12月6日、米国政府は未臨界核実験を行ったと発表しました。 未臨界核実験は、昨年2月以来1年10か月ぶりで通算27回目となります。原水爆禁止日本国民会議(原水禁)は、世界が求める核兵器廃絶に逆行するような米国の行為に対し強く抗議します。
 
 米国オバマ大統領は、就任後の2009年4月5日にチェコのプラハで演説し「アメリカは核兵器を使用した唯一の核保有国として、核兵器廃絶への道義的責任を有する」との趣旨の発言を行い「核なき世界をめざす」と主張しました。2009年10月9日、ノーベル賞選考委員会はこの発言に基づくオバマ大統領の姿勢を評価し、ノーベル平和賞を授与しました。オバマ大統領の発言は、核兵器を使用された側の日本はもとより核兵器廃絶を求める世界の人々に、大きな希望を持って受けとめられました。

 原水禁は、米国が調印したロシアとの「新戦略兵器削減条約(新START)」や北大西洋条約機構(NATO)との戦術核兵器の撤廃交渉など、オバマ大統領の核廃絶への努力を評価するものです。しかし一方で、オバマ大統領は「核なき世界」を提唱しながら、「核実験全面禁止条約(CTBT)」は未臨界核実験を禁止していないとして、これまで4回の実験を繰り返してきました。このようなあり方は、核兵器廃絶に真摯に取り組んできた人々に対する背信行為であり、ノーベル平和賞の意義を冒涜するものであると考えます。原水禁は、米国オバマ大統領に対して、核実験を繰り返すことなく一層確実な核廃絶の道筋をつくるために努力されることを心から望みます。

 一方日本政府は、2012年10月22日に開催された国連総会第一委員会において、スイスなど非核兵器保有国34カ国で提出された「非人道的兵器である核兵器を非合法化する努力を強めなくてはならない」とする共同声明に、参加を求められてにもかかわらずこれを拒否しました。米国への配慮があったとされていますが、命を蝕む放射能の被害に苦しみながら核廃絶を訴えてきた広島・長崎の被爆者の思いを踏みにじるものであり、核廃絶に苦悩の努力を続ける世界中の人々を失望させるものです。日本政府こそは、ヒロシマ・ナガサキの原点に立って、核廃絶のとりくみの先頭に立たなくてはなりません。

 原水禁は、「核と人類は共存できない」という先達の言葉を忘れず、この世界からすべての核がなくなるまで不断の努力を続けることを決意するとともに、「核なき世界をめざす」とするオバマ大統領が、その原点たる広島・長崎を訪れ、新たなスタートの決意をされることを要請します。
 

2012年12月8日

日本原子力研究開発機構 様

抗議要請文 
「もんじゅ」の試運転再開はあり得ない
「もんじゅ」の廃炉を強く求めます

 福島原発事故により、原子力安全委員会が設けた、旧来の安全基準そのものが完全に妥当性を失いました。脱原発の方向性が政策としてはっきり示されたいま、核燃料サイクルの中止は必至です。高速増殖炉開発の意義はなく、貴機構は速やかに高速増殖炉開発から撤退すべきです。
 しかし、貴機構は、報道によれば「もんじゅ」の試運転を2013年末にも再開して10年間程度運転するとの計画を国に示しています。このために来年夏頃までに設備点検を済ませる計画です。原子力規制委員会は、来年7月までに新たな安全基準を設けて、それに基づいて再審査することとしています。貴機構にしても、この再審査を経なければ何も始まらないのは言うまでもありません。いうまでもなく、シビアアクシデント対策や防災計画の整備など、課題が山積みの状態です。にもかかわらず、福島原発事故の経験を何ら反省することなく、これまで通りの運転再開ありきの姿勢は、本末転倒と言わざるを得ません。
 「もんじゅ」の耐震安全性は3.11を体験したいま、根底的に見直されなければなりません。その直下、しかも直近に白木-丹生断層が潜り込んでおり、さらにその下にC断層が潜り込むという全国でも例がない、極めて危険な地盤上に立地しています。そもそも高速増殖炉をこのような地に建てたことが間違いです。
 さらに、今、大飯原発で問題になっているような破砕帯の真上に「もんじゅ」は建っています。しかも破砕帯は複数あります。これまで貴機構はこれら破砕帯が「正断層由来」を理由に「動かない」と説明してきましたが、東北地方を襲った3.11の地震によって、その根拠を失っています。これらが活断層である可能性もあります。また、活断層と連動してこれらの破砕帯が動き、地盤が変形すれば、それだけでも大事故につながります。貴機構は破砕帯調査を年度末には終える計画ですが、ボーリング調査主体では信頼性に欠けるのは明らかです。また、機構が行う調査では信用されません。試運転再開スケジュールにあわせて急ぎ調べるとしか思えません。スケジュールを白紙に戻し、まず信頼に足る破砕帯調査を行い、その全容を明らかにすべきです。
 ナトリウム火災事故以降、すでに17年間停止し、警報やトラブルから設備・機器類の劣化が進んでいることは明らかです。炉内中継装置の落下事故にも象徴されるように、メーカー丸投げで設計・製造された機器類が多数あり、いったいどこに設計ミスが潜んでるか、貴機構にはこれを発見する能力がありません。動かしてみて始めて不具合や設計ミスが分かる顛末をくり返してきた経緯を見ると、運転再開など言語道断です。
大事故の恐れを考えると、福井県民はもとより、近畿、中部、中国地方などの広範な周辺地域の住民の不安は計り知れません。
 「もんじゅ」を続ける意義も道理も何一つありません。
 止まっていても1日5,500万円も浪費する「もんじゅ」は、無駄の象徴です。これ以上税金の無駄遣いは止めて下さい。
 私たちは1日も早い「もんじゅ」の廃炉を求めます。

’12もんじゅを廃炉へ全国集会 参加者一同
 

              121208_01.jpg 12月8日、「2012もんじゅを廃炉へ!全国集会」が福井県敦賀市で開催され、全国各地から800名が参加しました。最初に寒風が吹きすさぶ中、高速増殖炉もんじゅの目の前にある白木海岸で屋外集会とデモ、その後、日本原子力研究開発機構への申し入れ、午後には「もんじゅの廃炉を求める全国集会」が行われました。この集会・行動は、1995年12月にもんじゅのナトリウム漏れ事故が起こって以来、毎年開かれています。2030年代の「原発ゼロ」の方針を示されてからも、もんじゅは運転再開を目論んでいます。参加者は「もんじゅは廃炉へ」「核燃料サイクルの中止を」と訴えました。
 その後、日本原子力研究開発機構への申し入れを行い、午後には敦賀市内の「きらめき港館」において、屋内集会「もんじゅの廃炉を求める全国集会」が開かれました。集会では、九州大学副学長の吉岡斉さんの「今後のエネルギー政策のゆくえ」や核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団の佐原若子さんの「再処理工場の現状」などの講演がなされました。

●抗議要請文/「もんじゅ」の廃炉を強く求めます
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原発事故は個人の一生では終わらない
ハイロアクション福島原発40年実行委員会 福島原発告訴団 大賀 あや子さんに聞く


原子力規制委員会の災害対策指針は問題だらけ
自治労脱原発ネットワークアドバイザー 末田  一秀


米国の核問題専門家が重大指摘
日本の使用済み核燃料は国際的関心


「持ち込ませず」は無理と大阪市長
――第7艦隊が核兵器搭載?


原発事故は個人の一生では終わらない

ハイロアクション福島原発40年実行委員会 福島原発告訴団 大賀 あや子さんに聞く


12.12ooga.jpg【プロフィール】
 東京都小金井市出身。チェルノブイリ原発事故後、「東京電力と共に脱原発をめざす会」などに参加。1995年に福島県大熊町へ移住。自給農や脱原発福島ネットワークの活動、2010年の秋から、ハイロアクション福島原発40年実行委員会の企画に取り組む。2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故以来、5ヵ所の避難先を変わりながら、福島原発告訴団の他に子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの活動にも奔走する。

──会津若松市に避難されているそうですが、日常や感じていることを教えてください。
 今は借り上げ住宅の古いアパートに住んでいて、週1回程度、大熊町の女性グループの会合へ参加しています。自分で出かけて行かないと大熊町の人と会えないので、そこで方言を交え、ざっくばらんに今の気持ちや、最近の原発に関するニュースなど、いろんなことを語り合える機会になっています。
 会津若松の夏は暑くて大変です。少し体調を崩したときがあって、県内外の市民活動のネットワークの方は、会合は欠席もしながら、メールや電話で連絡しあって参加しています。
 福島原発告訴団では事務局として電話番を担当しています。みんなで仕事を分け合ってやっているのですが、それでもいっぱいという感じで、毎日忙しくしています。

──3.11の避難直後に感じたことや、それ以前の取り組みについてお聞かせください。
 避難が必要な人たちに一刻も早く避難してほしいということをいちばん思いました。強制避難指示が出たのに、その避難地域の人が半日後、1日後にどこまで避難が完了していたのかという情報も出ない、避難指定も拡げられない、事故がどんどん進展悪化していくのに、まったく行政やマスメディアの情報も対策も追いつかず、テレビの前で足踏みしていました。事故が起こって、現実に「原子力安全神話」というものが完全に崩壊した。だからそれなりに最善の対策が取られるのではないかと思ったのは甘かった。私自身が楽観(平常化)バイアスに陥っていた、とわかってきました。
 JCO臨界事故(1999年9月30日・茨城県東海村)の後に、自治体の防災対策やマニュアルが拡充されました。シナリオもばっちりでした。多少言い回しは違っても、用語まで全国で統一されています。でも実際には、マニュアルで細かく決まっていた放送内容など、ほとんど実行されませんでした。11日のことですが、災害対策本部が出来たという一報でもあれば、対策本部が出来るということは、相当メルトダウンの危険性が高まっているときだとわかり、私は近所の人に念のため逃げようと説得したかったのですが……。
 大熊町の場合は、津波のためにと言って高台も含む、国道の東側域(原発からは3~4㎞)から体育館へ避難してくださいという防災無線がはっきり聞こえました。これは担当者がマニュアルではなく、もしかして原発も危ないからと、津波の被害がないところも含めて避難指示を出したのかなと考え、よくやってくれたと思いました。それが夕方の4時から5時頃のこと。当日のことも、細かいことを語ればきりがないです。
3km内は避難と言われたら、3kmと少しでも危ないと普通は考えるだろう、道路が渋滞し始めるだろう、と私は思っていたのですが、ほとんどの人がそう考えなかったようです。脱原発の運動に取り組んできた人でさえ、激しい余震の連続の中で、座して翌日10㎞内避難の放送があるまで留まり続けてしまったという人が多かったそうです。
福島県に移住する前から、私も特に原子力防災に関心を持っていて、地域の住民がよく考えて、備えられるような取り組みをしたかったのですが、十分にはできませんでした。私自身が何かもっとできることがなかったかと、悔やまれてなりません。

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「がんばろう1000万人署名!」集会での大賀さんの発言は参加者の感動を呼んだ
(2011年12月10日・日比谷野外音楽堂)


──もうすでに脱原発を骨抜きにしようという動きもあります。福島では今、どのような動きにありますか。
 私はあまり大所高所で物事を解釈しようとしないもので(笑)。「自分たちが出来ること」をベースに考えています。昨年10月、福島県議会で県内の原発を全て廃炉にする決議が全会一致で可決されました。それが県の復興計画にはっきり書かれています。福島県民はもう答えを出しているということです。県民の中にも、まだ原子力に夢を持つとか経済のために必要という人もいますが、全体としてはこのことはまとまっている感じです。
しかし一方、「不安の解消」ということが、行政のキーワードになっています。福島の県民健康管理調査の目的自体も、健康不安の解消となっていて、病気の未然防止ということではありません。それは、多くの住民の意識とかい離していると思います。甲状腺検査の結果が紙一枚で、「(嚢胞または結節ありと)判定しました。2年後まで二次検査の必要はありません」という通知では、不安をかき立てられるのは当然です。詳しい情報を求めたときの対応もひどく、情報開示請求に従って手続きをしないと細かいデータが出てこないのです。ごくわずかなネットが使える人や活動的な人でないと情報開示請求をしていないでしょう。
 山下俊一県民健康管理調査センター長が理事長を務める日本甲状腺学会会員へ、原発事故の影響を心配したそういう患者が来ても「検査や治療の対象とならない判定」「追加検査は必要がない」ことを理解し、ご説明いただきたいという、セカンド・オピニオンを封じるような文書を出していたことも明らかになりました。後に「そのような意図で出されたものではない」という言い訳を公式に出させたことは、こちらの取り組みの成果だと思っています。でも、そんな通達に従うような医者をもう信頼できないですけどね。例えば秋田県に良心的な病院があるという情報があっても、遠くてそう簡単に行けない人もたくさんいます。また、市民活動のネットワークにつながっていない人には全然わかりません。

──今後、もっと力を入れたい取り組みなどがあれば聞かせてください。
 「原発事故子ども・被災者支援法」に入っていることが実施されれば、相当いろんなことが前進しますので、力を入れています。まずは初年度の基本方針と実施事業へ向けて、また計画時も実施時も被災当事者の声を反映させる仕組みという点も重視しています。国会では全会一致で成立していますから、皆さんが国会議員の方に接触する機会があれば、完全に実施されるようにプレッシャーをかけてくださいというお願いをしています。広島でお話しした機会には、まさに被爆者援護法とのつながりで熱い関心を寄せていただきました。全国各地で保養や避難の支援を続けてくださっている方々とともに、行政への働きかけと民間の活動と両輪で進めていきたいと思います。
 福島原発告訴団については、検察の捜査・判断で不起訴だった部分があれば、検察審査会に訴える対応なども考えています。常に、市民同士、被害者同士が違いを超えてともにあることをめざしたいと思っています。ハイロアクションの仲間で全国へ避難している人もたくさんいますが、つながりを保って活動を続けています。どこへいても、私たち個人の一生では終わらない取り組みですから。
大熊町の家には一度だけ夫と私の友人が一時帰宅しました。地震では全く壊れていなかったのですが、カビが生え始めていました。もちろんその家のことや大熊町のことはいろいろと頭によぎります。しかし、自分自身のことは構っていられないのですが、ゆくゆくは近県に移住して農業を再開したいと考えています。

〈インタビューを終えて〉
 政府が、「革新的エネルギー・環境戦略」の2030年代までに原発からの脱却という「革新」的であったはずの戦略を閣議決定しなかったことに失望感が漂っていました。大賀さんは、「国がどのような動きにあろうと、福島では県議会を含めて脱原発を決めましたから」と言われました。福島で起こったことを伝え、福島の仲間に寄り添って取り組むことが全てであると。その静かな口調に迫力を感じずにはいられませんでした。(道田 哲朗)


原子力規制委員会の災害対策指針は問題だらけ

自治労脱原発ネットワークアドバイザー 末田  一秀


予定より半年遅れで発足、目立つ後退姿勢
 原子力規制委員会が当初の予定より半年遅れて発足しました。5人の委員には「原子力ムラ」出身者が含まれるものの、原子力緊急事態発令中であるという例外規定を使って人選の国会同意を先送りする手続きが取られる中での船出です。
 発足当初から、記者会見で政党機関紙の記者を排除したり、委員会傍聴席に私服警官を配備したり、これまでの原子力安全・保安院や原子力安全委員会(安全委員会)よりも後退した、開かれた行政とは言えない出来事が続きました。中でも問題だと思われるのが、規制委員会の最初の仕事となった原子力災害対策指針の策定手続きです。10月3日にたたき台、同24日に素案が提示され、31日に決定されるという経過をたどりましたが、その間、関係自治体等の意見聴取が行われただけでした。
 これまで安全委員会はこのような指針を策定・改訂するときにはパブコメ手続きを実施し、広く意見募集を行っていました。今回は明らかな後退です。これから原子力規制委員会は、各種の指針類を整備していくことになりますが、このようなことが繰り返されないよう求めていく必要があります。
 これまで安全委員会が定めていた原子力防災指針が「防災対策を重点的に充実すべき地域」(EPZ)を原発から半径8~10㎞圏内のみとしてきたことが福島での被害の拡大を招きました。そこで、防災計画の見直しでは、どの範囲まで計画策定するかが課題となります。検討にあたっては、福島原発事故でも高レベルの汚染が飯館村など北西方向に拡がったように、同心円状に拡がらないことを考えなければなりません。
 ところが、従来のEPZに代わって原子力災害対策指針で「緊急時防護措置を準備する区域」(UPZ)とされた区域は、相も変わらず「概ね30㎞を目安」とされています。山や谷の存在によっても風の流れは変わってしまうので、風向きや地形条件を反映した放射能の拡散予測計算を行って、それを計画に反映することが求められます。滋賀県や岐阜県などは独自に予測計算を行い、滋賀県はUPZを42㎞にまで拡げるとしています。

実効ある防災計画の策定を自治体に求めよう
 原子力規制庁も、拡散予測計算結果を10月24日に公表しました。しかし、この計算は地形条件を反映しないソフトで行われたという致命的な欠陥を有しています。しかも、入力にあたって方位を間違えたり、風向きを全く逆に入力したりしていたことが明らかになりました。
 そもそも福島事故時に計算結果が隠ぺいされたことで有名になったSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)というコンピュータシステムは、事故時の放射能の拡散計算のために180億円以上をかけて開発されたもので、各地の地形条件を反映した計算を行えます。なぜ、これを使わないのでしょうか。理由は、原子力災害対策指針で導入された避難の判断基準に国際原子力機関(IAEA)の値の採用を予定しているからです。原子力災害対策指針を決めたものの、基準の数値やヨウ素剤の服用方法など多くのことが「今後の検討課題」と先送りされています。
 IAEAが避難の判断基準に7日間で100ミリシーベルトの被曝量になる値を提案しているため、規制庁が10月に公表した試算は7日間で100ミリシーベルトになる距離を示しています。SPEEDIでは7日分の計算はできないというのが言い訳なのです。
 しかし、そもそも判断基準にIAEAの値などを使わず、福島の教訓を踏まえて設定すれば、7日間の計算をする必要などありません。避難の判断基準は、実際には7日間で100ミリシーベルトの被曝量になる値として、空間線量率1,000マイクロシーベルト/時が使われます。通常時の約2万倍に相当するこの値が実際に計測された場合に避難すべきという判断がされることになります。つまり、どんなに立派な避難計画を作っても、少々の線量では避難は実施されず、まさに絵に描いた餅。高い線量になってから避難指示が出て外に出れば、高レベルの被曝は避けられません。
 各地の自治体は、防災計画の改定を来年3月末までに終えるよう国から求められています。おざなりの見直しで再稼働の条件が整ったなどと言われないよう、取り組んでいく必要があります。①地形条件を反映した予測計算を行い、UPZの範囲を目安とされる「概ね30㎞」にとらわれずに広めに設定すること、②自治体が原子力災害対策指針より厳しい値を決めることは可能なので、避難の判断基準はIAEA基準よりも厳しい値とすること、③ヨウ素剤の服用地域も防災計画に位置付けて、対策を準備することなどを基本に自治体に要求していきましょう。実効ある防災計画の策定は容易ではないはずです。


米国の核問題専門家が重大指摘
日本の使用済み核燃料は国際的関心
 10月28日に東京・明治学院大学で開催された、国連軍縮週間シンポジウム「『核なき世界』への新局面─原発、プルトニウム、核兵器」では、核兵器廃絶運動の観点に新しい視野を広げる、原発からの使用済み核燃料に焦点を当てる講演が行われました。
 米国の余剰プルトニウム処分問題に関わり、また70年代には核燃料再処理を放棄する政策決定にも影響を与えた核問題専門家、フランク・フォンヒッペル教授(プリンストン大学公共・国際問題)が使用済み燃料の乾式貯蔵、プルトニウムの管理と処分、再処理中止の必要性などを話されました。2030年代に原発ゼロとするにもかかわらず、核燃料サイクルを当面推進するという、日本のエネルギー・環境戦略の根本的矛盾への関心と、原発ゼロへの国際的圧力の報道もあって、活発な討論になりました。

各国では乾式貯蔵方式を導入
 国際原子力機関(IAEA)によれば、1975年の予測では2000年までに2,000ギガワットを超える原子力発電容量に対して、ウラン資源が足りないはずでしたが、2012年の予測になると2050年まででもその半分にもならない程度の原子力発電容量で、低コストのウラン資源も需要をはるかに上回る量が確認されています。この間に米国は再処理政策を撤回、電力会社が自ら、  高コストの再処理、増殖炉計画をやめました。
 しかし日本では、政策の変更ができず、プルトニウムを国内に9トン、海外を含めて44トン以上保有するに至っています。さらにプルトニウムを取り出す再処理の継続を決定した理由は、六ヶ所村のある青森県からの圧力があります。それは、再処理をやめた場合に、①英仏から返還される再処理廃棄物を保管しない、②「原子力船むつ」の使用済み燃料中間貯蔵施設の運用を許可しない、③六ヶ所再処理工場に貯蔵されている使用済み燃料を各原発に送り返す、というものです。
 現在、使用済み核燃料は、原発サイト内のプールから、再処理を前提として六ヶ所村の施設のプールに運ばれています。震災で福島第一原発4号機の使用済み燃料プールがどういう状態になったかということと、そのすぐそばにあって津波をかぶったにもかかわらず、健全な乾式貯蔵キャスクの状態を比較すれば、一定時間冷却された使用済み燃料は、安全上、乾式キャスク保管にするべきなのは明白です。単純な構造でコストも低いため、原子力発電所を持つほとんどの国は乾式貯蔵方式を導入しています。再処理工場を本格稼働させれば、さらに毎年8トンのプルトニウムが追加されます。プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料として原発で燃焼させても、燃料中のプルトニウムなど超ウラン元素は30%しか減少しません。高速増殖炉も実現性がありません。

すでにあるプルトニウムをどうするか
 現実的な計画として、2つの方法が紹介されました。深ボアホールというのは、セラミックで固定化して地中深く埋設するというもの。キャン・イン・キャニスター(下写真)は、セラミック内に固定し缶に入れて容器内に並べ、そこに高レベル廃棄物・ガラス混合物を注入するものです。

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 プルトニウム処分問題を抱えているのは日本だけではありません。米国は核兵器開発や増殖炉研究開発で、約50トンの余剰プルトニウムがあります。フランスでは、MOX工場を建設中ですが、コスト高騰で使う電力会社が見つかるか不明です。
 英国では、再処理計画からのプルトニウム約100トン(日本のプルトニウム17トンは含まない)があり、MOX燃料工場建設の提案も、使う原発が建てられるか未定。日本がプルトニウム処分法について共同研究を提案すれば、英米両国は恐らく大きな関心を持つと思われます。
 フォンヒッペル教授は、米国の高官と会談した日本側の関係者の「リーク」のような形で報じられる「米国側のメッセージ」については、「われわれがテロリストの手に渡らぬようにしようと試みているまさにその物質、分離済みプルトニウムを大量に増やし続けることは、絶対にしてはならない」(オバマ大統領)という日本に対するメッセージの重要性を強調しました。そして、「再処理を追求するなら原子力も維持せよ」という米国政府内外からのメッセージの背景を説明し、その矛盾点を指摘しています。


「持ち込ませず」は無理と大阪市長
――第7艦隊が核兵器搭載?
 橋下徹大阪市長が11月10日、広島市での囲み取材で、核廃絶の実現可能性について疑問を呈し、非核三原則の「持ち込ませず」についても無理だと述べました。その根拠は、第7艦隊が核兵器を持っていないはずがないというものです。
 橋下市長は言います。「『持ち込ませず』というところが、本当にそれが現実的にどうなのかというところは、しっかりと確認して、『持ち込ませず』は無理だと。……日本が拠点となりながら、太平洋を全部あの米国の第7艦隊が守っているわけですよ。米国の第7艦隊が、じゃあ、核兵器を持っていないのかというと、そんなことあり得ないですよ」(ニュースサイトJ-CAST 11月12日他)。
 「安全保障と核については、しっかりと政治家である以上は考える、議論する、国民の皆さんにきちんと問題提起はする。こういうことは必要だと思います」というのは、この見解に基づく主張でした。

米国専門家、第7艦隊は核搭載なしと指摘
 ところが、米国の核政策に関する権威として知られる「米国科学者連合」(FAS)のハンス・クリステンセン核情報プロジェクト部長は、筆者へのメール(2012年11月15日)で、こう言っています。「第7艦隊の艦船にも、米国海軍の他のどの水上艦あるいは攻撃原子力潜水艦(攻撃原潜)にも核兵器は搭載されていない。これらの艦船のすべての核兵器は、1991年から92年に陸揚げされた。そして、94年にクリントン政権が、水上艦すべてを非核化することを決定し、空母を含め、すべての水上艦の核兵器搭載機能を除去した。その後は、海軍の非戦略核で残っていたのは、陸上攻撃用の核弾頭型巡航ミサイル『トマホーク』だけだった。しかし、オバマ政権の2010年『核態勢の見直し』は、この核兵器を退役させることを決めた。その結果、米国海軍は、日本の港に、いや、何処にも核兵器を持ち込む必要はない。橋下市長が、米国の空母が核兵器を持っていないことが考えられないと言うのなら、核廃絶を考えることができないというのは不思議ではない。空母にも、日本を訪れている他のどの艦船にも核兵器は搭載されていないから、この問題について議論をしようという彼の提案は、そもそも意味をなさない」。
米海軍が配備している核兵器は、戦略原子力潜水艦(戦略原潜)搭載の戦略核兵器だけであり、戦略原潜は他国の港には寄港しないから、海軍による持ち込みはあり得ないということです。

海軍の持ち込みを不要にした日本の運動と岡田書簡
 2013年退役予定のトマホークの延命を図ろうという動きが、2009年、「核態勢の見直し」を巡る議論の中でありました。これらのミサイルは、1991年9月27日にブッシュ(父)大統領が、水上艦船及び攻撃原潜から核兵器を撤退すると宣言したため、翌年以来、原潜には搭載されず、陸上で保管されてきたものです。このトマホークを維持しないと日本が不安に感じ、核武装してしまうと主張する人々が米国内にいました。
背景には、日本に対する核以外の攻撃に対しても、核で報復するオプションを米国が維持することを望むとしてきた日本の政策があります。日本政府は、核を先には使わないとする「先制不使用策」に反対する立場を1982年以来、国会で繰り返し表明してきました。この立場を裏返せば、米国が核兵器の役割を縮小すれば、日本の核武装をもたらすという議論となります。
 2009年にいち早くこの状況を把握したクリステンセン部長の指摘を受けた日米の運動やマスコミ報道の結果、岡田克也外相(当時)は、同年12月24日、米国務・国防両長官に書簡を送り、「我が国外交当局者が……貴国の核卜マホーク(TLAM/N)の退役に反対したり、貴国による地中貫通型小型核(RNEP)の保有を求めたりしたと報じられて」いるが、そのようなことを「仮に述べたことがあったとすれば、それは核軍縮を目指す私の考えとは明らかに異なる」と伝え、自分は「核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべき」との日豪主導の「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)報告書の勧告に「強い関心を有して」おり、「政策への適用の可能性について、今後日米両国政府間で議論を深めたい」と述べました。
 この書簡は、核弾頭型トマホークの予定通りの退役を決めた2010年「核態勢の見直し」に重要な影響を与えました。つまり、日本の運動が、核搭載艦船寄港の可能性をなくすのに貢献したということです。

残された課題――先制不使用を日本の核政策に
 残念ながら、先制不使用支持の岡田外相(当時)の考えは、外務省の方針とはなりませんでした。核以外の攻撃にも核で報復するオプションを残せと言い続けていては、「持ち込ませない」の法制化は、米軍の必要とは関係なく、不可能でしょう。また、核兵器の非人道性と非合法化を訴える文書に署名するのも難しいでしょう。  

(田窪 雅文:ウェブサイト核情報主宰)

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