2012年7月アーカイブ

この救済策からも多くの人が漏れている可能性が大きいとみられている。

鹿児島県護憲平和フォーラム情報2012.07.31

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鹿児島県護憲平和フォーラム情報120702

20年、30年先の子どもたちの将来のために
作家・さようなら原発1000万人署名呼びかけ人 澤地 久枝さんに聞く


17万人が参加「さようなら原発集会」開催される
再稼動を許さず、命を未来につなげよう


「さようなら原発」の声はつながる!
あきらめない信念でしっかりやり続けよう


被爆67周年原水爆禁止世界大会の課題
「核社会」を問う大会をめざそう

民・自・公が原子力基本法を改定
保守派の日本核武装への執念


20年、30年先の子どもたちの将来のために
作家・さようなら原発1000万人署名呼びかけ人 澤地 久枝さんに聞く
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【プロフィール】
 1930年東京生まれ。4歳のときに家族で旧満州に移住。1945年、吉林で敗戦を迎え1年間の難民生活の後に日本に引き揚げる。49年に旧制向丘高女を卒業し、中央公論社に入社。働きながら早稲田大学に学ぶ。大学卒業後、『婦人公論』編集部で働く。63年に退社後、五味川純平の資料助手を経て、72年の「妻たちの二・二六事件」以後、本格的に執筆を開始。『火はわが胸中にあり』で第5回日本ノンフィクション賞、『昭和史のおんな』で第41回文藝春秋読者賞、『滄海よ眠れ』『記録 ミッドウェー海戦』で第34回菊池寛賞を受賞するなど、多分野の執筆を続ける。「九条の会」の発起人の一人として平和憲法を守る立場で講演も行う。福島第一原発事故を機に「さようなら原発1000万人署名」の呼びかけ人として活躍。座右の銘はアメリカの女性ジャーナリスト、アグネス・スメドレーの「苦しみの中に道は開かれた」。

──満州からの引き揚げなど苦労された経験から、今の日本の状況をどう思われますか。
 私は14歳で敗戦を迎えましたが、そのとき、軍隊が住民を置き去りにして真っ先に逃げたのを見て、国家とはいいかげんなものだという不信感が残っています。それは今の政府に対しても同じです。昨年3月11日の東日本大震災のときに、私は世直しのときが来たと思いました。しかし、1年が経って、逆の方向に行っているのは、政治家が愚か過ぎるからではないでしょうか。それに対して反撃ができないのは私たち市民の弱さがあると思います。もう一度、みんなで考え直して、世直しを実行しなければ、地震も原発事故も何の教訓も残さなかったことになると思います。

──戦後すぐに女性がジャーナリスト、そして作家になるのは大変だったのではないですか。
 私は18歳のときから5年間、働きながら、夜学に通うということを続けてきました。大学卒業とともに『婦人公論』編集部の記者となりました。当時としては前例のないことでした。とにかくジャーナリストの使命を考えて一所懸命に働きました。できることは全てやりましたが、そのために体を壊して働くことができなくなり退職しました。
 会社を辞めてから五味川純平さん(作家)の資料助手になりました。10年間くらいは資料をひたすら読む生活をしてきました。あるとき、職場の同僚だった方に何か書かないかと言われたとき、歴史を語る場合、その表面に出てこないけれども、大きな役割を果たしてきた人がいる。その沈黙の中にあるものの意味は大きいと思い、それを書こうと考えたわけです。例えば、戦争では赤紙で徴兵された名もない兵士が一番多く死んでいるわけです。しかし、司令官や将官のことは書かれるけれど、こういう人のことを誰も知らないわけです。「二・二六事件」でも銃殺刑になった人のことは多く書かれても、その妻のことは誰も書かなかった。ミッドウェー海戦でも、深い海の底に沈む名もない人たちの記録を蘇らせたいと思って、日米双方の全戦没者を特定する作業をし、81年にコンピュータを導入してまとめました。

──沖縄にも行かれていますが、沖縄戦のことはどのように感じておられますか。
 琉球大学で学ぶ機会があり、二学年間、沖縄で暮らしました。沖縄には、戦争で家族みんなが死んだ家があるわけです。本土に疎開していた人の話を聞くと、戦争が終わって沖縄に帰ってみると、何もない、真っ白な平べったい土地が広がっていたと言われました。沖縄では戦争で誰も亡くなっていない家族はないと言ってもいいほどです。
 私は沖縄の人の気持ちがわかるとは言えません。実際にそれを経験した訳ではありませんから。沖縄は不当な仕打ちを長い間受けています。それをわかろうと思いますが、しかし、よくわかるとは決して言えません。それほど重いものがあるのだと思います。

──昨年の9月19日の「さようなら原発集会」は6万人もの方が参加されました。
 あんなに多くの人がいる所で話をしたことは初めてでした。人々が自分たちの望みを実現するためには、自分が動き出さなくてはいけないということを思い始めた証だと思います。
 この運動では女性の姿が目立ちます。実際にこの社会で力を持っているのは男性ではなく、女性だと思います。生活の実質を担っているからです。いま、子育てをしている母親が、子どもに何を食べさせたらいいかと悩んでいます。また、その祖母は戦争体験と重ね合わせて、政府はあてにならないと感じています。また、若い人たちもどんどん独自に運動を進めています。いま原発に反対する様々な市民の運動の底にあるのが、こうした女たちの思いではないでしょうか。

──原発を再稼働させる動きがあります。
 日本の国土は、地下断層が複雑に通っている上にあるわけです。日本は原発を持てない地震列島です。そこに原発をつくっているという問題があります。最近特に大きな地震が続いています。これは自然の警告じゃないですか。しかし、原発推進の動きも露骨になっています。福島原発事故の真相究明が進まず、したがって「安全」の保証がないのに、原発の再稼働を決めるということは、政治が国民不在、無責任ということです。しかも、日本は原発の輸出国になろうとしています。つくづくこの国は堕落したと思います。政治家も官僚も誰も、責任を取らないというのはおかしいです。
 6月15日に首相官邸に行き、藤村修官房長官に署名を渡しました。そうしたら、翌日には「大飯原発の再稼働の方向」と出ていました。署名をした750万人が見ているという意識がないようです。署名をしてくれた方々に申し訳ないという気になりました。
 脱原発が達成できたら、政治は変わりますし、世界の中での日本の立ち位置が変わります。憲法は武力を持たないことを規定しています。核兵器も持たないということです。今改めて国の方向として定めることです。自衛隊から原爆、原発まで含めて変わることです。国のめざす方向性が問われています。

──これから脱原発へどうしていけばいいでしょうか。
 3.11からずっと思っているのは、日本の政治は脱原発の方向へ舳先を変えなければならないということです。一人ひとりの「小さな人間」が心を決め、意思表示することで、政治は変わらざるを得ないのです。野田佳彦首相は原発再稼働の理由として「国民生活を犠牲にできない」と言いました。その例として、病院で人工呼吸をやっている人のことなどがあげられましたが、そういう患者がいるところは、あの地震の後、自家発電を持ったわけです。われわれは危機の防衛を始めています。首相の再稼働の理由には使えません。
 まず、主権者である国民がしっかりするしかないと思います。たまたまヨーロッパに行ったときに、ブダペストで静かな国会風景を見ました。しかしその数日後、何万人もの人たちが国会を埋めるのを見ました。ギリシャでもイタリアでもあっという間に人々がスマートなデモをするのを見ました。許せないことに集まって抗議する政治的な風土を大切にするべきです。
 6月から7月にかけての田舎芝居のような国会のカラ騒ぎ。国民の怒りも窮状も無視した政権亡者の集まりのような停滞ぶりでした。しかも「与野党の結束」で消費税値上げに踏み切ったのです。これほど政治の責任が問われ、有権者の怒りもふくれあがるときに、唯我独尊の野田首相に「あなたが手にしている権限の大きさ、責任の重さを考えよ」と言いたい。20年、30年先の日本の未来、子どもたちの将来を考えて決めるべきことであると、飽きずに言い続けます。

〈インタビューを終えて〉
インタビューを終えて、少しの疲労感と爽やかな思いをもって小雨降る道を帰りました。「沖縄をわかろうと思うが、決してわかったとは言えません。それほど重いものがあると思う」。誰も書かない、歴史の表舞台に立たない人間の、しかし大切な言葉を、地道で膨大な作業を繰り返しながら掘り起こしてきた澤地久枝という人の、心根を感じた言葉です。でもやはり、旧満州(中国東北部)から引き上げ苦労した人生を、わかったとは言えないのだろうと思います。素敵な時間をいただきました。ありがとうございます。(藤本 泰成)


17万人が参加「さようなら原発集会」開催される
再稼動を許さず、命を未来につなげよう

 7月16日、脱原発運動では、日本ではこれまで最大規模の17万人が参加して「さようなら原発集会」が、東京・代々木公園で開かれました。猛暑にもかかわらず、会場には北海道から九州まで全国からの参加者、家族連れや団体、グループ、個人が、朝早くから続々と集まりました。

合意無き国策のもとに原発がつくられてきた
 11時過ぎには早くも会場は参加者で埋め尽くされ、メインステージでは呼びかけ人などから訴えが相次ぎました。「たかが電気のために、なぜ命を危険にさらさなければならないのか」と音楽家の坂本龍一さんが批判。経済評論家の内橋克人さんも「合意なき国策の上に、日本中に原発がつくられてきたことに、はっきりと“さようなら”の声をあげよう」と語りました。さらに、作家の澤地久枝さんは「未来に続く命のために、私たちが今できることをやろう」と訴えました。

大飯原発の再稼働で私たちは侮辱された
 大飯原発3号機の再稼動に対しても厳しい声があがりました。作家の大江健三郎さんは「750万人余の署名を政府に提出した直後に再稼働されてしまった。これは私たちが侮辱されているということだ」と怒りをあらわにし、作家の落合恵子さんも「野田首相が国民というとき一体誰を見ているのか。ここにいるのが国民、市民だ」と、再稼動を止めようと訴えました。
 東京での「さようなら原発集会」に初めて参加した作家の瀬戸内寂聴さんは「悪いことはやめさせるよう政府に言い続けよう」と、90歳とは思えない元気な声で呼びかけました。さらに、大飯原発のある福井から中嶌哲演さん(福井県小浜市の明通寺の住職)が参加し「再稼働は死刑判決を受けたようなものだ。第2のフクシマにしてはならない」と訴えました。

原発ゼロシナリオを実現しよう
 これからのエネルギー政策のあり方について、作家の鎌田慧さんは「絶対に原発をゼロにさせなければならない。そのために、政府にどんどん意見を言っていこう」と呼びかけました。会場内のブースでも、2030年の原発依存度に関するパブリックコメントの呼びかけが行われ、参加者は「原発ゼロシナリオ」を求めようと用紙に記入していました。
 集会の最後に、昨年9月19日の「さようなら原発集会」のスピーチが感動を呼んだ武藤類子さん(ハイロ〈廃炉〉アクション福島原発40年実行委員会)が立ち、「絶望こそ希望だ、という言葉がある。声なき声をともにあげ、分断されることなく、ともに歩んでいこう」と力強く訴えました。

思い思いにアピールしたパレード行進
 この他にも、三つのステージが設けられ、それぞれ関係者や全国、そして韓国からの参加者も含めてのトークやライブが行われました。集会と併行しながら、パレード行進が三つのコースに分かれて行われ、参加者は思い思いにプラカードや横断幕、うちわなどを掲げて、「原発反対!」「再稼動を許すな!」などとアピールしながら、元気よく行進しました。


「さようなら原発」の声はつながる!
あきらめない信念でしっかりやり続けよう

平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成

 「生活者の肌感覚を蔑まない政治が、今こそほしい」7月17日付の朝日新聞の「天声人語」は「さようなら原発10万人集会」に触れて、そう締めくくりました。3.11東日本大震災と福島原発事故後、平和フォーラム・原水禁は「一人ひとりの命に寄り添う政治」をつくらなければと主張してきました。首相官邸を取り巻く市民の声を「大きな音」と表現した野田佳彦首相は、この言葉をどのように聞くのでしょうか。

「ゼロシナリオ」の選択に向けた取り組みを
 政府のエネルギー・環境会議は、2030年に原発依存度0%の「ゼロシナリオ」、15%、そして20~25%の三つの選択肢を示し、8月末までに結論を出すとしています。現在、パブリックコメント(パブコメ)の意見募集と全国11都市での意見聴取会が開催されています。また、討論型世論調査も実施するとしています。
これまで電力会社の組織的対応から、多くの批判を受けてきたにもかかわらず、聴取会では、15日の仙台市で東北電力執行役員が、16日の名古屋市では中部電力の課長が原発推進の意見を表明し、批判が噴出しました。政府は、電力会社関係者を聴取会から排除することを決定しましたが、私たちはこのような「倫理」なき勢力と闘わざるを得ないのです。「さようなら原発1000万人アクション」の取り組みを継続してきた平和フォーラム・原水禁は、全力をあげて「ゼロシナリオ」の選択に向けて取り組みを進めなくてはなりません。
 一方で、政府が未だ「核燃料サイクルシステム」つまり使用済み核燃料の再処理によるプルトニウム利用政策を放棄していません。原子力基本法に「我国の安全保障に資する」という文言が追加され、韓国などから非核三原則放棄、核兵器保有への道を開くと非難されるように、核抑止力保持の狙いがあると見られても仕方ないような政策は採るべきではありません。すでに破たんしているプルトニウム利用については、核兵器廃棄の立場からも放棄させなくてはなりません。

危険な活断層──再稼働の阻止へ
 もう一つの重要なポイントは、福島原発事故以降、示されてきた「活断層」の新しい知見です。中越沖地震によって大きな被害を受けた柏崎刈羽原発やメジアンライン(中央構造線)やフォッサマグナ(中央地溝帯)などの上にある浜岡原発、伊方原発、川内原発などは論外として、大飯原発、敦賀原発、泊原発、志賀原発、島根原発、建設中の大間原発などで新しい活断層の問題が浮上しています。これは、今まで活断層の危険性が電力会社と政府や原子力安全・保安院などによって隠されてきた事実を如実に物語っています。
何が何でも大飯原発を再稼働させようとした関西電力は、活断層ではないと強弁していますが、この不遜な態度は、福島原発事故以前に大規模な津波を指摘されたにもかかわらず、一顧だにしなかった東京電力と共通するものです。良識ある研究者の皆さんとともに、科学的見地から再稼働を阻止していく闘いに取り組むことが重要です。

「脱原発基本法」の制定を
 そのような取り組みを踏まえつつ、原子力発電からの脱却の道のりを法的に促進するために、脱原発基本法の制定も重要です。原発廃炉の費用と方法、原発立地県へは今後の経済対策や原発事故被害への対応、将来のエネルギー確保など、基本政策を法的な枠組みの中に押さえ込むことが必要であり、政権交代によって方針がぶれることの無いようしっかりとした位置づけが重要です。そのためにも、脱原発派の議員を結集する取り組みを続けなくてはなりません。
 「さようなら原発1000万人アクション」は、6月15日に750万を超える署名を内閣総理大臣に提出しました。しかし、その翌日、政府は大飯原発の再稼働に踏み切りました。呼びかけ人の大江健三郎さんは「私らは侮辱の中に生きている。(中略)原発の恐怖と侮辱の外に出て自由に生きることを、皆さんを前にして心から信じる。しっかりやり続けましょう」と呼びかけました。
 今、私たちには「あきらめない」という信念が必要です。正義は、私たちの側にあります。小さな声は、17万人の声につながりました。署名は780万を超えました。多くの市民が、全国でつながっています。「さようなら原発」の声でつながっています。


被爆67周年原水爆禁止世界大会の課題
「核社会」を問う大会をめざそう

 昨年3月11日の東日本大震災は、各地に甚大な被害をもたらし、東京電力福島第一原子力発電所では、日本の原発史上最悪の事故を引き起こしました。これにより原発の「安全神話」は完全に崩れ去りました。事故による大量の放射能は、海・空・大地を汚染し、いまもなお多くの人々が故郷を奪われ、肉体的にも精神的にもさらに経済的にも多くの苦難を強いられています。あれから1年5ヵ月が過ぎようとする中で、今年の被爆67周年原水爆禁止世界大会が開かれます。今年の大会は、7月28日の福島大会から、広島大会、長崎大会(8月4日~9日)と続いていきます。
 私たちはこれまで、原水禁世界大会で「核と人類は共存できない」と、繰り返し訴えてきました。その理念は変わらず、今年の大会でも反核・脱原発・ヒバクシャ連帯を基本に「核社会」がもたらす闇を告発していきます。

原発に頼らないエネルギー政策の展開
 5月5日には全原発停止という歴史的な日を迎え、原発がなくても日本の電気は足りることを示しました。しかし大飯原発の再稼働など、原発推進派はその生き残りを賭けて動きを強めています。今年の大会は、原発問題に重点を置き、分科会を増やしました。特に収束の見通しが立たない福島原発事故の現状や志賀原発、大飯原発の断層問題も浮上し、地震と原発の問題、原発に頼らないエネルギー政策の展開など、様々な角度から専門家の意見や現地報告を受けます。上関原発問題で祝島へのフィールドワーク、さらに福島大会でも被災地訪問などが組まれています。
 8月は政府のエネルギー・環境会議が今後のエネルギー政策で原発の占める割合を「20~25%」、「15%」、「0%」を問う聴取会やパブリックコメントを求めています。圧倒的な「0%」の声を集中することが重要となっています。原発がなくてもこの夏を乗り切ることができれば、新エネルギーの拡大とあいまって今後のエネルギー政策の中で、原発の存在理由がますます薄くなることは明らかです。脱原発の進むドイツから緑の党の国会議員を招へいし、ドイツの現状を報告していただき、その取り組みを学びます。7月16日の「さようなら原発10万人集会」には、17万人が結集しました。その思いを大会にもつなげます。

東北アジアの平和と安定に向けて
 今年4月、北大西洋条約機構(NATO)の外相・国防相会議は、オバマ米大統領の「核なき世界」の声明や「核態勢の見直し」に呼応して、核兵器非保有国に対して核兵器を使用しない「消極的安全保障」の導入を決めました。米ロの核兵器削減交渉の進展次第では、射程の短い戦術核の削減の用意があることも表明されています。今後、イランでのウラン濃縮問題や北朝鮮の核開発問題などの解決を含めて、核兵器廃絶の動きを加速させなくてはなりません。被爆国日本が、核兵器廃絶、特に東北アジアの非核地帯構築に向けて、イニシアチブを発揮していくことが重要であり、その意味で国内の反核運動の責任は大きいと言えます。
今年の大会では、東北アジアの平和と安定に向けた取り組みについて議論を深めます。東北アジアの非核地帯化の推進やオスプレイ配備反対、沖縄の基地強化反対などの課題を深めていきます。

ヒバクシャ課題の前進を
 ヒバクシャの課題は、福島原発事故で新たな局面を迎えました。広範囲に拡がった放射能は、各地に様々な被害をもたらしました。ヒロシマ・ナガサキ、そしてビキニ、JCOと続いた核被害の歴史に新たな被害が付け加わりました。
 高齢化するヒロシマ・ナガサキのヒバクシャの残された課題の解決と、福島原発事故による被曝の問題を中心に議論を深めます。特に被爆体験者や在外被爆者、被爆二世・三世の問題を取り上げます。さらに世界のヒバクシャとの連帯ではチェルノブイリ原発事故のヒバクシャで支援活動をされている方もお招きし、経験を交流します。


民・自・公が原子力基本法を改定
保守派の日本核武装への執念

ほとんど審議されることなく改正
 原子力基本法の「第2条」に、「原子力の研究、開発、利用は、平和目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする」と書かれています。これは1954年に政府が強引に原子力開発を進めようとした際、日本学術会議第17回総会が大論争の末、「民主・自主・公開」の原子力3原則を声明として発表し、それを政府が基本法第2条に反映したものです。
 ところが民主・自民・公明の3党協議の中で、突如として原子力基本法「第2条第2項」に「安全保障に資することを目的として」が加えられ、ほとんど審議されることなく6月20日に成立してしまいました。日本の保守派にとっては、日本の核武装への一つのハードルが取り払われたとも言えます。

日本核武装への技術的、社会的問題は?
 現在の核兵器は「ブースター爆弾」と呼ばれるタイプが主流で、全ての核保有国は、このタイプの弾頭を保有しています。北朝鮮も同じタイプを追求していると言われます(詳しくは「原水禁世界大会・討議資料」を参照)。中空のプルトニウム(もしくはウラン)の球体の内部に重水素、三重水素を注入し、核分裂→核融合→核分裂というプロセスを経ます。水素爆弾と同じプロセスですが、ブースター爆弾の特徴は、プルトニウムの球体を大きくしたり、小さくしたりすることで、爆発威力を1キロトン(広島原爆の16分の1)程度からメガトン級まで様々な核爆弾製造が可能だということです。
 ブースター爆弾の仕組みは、米国がマンハッタン計画で原子爆弾を製造する過程で見つけ出されたもので、マンハッタン計画の研究者の一人、エドワード・テラーが特許申請しています。
米軍は1960年代に太平洋でブースター爆弾の実験を行ったらしいことが、リチャード・ローズの「原爆から水爆へ」(原題:Dark Sun・2001年)に書かれています。リチャード・ローズは「原子爆弾の誕生」で1988年にピューリッツァー賞を受賞していますが、核兵器情報の厳しい米国で、可能な限りわかりやすく書かれていて、翻訳も優れています。
 日本が核武装へ進む場合も、当然ブースター爆弾と考えられ、プルトニウムを原材料にすると、原子炉級も可能で、技術的な問題も一定の時間をかければ可能と考えられます。しかし核兵器保有の目的は主要には戦争抑止ですから、保有していることを世界に知らせる必要があり、そのためには核実験が不可欠です。イスラエルだけは特殊ですが、後に核兵器保有を様々な形でリークしていきます。
 では日本に核実験場は存在するのか。多くの核武装論者も、この点に触れていませんが、国民感情や国際的環境からも、核実験場は存在しないと言えます。さらに米国のアジア・太平洋での軍事戦略は、日本の補完的参加が不可欠になっていて、つまり日本も米軍の戦力に頼らなければ、アジアで政治的影響力は維持できない状況にあるのです。米国は日本の核武装に一貫して強い警戒感を抱いていて、日本の核武装を容認することは考えられません。

核武装につながる核燃料サイクル政策
 1968年1月30日の施政演説で佐藤栄作首相は、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の「非核3原則」を表明しましたが、核武装問題が日本で本格的に論じられるようになるのもその頃です。すでに核拡散防止条約(NPT)は63年に国連で可決されており、68年には62ヵ国が署名。日本に対しても署名・批准の圧力が増していました。日本は70年2月に署名しましたが、条約を国会で批准するのは76年6月になってからです(NPT自体は70年3月に発効)。
 佐藤内閣は、外務省内に非公式の「外交政策委員会」を68年に発足させ、「わが国の外交政策」という報告書を作成しました。それには、「核政策についてはNPTに参加するか否かにかかわらず、当面核兵器を保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に維持するとともに、これに対する掣肘は受けないよう配慮する」と書かれています。これは外務省の核武装オプションの維持というよりも、日本の保守派が守り続けたいオプションであり、それにつながる核燃料サイクル政策も維持したいことが理由なのです。私たちにとって、脱原発と核兵器廃絶の運動は、ますます切り離せなくなってきていると言えます。

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 被曝67周年原水爆禁止世界大会・福島大会の参加者は、7月29日に、大震災と福島原発事故で被災した飯舘村、南相馬市の視察を行いました。竹中柳一県平和フォーラム顧問などの案内のもと、46名が参加しました。
 飯舘村が近づくにつれて、参加者全員に渡された線量計の音が高くなり、数値も毎時2マイクロシーベルト前後になってきました。全村避難をしている飯舘村では、人の姿もまれで、静かに家や商店の建物だけが佇み、田んぼや畑は雑草が伸び放題となり、隣町との差が歴然としています。
 村の中で空き巣などの防止をしている「飯舘村見守り隊」な方の話では、24時間3交替で各地区を毎日見回っているとのこと、「事故さえなければ、本当に美しい村なんです」と語られました。参加者は村内の飯樋小学校や飯舘村公民館でバスを降りて、放射線量の測定を行いましたが、コンクリートの上に比べ、草むらや用排水路周辺の線量が異常に高いことに改めて事態の深刻さを確認しました。(写真左は放射線計測をする参加者)
 途中では農地の除染の実験現場もありましたが、山間地域の除染はまだ手つかずの状態とのことで、村がいつ元に戻れるか、見通しが立っていません。

 次に、最近まで原発から20キロメートル圏内として、立ち入り禁止措置が取られていた南相馬市小高地区を視察しました。ここは年間20ミリシーベルト以下の線量であることから、4月からは避難指示解除準備区域となり、立ち入りが可能になりました。しかし、1年以上、立ち入りが禁止されたため、家や農地にはガレキや壊れた車が放置され、手着かずの状態が続いています。(写真右)
 一方、同じ津波被害を受けても、20キロメートル圏外の地区ではガレキの片付けも終わり、広大な農地の跡地は太陽光発電のメガソーラーの建設計画地区となっていました。海ではサーフィンをする若者もいました。
 案内者の竹中さんは「ガレキの片付けなどのため、人が集まって、ホテルなどは満杯状態だ。しかし、商店や病院では働き手が避難して、人手が不足している。高速道路も鉄道も再開できず、南相馬市周辺の交通の便がかなり悪い」と状況を説明しました。さらに竹中さんは「全国には50基を越える原発があり、いつでも福島と同じ状況になる危険性がある。全国のそれぞれの地で脱原発の運動を強めてほしい」と訴えました。

 

 被爆67周年原水爆禁止世界大会・福島大会アピール

 昨年3月11日、東日本一帯を襲った巨大地震は、多くの命と生活基盤を根こそぎ奪い取る未曾有の被害をもたらしました。あらためて震災で犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。
 この震災によって福島第一原発は、電源喪失、メルトダウン、水素爆発などで海・空・大地を大量の放射性物質で汚染し、その影響は長期に渡るものとなっています。環境はもとより、人々の暮らしや健康を破壊し、社会・経済に崩壊と混乱をもたらしました。福島では、いまも16万人を超える避難者を生み出しています。残念ながらいまも事故は収束に至らず、収束に向けた取り組みは40年、50年と長期に渡ることが明らかになっています。その間さらに被害が拡大することも心配されます。私たちは一日も早い事態の収束を願い、東京電力や政府関係者のさらなる努力を強く要請します。
 国会の事故調査委員会は、今回の事故を政府や東電による「人災」であったと厳しく指弾しています。長年の馴れ合い体質、技術に対する驕りなど「原子力ムラ」が抱えていた問題が明らかとなりました。私たちもこれまで地震や津波の危険性を訴え、地震大国日本における原子力施設の立地の危険性を強く訴えてきました。しかし、力及ばず、今回の事態を迎えてしまいました。原子力推進派は、原子力発電所の「安全神話」を宣伝し、原発震災を問題としてきませんでした。経済効率を優先し、安全性をないがしろにしてきた結果が今回の事故につながったのです。その責任は重大です。
 今後、事故の収束と被災者への謝罪と賠償、健康への補償など様々な課題が山積しています。厳しい環境に置かれている被災者へ早急な取り組みが求められています。さらに放射能汚染の実態や事故原発の現状に関する正確な情報公開も必要となっています。私たちは、核による被災者の要求を支えていくことが重要です。被災者支援にさらに力を入れていきましょう。
 福島原発事故は、チェルノブイリ原発事故と並ぶ原発史上最大級の事故となりました。ヒロシマ・ナガサキが原爆の惨禍から立ち上がったように、私たちはまた、この「フクシマ」から立ち上がらなければなりません。放射能被害の下で「健康」や「生活」への不安、差別と偏見を断ち切らねばなりません。
 これまで私たちは「核と人類は共存できない」として、核兵器廃絶とヒバクシャ支援、脱原発の運動を進めてきました。今、あらためてその運動の質が問われています。「フクシマ」の現実とどう向き合っていくのかが、私たちの大きな課題です。
 今年の被爆67周年原水爆禁止世界大会は、ここ福島大会を皮切りに、広島大会、長崎大会と続いていきます。原発も基地も戦争も、合意なき「国策」として、私たち一人ひとりの「命」を軽んじてきたものです。もうこれ以上「命」が軽んじられてはなりません。豊かな自然とすこやかな「命」を守るためにここ福島から声を上げ、大きな行動や政策転換に結び付けていきましょう。
 私たちは「核」に負けてはいけません。そして豊かな福島を取り戻しましょう!

2012年7月28日
被爆67周年原水爆禁止世界大会・福島大会

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  7月28日、福島市の県教育会館を会場に、被爆67周年原水爆禁止世界大会・福島大会が開催され、福島~広島~長崎と、8月9日まで続く原水禁大会がスタートしました。
 会場には約1050人が参加。主催者あいさつでは、川野浩一大会実行委員長(原水禁議長)が、この間の原発問題にかかわる政府の対応にふれ、「いま急ぐべきは東日本の復興で、原発の再稼働ではないし、電力料金の値上げでもない。愛するすべての人たちのためにがんばりましょう」と、大会が福島から始まる意義などを強く訴えました。
 五十嵐史郎福島県平和フォーラム代表による歓迎あいさつに続いて、藤本泰成大会事務局長(原水禁事務局長)による大会の基調が提起されました。
 福島の現状報告では、大内良勝県平和フォーラム事務局次長が、震災から1年半が過ぎた中で、「皆さん、どうか福島のことを忘れないでください」と訴えました。また、元・原子炉設計技術者の後藤政志さんによる、専門家の目線からみた、福島第一原発事故の現状と再稼働問題に関する講演に続いて、医師で福島県内でも放射能の影響調査などについての活動を行う振津かつみさんが原発事故と放射能に関する講演を行いました。
 福島と同じく、東日本大震災の被災地である宮城から、宮城県護憲平和センターの菅原晃悦事務局長が、県内の現状についての報告を行いました。大会アピールが読み上げられた後、小西清一大会副実行委員長(原水禁副議長)の閉会あいさつを受けて、参加者はJR福島駅前までデモ行進を行いました。デモ行進では、東京での官邸前行動などに関心のある市民が、参加者に声をかける場面などが見受けられました。

■被爆67周年原水爆禁止世界大会・福島大会アピール

→詳報  →フィールドワークの報告 →ビデオ報告


被爆67周年原水爆禁止世界大会 概要
国際会議 8月5日(日)13:30~17:00
「脱原子力に向けた構想力─フクシマ以後の原子力」(仮称) 
               アークホテル広島

福島大会 7月28日(土)13:30~17:00
               福島教育会館
広島大会 8月4日(土)~6日(月)
         4日 開会総会「核兵器廃絶2012平和ヒロシマ大会」
       グリーンアリーナ(県立体育館)
       5日、6日 分科会・ひろば・まとめ集会
             県民文化センター、ほか
       5日 メッセージfromヒロシマ2012(子どものイベント)
           グリーンアリーナ武道場
長崎大会 8月7日(火)~9日(木)
         7日 開会総会「核兵器廃絶2012平和ナガサキ大会」
        県立総合体育館
       8日、9日 分科会・ひろば・閉会集会~平和行進
           ブリックホール、ほか8日 ピース・ブリッジinながさき2012(高校生のイベント)

 福島大会.JPG福島デモ行進 .JPG

 7月28日、福島市の福島県教育会館で「被爆67周年原水爆禁止世界大会・福島大会」が開かれ、福島県内や全国から1050人が参加しました。昨年3月の東京電力福島第一原発事故を受けて初めて開催した昨年に続き二回目の開催。原発事故の収束と被災者への謝罪と賠償を求めるとともに、「脱原発に向けて福島から声をあげて政策転換に結び付けよう」と確認し合いました(写真左)。
 大会の冒頭、東日本大震災の犠牲者に黙とうをささげた後、主催者あいさつに立った川野浩一・大会実行委員長(原水禁議長)は「原発事故の原因究明もされない中で大飯原発を再稼働させた野田政権は無責任だ。二度と悲惨な原発事故が起きないようにするには全ての原発を止めるしかない」と呼びかけました。
 開催地を代表し、福島県平和フォーラムの五十嵐史郎代表は「いまなお16万人が避難生活を強いられ、さらなる原発事故の危険性が続いている。この悲惨な状況を忘れないでほしい」と訴えました。
 基調提起を藤本泰成・大会事務局長が行い「福島から始まり、広島、長崎へと続く今年の大会は、核社会を問う大会にしたい。福島原発事故から脱原発へ舵を切ろう。そのために原発再稼働を許さず、政府が進める新たなエネルギー政策として2030年の原発依存度を0%にさせよう」と提起しました。
 福島の現地報告を県平和フォーラムの大内良勝事務局次長が行い「県民は見えない恐怖の中で生活している。医療費の免除などを要求しても実現しない。精神的に壊れそうでも、声を出せずにガマンしている人が多い」と実情を訴えました。
 元原子力プラント設計技術者の後藤政志さんが「福島原発事故と再稼動の危険性」と題して講演。「未だに事故は収束していない。使用済み燃料を取り出す作業だけでも十数年の時間が必要だ」などと事故の深刻さを語り、「地震国日本で安全な原発はない。また、放射性廃棄物の処理は見通しが立たない」など、原発の危険性を強調しました。
 次に医師で、チェルノブイリ・ヒバクシャ救援を続ける振津かつみさんが「チェルノブイリの経験からも、低線量でも被曝の健康リスクがある。広島、長崎の被爆者運動の経験にも学び、国家補償に基づく被災者への総合的な援護を」と講演しました。
 宮城県護憲平和センターの菅原晃悦事務局長から、宮城での放射能汚染の現状や東北各県の取り組みの報告もありました。最後に大会アピールを参加者全員で確認して、終了しました。
 大会後、参加者は福島市内をデモ行進し、「原発のない福島を」などと訴えました(写真右)。

 

 

被爆67周年原水禁世界大会 福島大会

昨年に続き、今年も原水禁大会は福島からスタートします。

日時:7月28日(土)13:00~17:00
場所:福島県教育会館(福島市)
    JR「福島駅」から車で10分
内容:〈集会〉
    黙とう、主催者あいさつ、地元あいさつ、大会基調提起、福島からの報告、
    講演「福島第一原発事故の現状と課題」 後藤政志(元東芝・原子炉格納容器設計者)、
    原発事故と放射能」振津かつみ(医師)、各地の報告、大会アピール、閉会
    〈デモ〉
    15:40福島県教育会館~JR福島駅前(16:30流れ解散)

→被爆67周年原水禁世界大会の全日程はこちら

被爆67周年原水爆禁止世界大会基調

被爆67周年原水爆禁止世界大会基調

1.はじめに──核社会を問う原水禁大会に!
 2011年3月11日の東日本大震災とそれによる津波が東日本一帯を襲い、甚大な被害をもたらし、東京電力福島第一原子力発電所では、日本の原発史上最悪の事故を引き起こしました。これにより日本の原発の「安全神話」は完全に崩れ去りました。事故による大量の放射能の拡散は、海・空・大地を汚染し、人体や環境に大きなダメージを与え続けています。今もなお多くの人々が故郷を奪われ、肉体的にも精神的にもさらに経済的にも多くの苦難を強いられています。あれから1年5ヵ月が過ぎようとしていますが、いまだ事故の収束には至らず、事故に起因する様々な問題が噴出し続けています。一刻も早い事故の収束と事態への対応が求められています。
 私たちはこれまで原水爆禁止世界大会で「核と人類は共存できない」と、繰り返し訴え、反核・脱原発・ヒバクシャ連帯を基本に「核(依存)社会」がもたらす状況を告発してきました。そしてフクシマの事態を前にして昨年の大会でも「核社会」からの離脱を強く訴えました。「核社会」が人類の生存(いのち)に関わる重大な問題をはらむ実態を訴えてきました。その基本は今年も変わっていません。むしろフクシマ原発事故から1年5ヵ月が過ぎ、ますます「核」が抱える問題が、人間の「命」という基本的な問題であることが鮮明になっています。核兵器や原発がもたらす「核社会」からの離脱は、人類にとって重要な課題となっています。

2.脱原発へ舵を切ろう
(1)フクシマ原発事故から脱原発へ
 核被害に軍事利用や商業利用の区別がないことが、フクシマによって改めて示されました。ヒロシマ─ナガサキ─ビキニ─JCOと続いた核被害の歴史に新たにフクシマが加わりました。ヒロシマ・ナガサキの被爆者は、被爆から67年たった今でも苦しみ続けています。そしていま、福島原発事故で新たなヒバクシャが生まれています。辛く悲しい現実に目を向け、核被害の実態を見つめなければなりません。
 フクシマ原発事故の原因は、国会の事故調査委員会の報告でも、政府や東電による人災であることが厳しく指摘されました。長年の馴れ合い体質、技術に対する奢りなど「原子力ムラ」が抱えていた負の部分が、事故調査委員会やマスコミの手によって明らかにされてきました。さらなる原因究明と再発防止にむけた議論が深められることが重要です。
また、環境に放射能が大量に拡散し、環境や健康、社会、経済に大きな影響を与えました。被災者に対する賠償が今後の大きな焦点になってきます。金銭的なものだけでなく精神的な面までも含めて十分賠償する必要があります。特に国策による「人災」である今回の事故は、東京電力や政府が国家賠償にもとづいて被災者の健康維持と生活保障の対策を講じるべきものですが、その負のツケを電気料金の値上げなどに転嫁することは許せません。
フクシマ原発事故の収束の見通しはいまだ見えないなかで、私たちも被災者を支援すると同時に二度とフクシマを繰り返させないためにも脱原発の運動をさらに強めていくことが必要です。

(2)再稼働を許さない!
 5月5日、日本の全原発が停止しました。「原発が止まれば、日本は止まる」と喧伝された電力不足は起こりませんでした。しかし、原発全停止に危機感を感じた原発推進派は、夏の電力危機をあおり立て関西電力大飯原発3・4号機の再稼働を強行しました。再稼働を強行した政府・原発推進派は、電力不足の喧伝を強化し、脱原発を主張する政治家などに圧力をかけ、伊方や泊などを中心に更なる原発再稼働を目論んでいます。
 大飯原発の再稼働には、周辺市町村や滋賀県、京都府、大阪市などが、安全対策が完全ではないとして強い反対の姿勢を示してきました。しかし、政府・電力会社その他の圧力の中で、再稼働を「限定」容認しました。しかし、原発の安全が確保されたわけではありません。フクシマ原発事故の事故原因もいまだ究明されず、震災後の十分な知見を反映させることができない中にあって、新たな活断層の危険も指摘されています。防災対策も不十分で、住民の「安全・安心」への説明責任も果たさず、経済効率のみをとらえ政治判断を優先させたのです。私たちは再稼働ありきの強引な進め方を許すことはできません。各地で予想される再稼働の動きを、全国的な課題ととらえ現地と連帯し再稼働を許さない取り組みが重要となっています。
 6月5日、東京電力は、柏崎刈羽原発に向けて東海村から230体の核燃料を輸送しました。東京電力の再建計画では、柏崎刈羽原発の稼働が前提となっていますが、フクシマ原発事故の原因・対応さえ不明確な中で、再稼働の準備を進める東電の姿勢は、5年前の中越沖地震の被害と重ね、地元として到底受け入れがたいものです。東電の再建計画に福島第二原発や柏崎刈羽原発の再稼働が前提になっていること自体が問題で、柏崎刈羽原発の再稼働を認めるわけにはいきません。

(3)破綻するプルトニウム利用路線
 これまで日本が進めてきたプルトニウム利用路線は、六ヶ所再処理工場や高速増殖炉もんじゅの計画が破綻しているにもかかわらず、いまだ放棄されていません。政府がこの夏にまとめようとするエネルギー・環境会議の議論でも、全量再処理は放棄するものの、直接処分と再処理を併用する路線を推し進めようとしています。高速増殖炉技術の確立されるとは、米・英・仏・独など多くの国が開発を放棄している世界の現状からは困難としか言いようがありません。プルトニウム利用そのものが技術的にも経済的にも破綻し、軽水炉でのMOX燃料としてしか利用できないのが現状です。このことは「原発に依存しない社会をめざす」とする政府の姿勢と大きく矛盾するものです。将来にわたって禍根を残すプルトニウム利用路線の放棄を強く求めるものです。

(4)原発「0%」の選択を
 政府のエネルギー・環境会議は、この夏、国民的議論を経て新しいエネルギー政策をまとめようとしています。2030年の原発依存度を20~25%、15%、0%の三つの選択肢を提示して国民的議論をしようとしています。仙台、名古屋での意見聴取会では、発言者の中に電力関係者が含まれるなど、公平性の確保や運営方法に大きな問題を起こしました。だからこそ、市民からの圧倒的な原発「0%」の声の結集は極めて重要です。この夏のエネルギー環境・会議に対して全力を上げて原発「0%」の声を集中させ、同時に政府が言う2030年という年月を待つことなく、速やかな全原発の廃炉を実現することが重要です。
 原発なしでも可能なことは、先の「5月5日」が示した現実を見ればわかります。私たちは「脱原発は可能だ!」ということを具体的に示さなければなりません。節電を実行し安易に電力に頼る生活を見直し、加えて省エネや再生可能エネルギーを積極的に進めることが必要です。

3.核兵器廃絶に向けて
 今年4月、NATO(北大西洋条約機構)の外相・国防相会議は、米国オバマ大統領の「核なき世界」の声明や「核態勢の見直し」に呼応して、核兵器非保有国に対して核兵器を使用しない「消極的安全保障」の導入を決めました。米ロの核兵器削減交渉の進展次第では、射程の短い戦術核の削減の用意があることも表明されています。今後、イランでのウラン濃縮問題や北朝鮮の核開発問題などの解決を含めて、核兵器廃絶の動きを加速させなくてはなりません。被爆国日本が、核兵器廃絶、中でも東北アジアの非核地帯構築に向けて、イニシアチブを発揮していくことが重要であり、その意味で国内の反核運動の責任は大きいと言えます。
 一方で、今年3月にソウルで開催された「核セキュリティサミット」の最中に、米国オバマ大統領は、韓国外国語大学で演説を行い「テロリストの手に渡ることを防ぐためにも、分離したプルトニウムを大量に増やし続けることは絶対にしてはならない」と述べました。背景には、韓国に対する強い意向がありました。現在、分離プルトニウムは世界で250トン、核兵器に直すと約3万発分にものぼります。日本はその内約45トン、5,000発分ものプルトニウムを所有しています。核不拡散の視点からも、プルトニウム問題は重要な課題となっています。
 2011年8月の「報道ステーション」などで、自民党石破茂衆議院議員(当時政調会長)は、「潜在的な核抑止力」を持ち続けるためにも原発を止めるべきではない旨主張をしました。また6月20日、民主、自民、公明3党はほとんど議論することなく原子力基本法に「日本の安全保障に資する」との文言を挿入しました。根強く日本国内に存在する核武装論の反映ともいえます。政府は、使用済み核燃料については全量直接処分とせず、再処理によるプルトニウム利用路線を残す方向にあります。NPT(核不拡散条約)加盟国の中の非核保有国にあって唯一プルトニウム利用路線を走る日本は、世界の中で極めて突出している存在です。日本はNPT非加盟国で核を保有するインドとの原子力協力協定を結ぶべく交渉を重ねています。このこともNPT体制を空洞化させるものとして許されません。
 2015年にNPT再検討会議が開催されます。日本政府は真に核兵器廃絶を世界に訴えるために何をしなくてはならないのかを厳しく自らに問わねばなりません。また2010年のNPT再検討会議で確認された中東非核化会議の実現にむけて努力しなければなりません。私たちもまた討議を重ねたいと考えます。「脱原発」のためにも「核兵器廃絶」のためにも、プルトニウム利用路線からの決別が求められています。

4.あらゆるヒバクシャへの援護・連帯を
(1)ヒロシマ・ナガサキの被爆者の権利拡大へ

 被爆者の援護施策の充実を求める運動の中で、「原爆症認定」を訴えた裁判闘争が各地で取り組まれてきました。その結果、被害者団体と政府の間で解決にむけた合意がなされ、「基金」の創設や厚生労働省と日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)などとの「定期協議」などが確認され、原爆症認定の課題は前進しました。一方で、改定した「新しい審査の方針」に沿って行われる審査の中では、多くの審査滞留や認定却下が出されるなど問題も多く、日本被団協は、原爆症認定制度の抜本的改善を当面の緊急課題として「援護法」の改正を求めており、更なる取り組みが求められます。
 ヒロシマ・ナガサキの被爆者の残された課題として、在外被爆者課題、被爆二世・三世課題、被爆体験者の課題などの解決が待たれています。在外被爆者の課題は、日本の戦争責任・戦後責任の問題と重なります。在外被爆者と国内の被爆者との援護内容に差があり、国籍を問わない被爆者援護法の趣旨からも問題があります。「被爆者はどこにいても被爆者」であり、差別のない援護の実現に向けてさらに運動を強化していかなければなりません。現在、在外被爆者がこれまでの政府の402号通達によって権利を侵害されたとする裁判が各国から提訴されています。政府は提訴されれば和解に応じますが、あくまで提訴があった場合のみにとどまります。政府は、自ら積極的に在外被爆者への補償に取り組む責任があります。さらに、政府は在朝被爆者に対して、これまで国交がないことを理由に一切の被爆者援護の取り組みを放棄してきました。政府は在朝被爆者が亡くなるのをあたかも待っているかのようです。これまで確認されていた384人(2008年)の被爆者は、年を重ねさらに減少しています。高齢化する在朝被爆者への援護が急がれています。日本の戦争責任・戦後補償が問われる問題でもあり、以前に増して取り組みを強化する必要があります。
 全国に散らばる被爆二世は、これまで援護なき差別のなかに置かれるという状況にありました。被爆者の子どもに生まれ、無理解な差別や健康不安を抱えながら生活してきました。現在もその実態が明らかにされない中で放置されています。実態の解明と共に被爆の影響を否定できない以上、国家補償にもとづく被爆者とみなした援護が求められています。二世・三世の問題は、フクシマ原発事故での被曝と次の世代の問題にもつながります。
 長崎の「被爆体験者」は、これまで当時の行政区域の違いだけで被爆者援護法の埒外に置かれてきました。長崎では「被爆体験者」は司法の場に訴えましたが、6月25日、長崎地裁は訴えを却下しました。判決は5㎞以内でしか被爆を認めず、健康被害に対しても因果関係の説明責任を被害者に押しつけるきわめて不当なものであり許し難いものです。爆心地からの距離は違わないのに、行政区域の違いだけで被爆者健康手帳の交付に差が出るという、公平性に欠ける状態は変わっていません。原告はさらに闘う決意を固め、福岡高裁に控訴しました。判決が5㎞以内の被爆者しか健康被害を認めないことは、今後の福島原発事故の被害補償にも大きく影響をすると考えられます。被爆者の権利の前進には全国から連帯して取り組んで行かなくてはなりません。

(2)フクシマ原発事故による核被害者への連帯を
 福島第一原発事故は、いまだに収束していません。原発は極めて高い値の放射能に汚染され、周辺環境への放出はいまだ続いています。農畜産物や海産物などへの被害も広がり、社会・経済にも大きな影響を与えています。フクシマ原発事故の収束は、野田内閣の重要課題となっています。事故の収束への対応と同時に事故による賠償や健康に関する対応の強化が求められています。
 私たちも、現地被災者の方々の要求に対応して、政府や事業者などへの働きかけを強化していかなければなりません。とくに被曝と健康については、子どもや妊産婦に対する援護と同時に、被害拡大を防ぐ事が必要です。さらに、事故の収束にむけて懸命に作業に従事する労働者の被曝にも目を向けなければなりません。多くの労働者が働き累積被曝線量も膨大に増えています。今後も事故の収束作業が長期化する中で被曝労働による事故も心配されます。被曝の低減や被曝労働者の権利の確立が求められています。
 国策による事故であり、根本的には国家賠償にもとづく「原発事故被害者援護法(仮称)」の制定が必要です。

(3)あらゆるヒバクシャへの援護・連帯
 ヒロシマ・ナガサキの原爆被害にとどまらず、あらゆる核開発の過程で生み出される核被害者への連帯や援護の取り組みは原水禁運動の重要な柱です。これまで原水禁世界大会で多くのヒバクシャとの交流を通じて、沢山のことを学んできました。そしていまも多くのヒバクシャが生み出されていることも確認してきました。原発事故や軍事機密のなかで行われた核実験によるヒバクシャの実態などを明らかにしていくことが必要です。海外の核被害者(団体)との連携では、昨年に引き続きチェルノブイリ原発事故の被害者・支援者を招きました。フクシマ原発事故による被害が明らかになる中で、チェルノブイリ原発事故から学ぶべきものはたくさんあるはずです。

5.終わりに──核社会の終焉を目指して
 フクシマ原発事故は、「核と人類は共存できない」ことを、現実として示しました。核の軍事利用も商業利用も、核開発過程の全てにわたって核被害を生みだすことでは同じです。私たちは事態の早期収束を強く願っていますが、現実は極めて困難な状況です。事故と事故による放射性物質放出、そして全ての原発から作り出された使用済み核燃料などは、きわめて長期にわたって、将来の世代に大きな負担をかけるものになっています。私たちは、フクシマ原発事故を踏まえて、少しでも負担を軽くするために、将来の世代に対して、原子力中心のエネルギー政策を転換し原子力によらないエネルギー政策に移行させる責任があります。歴史的な転換点としての3・11のフクシマ原発事故ととらえ、核社会、核文明を問う原水禁運動にしたいと考えます。その起点として被爆67周年原水禁世界大会で反核・脱原発そしてヒバクシャの援護・連帯をあらためて確認したいと思います。さらに世界に2万発以上の核兵器の存在と250トンのプルトニウムの存在は、人類に対する大きな脅威です。核社会の終焉が人類史的課題であることはもはや明らかです。
あらためて私たちは宣言します。核廃絶は可能だ! そして、脱原発は可能だ!
 

2012年7月28日に福島市で開かれた「被爆67周年原水爆禁止世界大会・福島大会」とデモ行進の様子をビデオにまとめました(9分26秒)

この会議に合わせアフリカの女性人権団体が、コンゴ(旧ザイール)で女性の12%がレイプ被害を受けている多くは銃で脅かされていると記者会見。

声明 原発依存、再稼働のシナリオを阻止しよう

フォーラム平和・人権・環境
原水爆禁止日本国民会議
事務局長 藤本泰成

   野田政権では、原発規制体制の強化の名のもとで、実は、原発依存をつづけようとする策動が進められている。
   エネルギーの将来像について、国民から意見を聴くと言いながら、第2のシナリオ(15%)に誘導しようとする意図がはっきりみてとれる。
   「生活のために必要」と大飯原発稼働を政治決断した野田首相が、この決断以降、原発依存脱却から明らかに後退し、原発依存の焼き直しをはかろうとする一連の動きを許すことはできない。
   原子力規制委員会の事務局たる原子力規制庁が、その配属職員を再び出身官庁に戻せないという点だけで、規制行政の独立性が保ったと評するのは、あまりに粗末な論理だ。
   原子力規制委員長の候補とされている田中俊一氏は、原子力損害賠償紛争審査会で、自主的避難者への賠償拡大に反対し、その際、「政府が避難の基準としている20mSV/年をゆるがすべきではない」と主張。住民の帰還基準を20mSv/年と主張してきた人物ではないか。原子力規制委員会は、そのトップに「原発ムラ」に属する人間を就任させるのか。
   一方、大飯3、4号炉につづく原発の再稼働に向けた演出が着々と準備されている。
   昨年9月、野田総理は所信表明で、「2030年までをにらんだエネルギー基本計画を白紙から見直し、来年の夏をめどに、新しい戦略と計画を打ち出す」と訴えた。しかし今、この「白紙からの見直し」が、エネルギー環境会議の3つのシナリオに矮小化され、史上稀に見る世論誘導がはかられようとしている。そもそも2030年を目標とするこの前提が、停止中の原発を再稼働させようとする意図に従属している。
   福島第一原発事故が地震に因るのか津波に因るのか究明されていない中、再稼働のためのシナリオでよいはずはない。
   だが、それでもエネルギー・環境会議が提起しているパブリックコメントと意見聴取会に背を向けてはならない。
   提示されているシナリオの中では、2030年原発依存0%=「ゼロシナリオ」こそが、唯一の脱原発のシナリオだ。私たちは、2030年に拘らず、できる限り早い時期に原発依存ゼロを求めて意見を投じねばならない。8月12日期限までパブリックコメントに意見を集中しよう。意見聴取会における出席、発言についての民主化を求め、核サイクル存続と原発依存の意図を砕こう。
   7月16日、さようなら原発10万人集会の成功は、あらたな脱原発運動の出発を予言している。
   志賀原発、大飯原発直下の活断層についての新たな知見を糧に、そして、原発推進派が原発を「安全保障に資す」との本来の目的を吐露したことを「糧」に、再稼働反対のとりくみを強化しよう。

  文部科学省が2011年10月に公表した「放射線副読本」について、福島原発事故と放射線被曝の人体への影響についてほとんど触れない内容であり、これまで多くの人々からその問題性が指摘されてきました。この間、福井における原発反対運動を支援する市民団体「若狭連帯行動ネットワーク」を中心に、「放射線副読本を撤回し回収すること」「原子力・エネルギー教育支援事業交付金を廃止すること」「子どもたちの学校と生活圏での被バクを減らし、健康と学習権を守る対策を講じること」の3点を求める署名が提起されています。 積極的なお取り組みをよろしくお願いいたします。

1.名称  「放射線副読本」の撤回を求める署名
2.呼びかけ  若狭連帯行動ネットワーク ほか →ホームページに署名用紙があります。
3.集約先  〒583-0007 藤井寺市林5-8-20-401 久保様方 若狭ネット
         TEL:072-939-5660 
4.締め切り  2012年9月30日(日)

 

政府が原子力規制委員会・委員長に原子力委員会委員長代理、元原子力学会会長の田中俊一日本原子力研究所副理事長、委員に中村佳代子・日本アイソトープ教会主査、更田豊志・日本原子力研究開発機構副部門長、大島健三・元国会事故調委員、島崎邦彦・地震予知連絡会会長を内定。田中俊一、中村佳代子、更田豊志の3人はいわゆる「原子力ムラ」の出身。

関西電力大飯原発4号機が再稼働。

7月16日に東京・代々木公園で開かれた「さようなら原発10万人集会」に、全国から17万人が参加した。集会のメインステージでの呼びかけ人などのスピーチやパレード行進の様子をまとめました(約9分50秒)

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脱原発運動では、日本でこれまで最大の17万人が参加して「さようなら原発集会」が7月16日、東京・代々木公園で開かれました。猛暑にも関わらず、会場には家族連れや団体、グループ、個人で、北海道から九州、沖縄、そして海外からの参加者が、朝早くから続々と集まりました。

 11時過ぎには早くも会場が参加者で埋め尽くされ、12時過ぎからメインの第1ステージは小室等さんなどによるオープニングライブからスタート。続いて集会が開かれ、まず7人の呼びかけ人からあいさつがありました。ルポライターの鎌田慧さんは、政府が今行っている2030年のエネルギー政策のあり方の検討について「絶対に原発ゼロにさせなければならない。そのためにどんどん意見を言っていこう」と呼びかけました。
 音楽家の坂本龍一さん(写真下)は「たかが電気のために、なぜ命を危険にさらさなければならないのか。お金よりも命が大事だ」と訴えました。経済評論家の内橋克人さんは、一部で起きている脱原発運動への中傷などを批判し「合意なき国策の上に、日本中に原発が作られてきたことに、はっきりと“さようなら”の声をあげよう」と語りました。

ビデオ報告はこちら


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 作家の大江健三郎さん(写真下)は、昨年来の1千万人署名などの原発反対運動の高まりのなか「この運動は勝つと確信した。しかし、大飯の原発再稼働を許してしまった。これは私たちが侮辱されているということだ。しっかりやり抜こう」と強調しました。また、作家の落合恵子さんも「原発はいりません。再稼働もいりません」と、再稼動を容認した野田首相を厳しく批判しました。
 澤地久枝さんは、集会に子どもたちも多く参加していることをあげ、「この未来に続いていく命のために、私たちが今できることをやろう」と訴えました。東京での「さようなら原発集会」に初めて参加した作家の瀬戸内寂聴さんは「これまでも日本で政府に文句を言う自由が奪われた時代があった。人間が生きるということは、自分以外の人の幸せのために生きていくことだ。悪いことはやめさせるよう政府に言い続けよう」と、90歳とは思えない元気な声で呼びかけました。賛同人から、原発問題の講演・著作も多い評論家の広瀬隆さんが「政府の言う電力不足は全くのウソだ。大飯原発は巨大地震に見舞われる危険な地帯にある。国民に一時的な負担があっても、まず原発を止めよう」と具体的に提起しました。再稼動された大飯原発のある福井から中嶌哲演さん(福井県小浜市の明通寺の住職)が参加し「大飯原発再稼働は死刑判決を受けたようなものだ。住民を無視した巨大な利権構造がある。第2のフクシマにしてはならない」と訴えました。
 集会の最後に、昨年の9月19日の明治公園での6万人集会のスピーチでも感動を呼んだ武藤類子さん(ハイロ(廃炉)アクション福島原発40年実行委員会)が立ち、「1年余にわたって、1人ひとりが考え、様々なことをやり遂げてきた」ことを讃えようと呼びかけながら、「絶望こそ希望だ、という言葉もある。声なき声をともにあげ、分断されることなく、ともに歩んでいこう」と力強く訴えました。 

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 この他にも、3つのステージが設けられ、それぞれ関係者や全国、そして韓国からの参加者も含めてのトークや、ライブが行われました。
 集会と併行しながら、パレード行進が3つのコースに分かれて行われました(写真下)。参加者は思い思いにプラカードや横断幕、うちわなどを掲げて、「原発反対!」「再稼動を許すな!」などとアピールしながら、元気よく行進しました。 

 

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※以上の写真は事務局

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以上、写真:今井明
→写真報告(さようなら原発1000万人アクション)

120716hp2.jpg日時:7月16日(月・休)12:15~
会場:東京・代々木公園B地区全体(サッカー場、イベント広場、ケヤキ並木周辺)
内容:集会、パレード(デモ)

詳細はこちら
呼びかけ文はこちら
チラシのダウンロードはこちら

 

 

中国各紙は「中国への抗議や不満の意を示す」「国内に対中強硬姿勢を示す」ためと論評。

6ヵ国協議再開の道筋見えず。ベトナム、フィリピンと中国の対立深まる南シナ海問題で、クリントン米国務長官が紛争を回避するため、法的拘束力のある「行動規範」の策定でASEANと中国が早期に抗議するよう求め、中国は「国際法と歴史的な経験に基づいて行動していると反論。

大飯原発再稼働およびオスプレイ配備に関する声明

フォーラム平和・人権・環境
原水爆禁止日本国民会議
事務局長 藤本泰成

 7月1日夜、政府及び関西電力は、多くの市民の反対を押し切って大飯原発3号機を再起動させた。平和フォーラム・原水禁がこれまで指摘してきたように、安全対策は中途にあり活断層の存在も指摘されているが無視されている。一方で、再稼働をめざす作業の中で、4号機で3回、3号機で5回、冷却系を中心に警報機が作動している。発電用タービンの回転試験では規定を上回る振動を計測し送電開始が遅れている。大飯原発は「安全」であるとする政府や関西電力の主張を理解することはできない。
 再稼働決定後、首相官邸は反対する多くの市民で埋め尽くされた。自由意志で参加する抗議行動は、これまでの市民社会にはなかったもので、脱原発への市民の熱い思いと新しい社会への胎動を感じる。平和フォーラム・原水禁は、7月16日代々木公園での「さようなら原発10万人集会」を成功させ、エネルギー・環境会議が提起した国民的議論に積極的に参加し、「脱原発」を確実なものにするよう全力を尽くす。

 沖縄の米海兵隊普天間基地への垂直離着陸機MV-22オスプレイ配備に関して、沖縄県知事そして沖縄の全自治体が強く反対している。また、普天間基地配備を前に一次駐機を予定される米海兵隊岩国基地においても、地元山口県知事、岩国市長が反対を表明している。在日米軍基地を持つ14都道県でつくる渉外知事会が米政府との話し合い再開を要請した。オスプレイは日本全国の上空で、低空飛行訓練を行うとされてい
る。モロッコやフロリダでのオスプレイ墜落事故は、日本における事故の可能性を示唆している。私たちは、1959年の宮森小学校米軍戦闘機墜落事故を、1964年の町田市、大和市、1977年の横浜市緑区での米軍戦闘機墜落事故を、そして2004年の沖縄国際大学へのヘリコプター墜落事故を忘れてはいない。平和フォーラム・原水禁は、全国からオスプレイ配備反対の声をあげていく。

 敗戦から67年、日本社会は経済成長政策と日米安全保障体制の二つの国策の下にあった。経済成長を支えたエネルギー政策によって福島県民は故郷を奪われ、日本を守るとされる在日米軍基地によって沖縄県民は命を脅かされ続けてきた。「国家」のために命を奪われた戦争から、新しい民主社会を作ろうとしてきた日本は、大きな岐路に立たされている。私たちはその進路を誤ってはいけない。「一人ひとりの命に寄り添う社会」をめざして、平和フォーラム・原水禁は、憲法理念と「命」を基本に、更なるとりくみをすすめていく。

イランのアッバス・アラグチ外務次官が、ウラン濃縮を含め平和利用を目的とした核開発の権利が認められれば、国連への提出文書などを通じ「核兵器を製造しないという公式な保障を提供する用意がある」と共同通信との会見で述べる。

 お申し込みはFAX(03-5289-8223)、またはメール(list▲gensuikin.org)でお名前、お届け先、品名、個数を明記の上、ご注文ください。
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■Tシャツ(M、L、LL) 各1,000円(送料別)※大量の場合はご相談に応じます。
  プリントはフロントとバックがあります。(写真はバックプリント)

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これを受けパキスタン政府が事件後遮断していたアフガンに展開する国際治安支援部隊(ISAF)向けの物資補給路の再開を決定。

鹿児島県護憲平和フォーラム情報2012.07.02

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鹿児島県護憲平和フォーラム情報120702

今後の原発のあり方を決める政府の
「エネルギー・環境に関する選択肢」への意見を提出しよう!

「ゼロシナリオ」しかあり得ません

  1ヵ月に満たない期間ですが、政府がエネルギー・原発政策への意見を求めています。パブコメ(パブリックコメント)を送ってこれからのエネルギー・原発のあり方を決めましょう。ドイツ、スイス、イタリアが脱原発を決めたように、日本もこの夏、脱原発の圧倒的な声を集中させ、政策を転換させましょう。

 3つの選択肢とは、政府の「エネルギー・環境会議」から6月29日に出された、「エネルギー・環境に関する選択肢」で、2030年の原発依存度によって以下の3つが示されています。

1.「ゼロシナリオ」←─ 唯一の脱原発シナリオ
2.「15シナリオ」←─ 原発増設可能シナリオ
3.「20-25シナリオ」← 原発どんどん増設シナリオ

「ゼロシナリオ」の選択を明記した上で、出来る限り早く脱原発を実現させる、など、ご自分の意見を書いてください。省エネや再生可能エネルギー導入が不十分という指摘も出来ます。今回のパブリックコメントの期間は1ヵ月ほどしかなく、十分に周知されない中で、「国民的議論」とすることも問題です。そのことにも意見を言うべきかも知れません。この選択肢の中に示されなかった、もんじゅや六ヶ所再処理工場などの「核燃料サイクル」に関しても、本来、国民的議論に含めるべきだと主張しましょう!

意見の出し方

・インターネットの投稿フォーム 

・FAX用紙ダウンロード 

・郵送用紙ダウンロード 

※パソコンやプリンターがない方は下記へお問い合わせください。
内閣官房 国家戦略室 tel.03-5253-2111(代表)

締め切り 8月12日までに必着

みんなの笑顔を守るために、私たちは歌い続けます
「制服向上委員会」会長 橋本 美香さんに聞く

プルトニウム利用政策を断念せよ
核兵器廃絶に向けた今後の課題

7月16日は過去最大の参加をめざそう!
「さようなら原発10万人集会」の成功に向けて

米ロ両国が世界に強いる緊張
核兵器が世界を不安定にしている


みんなの笑顔を守るために、私たちは歌い続けます
「制服向上委員会」会長 橋本 美香さんに聞く

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【プロフィール】
 1980年生まれ。シンガーソングライター。95年「制服向上委員会」のメンバーとしてデビュー。グループ作品で多数のリードボーカルを務め、作詞作曲やディレクションも行う。98年より5代目リーダーに就任、4年にわたり務め、2002年から会長に。昨年9月19日のさようなら原発集会(東京・明治公園)をはじめ、さまざまな脱原発アクションに参加。

──制服向上委員会について教えてください。
 制服向上委員会は、今年で結成20周年を迎える日本最長を誇る女子アイドルグループです。「清く正しく美しく」をモットーにライブとボランティア、社会活動を行ってきました。私自身はグループ結成から3年目の95年にメンバーになりました。加入当時は高校1年生の15歳で、初めて受けたオーディションで合格して、ずっとここで活動しています。いまはソロ活動と並行して、制服向上委員会の「会長」という立場で活動しています。リーダー(小川杏奈さん)がメンバーをまとめていて、私はグループとしての精神や楽曲を引き継いでいく中でアドバイスする役割となっています。
 ライブ活動を中心に活動する制服向上委員会のレパートリーは約1,300曲あります。かわいいオリジナルソングもたくさんありますし、国内・海外アーティストのカバー曲、唱歌といった幅広いジャンルを歌う中で、常にその時代の社会問題をテーマにメッセージソングも歌ってきました。
 去年の3.11東日本大震災以降、「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」や「原発さえなければ」を歌ってからは、そういったメッセージ性の強い曲に興味を持っていただいた方が多くなったようですね。

──「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を発表して、どのような反応がありましたか?
 反響はとても大きかったです。ライブで初披露後、すぐにYouTube(インターネット動画サイト)で公開すると3日で3万アクセスとなりました。「これこそROCKだ!」「こんな過激なアイドルが日本にいたのか」「みんなで応援しよう!」など好意的なご意見もあれば、「意味もわかっていない子どもに歌わせるな」「大人に利用されているだけだ」と言った批判的なご意見もいただきました。また、イベント会場から「この歌は歌わないでください」と言われたこともあります。
 ファンの方々も戸惑いがあったと思います。それでも応援してくださるファンのみなさんは本当に大切な存在です。今では「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」をきっかけに制服向上委員会が長年社会活動に取り組んできたことを知ったという方々が、様々な脱原発アクションやイベントに私たちを呼んでくださいます。

──社会問題に取り組むアイドルグループというのは珍しいと思いますが。
 WORLD PEACE NOWというイラク戦争に反対する大きな運動が起きたときも、3万人以上の方々が集まった集会(2003年)で「World Peace Now」という歌を歌いました。99年に制服向上委員会はベトナムに行き、ベトナム戦争の枯れ葉剤被害、戦争の傷跡を見てきました。WORLD PEACE NOWでは、戦争の恐ろしさを訴える為にベトナムで撮ってきた写真をパネルにして披露したりもしましたね。
 戦争が起きて、人々が何かを守ろうとして戦って、命を落とさなくてはいけないというのは、とても悲しいことだし、あってはならないことだと思います。ベトナムでは親たちの代に撒かれた枯葉剤の被害が、子どもたちを今も苦しめていて、まだ戦争は終わっていないのだと感じました。後の世代にも引き継がれていく被害の恐ろしさを目の当たりにして、戦争はあってはならないものだという思いを強くしました。
 原発問題ですが、事故が起きるまで原子力発電については何も知りませんでした。3.11以降いろんな情報に触れる中で、学んだことや感じたことがあります。福島にはまだ自分の家に帰れない方たち、命を落とした動物たちがたくさんいるということ、そして原発事故を苦に自ら命を絶った方もいることを考えたときに、やはり原子力発電はあってはならないと強く思います。
 3.11以降多くの方々に出会いました。今、一人一人のつながりがすごく大切だなって思っています。福島県飯舘村の酪農家の長谷川健一さんにお会いしたときに、村の高校生が「私は将来、どんなに好きな人ができても結婚しないほうがいいのかも」、「子どもは産まないほうがいいのかも」とおっしゃった話を伺いました。この悲しい現実を伺って、本当に悔しい気持ちになりました。私たちは「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」というCDシングルの売上げの一部を福島県の酪農家の方々へ寄付させて頂いています。これからも支援を続けていければと思います。
 もはや安心した生活は奪われてしまいました。空気も大地も水も食べ物も、目に見えない放射能に覆われているようで安心して生活出来ません。こんなに恐ろしい原発は、もうやめるべきです。

──ライブだけではなく、ボランティアなど幅広い活動をされていますね。
 「SKi基金」という制服向上委員会の独自の基金を運営しています。主に児童養護施設や知的障がい者の支援施設への支援や訪問などに取り組んでいます。一緒に歌ったり遊んだり楽しい時間を過ごし、クリスマスにはサンタさんになってケーキやプレゼントを届けたりもします。中には児童養護施設を卒園した後も連絡をとって仲良くしている子もいます。笑顔があふれる素敵な時間です。ボランティアとは言いますが、本当はこちらがエネルギーをもらっている気がします。
 そういうボランティア活動の一方で、「戦争反対や脱原発を訴える、ちょっと過激に見られがちな社会活動にも取り組んでいることについて、どのようにお考えですか?」と聞かれることがあるのですが、17年間制服向上委員会で活動してきた中で、私はこの二つの活動を深く結ばれたものとして捉えています。それは「笑顔を守りたい」という「想い」です。施設訪問でみんなととても楽しい時間を過ごすということと、戦争や原発という笑顔を壊していくものに対して声を上げるということは、笑顔を守っていく上でどちらも大切な活動だと思うのです。
 今年の3月に『脱がない、媚びない、NOと言えるアイドル』(ヤマハミュージックメディア刊)という本を出版しました。タイトル通りの姿勢を貫いて来た制服向上委員会の精神や、なぜ20年間続いて来たのか、社会活動やボランティア活動をするのか、といったことを17年在籍している私が書いています。制服向上委員会を最近知ったよ、という方にも、長年応援してくださる方にも読んでいただきたい本です。

──また原発を再稼動しようとする人たちもいますが、今の状況をどう思われますか?
 「安全な原発」などもう誰も信じないと思います。そんな中、原発事故などなかったかのように再稼働させる政治に失望します。地元の方たちの生活もかかっているからこそ、原発に依存する体質や体制から変えなくてはならないのだと思います。あきらめてしまったら、そこで終わりだと思います。一人一人のあきらめないという思いが大きくなれば変えられるんだと信じて、がんばることが大切だと思います。私たちは「歌える場所があればどこへでも」の精神で脱原発を訴えていきたいと思います。
 制服向上委員会は、世の中の問題に目を向け、自分で考えることの大切さを教えてくれるグループだと思っています。精力的に、自分にできることをやっていきたいと思っています。一緒にがんばりましょう!

〈インタビューを終えて〉
 「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」も衝撃的だが、「脱がない、媚びない、NOと言えるアイドル」も衝撃的。売らんかなの風潮の中で、20年も活動を続けることの難しさ、脱帽です。反戦や脱原発を歌うアイドル、「笑顔を守りたい」との思い、平和で心豊かでないと笑顔は生まれないのか。彼女たちが「異色」と言われない社会へ、おじさんもがんばらねば!

 (藤本 泰成)


プルトニウム利用政策を断念せよ
核兵器廃絶に向けた今後の課題

平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成

核兵器廃棄への一歩─―NATOの選択
 2012年4月、北大西洋条約機構(NATO)の外相・国防相会議は、核兵器非保有国に対して核兵器を使用しない「消極的安全保障」の導入を決めました。このことは、米国の2010年の「核体制の見直し」の内容に沿ったものであり、核保有国を米・英・仏・ロ・中の5ヵ国に限るとする核不拡散条約(NPT)の不平等性に対する回答とも言えます。一方で、射程の短い戦術核の削減の用意があることも表明されています。
 2009年4月、オバマ米大統領がプラハでの演説で表明した「核なき世界」への第一歩として、その現実的な対応として、大きく評価できるものでありその進展が待たれます。これにより、米国がドイツ・オランダなどに配置する150~240発程度の戦術核の撤廃と、米ロにおける核削減交渉を促進する要素になるものと思われます。しかし、「核兵器のある限りNATOは核の同盟」とする考えも示されており、通常兵器ではNATO諸国に劣るとされるロシアがどのように考え行動するか注目されます。

東アジア非核地帯化―─大きい日本の役割
 NATOが、核実験を行い実質的にはNPTから離脱している北朝鮮や、NPTの枠内にとどまるが核開発疑惑から潜在的脅威と捉えられているイランなどに対して、今後どのような対応を図るかも重要な課題です。特に、独自の歩みを進める北朝鮮には、2国間協議や6ヵ国協議を積み上げ、核開発を放棄していくための条件整備を急がなくてはなりません。日本・韓国・北朝鮮が非核地帯を形成し、米・中・ロの3国が確認していく「東北アジア非核地帯構想」の実現が、世界の核廃絶にとっても重要なポイントとなるだろうと考えられます。
 日本はオーストラリアと手を携え「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)を組織し、核兵器廃絶の先頭に立って行動しようとしてきました。それならば、北朝鮮との2国間の問題に拘泥することなく、平和と核軍縮、国交回復への話し合いのテーブルに着く姿勢を示すべきであり、核兵器廃絶のポイントが東北アジアにもあることを見据えた行動が必要です。2015年のNPT再検討会議において、実りある議論ができるかどうか、日本の役割は大きいと言えます。

NPT条約の空洞化――日印原子力協力協定を許すな
 このような核兵器廃絶の動きの一方で、インドをめぐってNPTを空洞化するような動きもあります。対立するインドとパキスタンは、NPT枠外において核兵器開発を行ってきました。そのNPTに加盟せず、核兵器を保有するインドと米国は、2008年8月、原子力協力協定を締結し、原子力の商業利用(平和利用)で米国がその技術を供与しようとしています。2010年6月には、日本も米国や産業界からの圧力の中で日印原子力協力協定の締結の交渉を始めています。
NPT条約は、前述したように不平等性はあるにしろ核不拡散のための重要な枠組みであり、そのことを基本に原子力の商業利用が図られてきました。原子力の軍事利用も商業利用も同じ技術の上に成り立つものであるからこそ、国際原子力機関(IAEA)の厳しい査察などを関係諸国に強いてきたわけです。NPTに加盟しない国への原子力技術の提供は、NPTの空洞化をもたらすものであり、被爆国としての日本のこれまでの政策と大きく矛盾するものです。核兵器廃絶の方向から許すことのできない政策と言えます。

核テロの現実性――厳しいプルトニウムの管理
 今年3月、2回目の「核セキュリティーサミット」が、韓国のソウルで開催されました。核セキュリティーサミットが、核の商業利用を肯定しつつも、プルトニウムの拡散を不安視する米国の強いイニシアチブで開催されたことは大きな意味を持ちます。9.11同時多発テロ以降、米国はいたるところで厳しいセキュリティーチェックを行っています。世界貿易センタービルの崩壊という衝撃の中で、米国は分離されたプルトニウムがテロリストの手に渡り、例えばニューヨークの真ん中で小型核爆弾を爆発させたとしたら、というような現実的な不安が「核セキュリティーサミット」に結実していることを忘れてはなりません。
 オバマ米大統領は、「核セキュリティーサミット」開催中に、韓国外国語大学で演説を行い、テロリストの手に渡ることを防ぐためにも「分離したプルトニウムを大量に増やし続けることは絶対にしてはならない」と述べました。発言の背景には、NPT加盟の非核保有国で唯一、プルトニウム利用に走る日本と、NPTから離脱して核開発を急ぐ北朝鮮を隣国とする韓国の、プルトニウム利用政策への強い要求があると考えられます。 
  世界には、原発由来のプルトニウムが約250トン存在します。核兵器にすると約3万発分です。核保有国が持つ核兵器は現在2万2千発といわれていますから、プルトニウムの量が想像できます。そのうち、日本の保有する分離済みプルトニウムは約45トンで、核兵器に直すと約5千発分を超えます。中国などが、日本は核保有国だと主張する理由がそこにあります。NPTは、商業利用(平和利用)目的以外でのプルトニウムの抽出、つまり使用済み核燃料の再処理を禁じています。日本が、軽水炉での混合酸化物燃料(MOX燃料)の使用を急いだ理由はそこにあります。

日本の核燃料サイクルに世界から批判
 ウラン資源の乏しい日本が、原発推進へ向かうにあたって、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出し(再処理)、それを高速増殖炉(FBR)で使用することで、相当な将来にわたってエネルギー資源を確保できること(核燃料サイクル計画)を基本に据えています。しかし、商業炉としての高速増殖炉の夢は、冷却剤としてのナトリウムの制御の困難性から世界中で失敗しています。
現在、米英仏独などが放棄した中で研究を続けている日本の「もんじゅ」は、1995年12月のナトリウム漏出事故以来、2010年5月に14年ぶりに運転開始しましたが、結局、炉内中継装置の落下などの事故を重ねて本格的稼働に至りませんでした。六ヶ所村にある再処理工場も、日本の技術であるガラス固化体製造過程の失敗から18回に及ぶ稼働延期をくり返しています。再処理工場には、フランスの技術を導入しろとの声もありますが、使用しないプルトニウムを、理由なく抽出することへの世界からの批判があります。どちらにしろ、政府が「脱原発依存」を明確にした以上、高額な再処理を実施する意味はありません。

「非核三原則」を空洞化する原発政策
 2011年8月に放送されたテレビ朝日「報道ステーション」などで、自民党内で“軍事通”とも言われる石破茂政調会長(当時)は、「核の潜在的抑止力」を持ち続けるためにも原発を停めるべきではないとの旨を主張しました。再処理の技術やプルトニウムの所有は、いつでも原発製造を可能にするものですから、原子炉技術や核燃料再処理技術は「潜在的な核抑止力」であると主張しているわけです。その意味では、プルトニウム利用政策は、核兵器を持たない、つくらない、持ち込まないとする「非核三原則」を空洞化するものです。
 日本政府は、福島原発事故以来、ここまで来ても、使用済み核燃料は半分を直接処分、半分を再処理に回すとしています。このことは、「脱原発依存」そして「核不拡散」の観点からも、極めて問題が多いと言わざるを得ません。日本が、プルトニウム利用を断念することは、世界の核の現状を変えていくに違いありません。今、日本は被爆国としての責任を果たす極めて大きなチャンスを与えられているのです。


7月16日は過去最大の参加をめざそう!
「さようなら原発10万人集会」の成功に向けて

750万を超えた署名を提出
 5月5日以来続いていた日本の全原発停止という状況が、6月15日の政府による関西電力・大飯原発(福井)の再稼働決定に伴い、新たな局面を迎えました。政府は夏の電力危機を声高に叫び、「停電」をもって国民を脅し、電力不安を煽りながら、国民の「安全・安心」よりも「経済」を優先させ、命や暮らしを後回しにしました。そして、伊方原発(愛媛)や泊原発(北海道)、川内原発(鹿児島)、志賀原発(石川)などの再稼働の動きも出てこようとしています。
 「さようなら原発1000万人署名」は、昨年の呼びかけ以来、750万筆を超える署名が集まり、第一次提出として6月12日には衆参両院議長、15日には野田佳彦首相宛てに、合わせて7,514,066筆を提出してきました。その後も各地から署名が続々と届いています。3.11以降の国民の意識は大きく変化し、脱原発への願いが広く国民の間から沸き上がってきていることは明らかです。各種の世論調査でも、原発に否定的な意見が大半を占めるような状況です。国民世論は確実に草の根から変化しています。
 また、福島第一原発事故も収束まで長期にわたると見られ、避難している方々が元の地に戻れる保証もありません。目に見えない放射能による健康不安や経済的損失など、事故が引き起こした様々な事態はより深刻になっています。いつ終わるともわからない放射能との闘いは今後も続いていきます。

再稼働でも原子力政策に方向性はない
 原子力政策も、大飯原発の再稼働により弾みがつくものではありません。むしろ、原子力政策は方向性を見い出せてはいません。トラブル続きの六ヶ所再処理工場や高速増殖炉もんじゅなど、核燃料サイクル路線の破たんは明らかです。まして高レベル放射性廃棄物の最終処分場は見通しすら立っていません。政府の原子力政策大綱の議論も休止状態で、政府の方針も定まっていません。
 政府は現在、エネルギー・環境会議の中で2030年までに原子力の依存度をどのようにするかを議論しています。選択肢として、「0%、15%、20~25%」を提示しようとしています。その際、これまで使用済み核燃料の全量再処理としてきた政策が焦点となり、全量直接処分という再処理しない選択肢と、今まで同様の全量再処理と直接処分併用の路線選択が提示されようとしています。なおも破たんしている核燃料サイクル路線に固執していますが、政策変更は避けられない状況にあり、政策議論のチャンスでもあります。
 6月には「中間的整理」を取りまとめ、国民に対して選択案が提示され、国民的議論を経て国家的戦略として決定しようとしています。2ヵ月ほどの短期間で国民的議論が深まるのかは疑問の残るところです。さらにこの間、750万筆を超える署名に対して、提出に立ち会った呼びかけ人で作家の大江健三郎さんらに「会いたくない」として面会を拒否したことからも、野田佳彦首相の姿勢がわかろうというものです。

草の根から政策を変える運動を
 夏から秋にかけて各省庁も予算の策定時期に入ります。また、原発の再稼働や原子力政策の議論そのものも俎上にあがる時期です。署名という形で寄せられた声と、10万人もの人々が首都東京に集まり、脱原発の声を上げることは、それらの動きに大きな影響を与えるはずです。
 昨年の9月19日、6万人が集まった「さようなら原発集会」(東京・明治公園)は、朝日新聞の社説で「民主主義が動いた」と評価されました。草の根からの大衆的な盛り上がりで、政治を変え、政策を変える運動の広がりが私たちに求められています。


米ロ両国が世界に強いる緊張
核兵器が世界を不安定にしている

軍事情報保護協定の反対運動を
 日本、韓国間での「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)と「物品・役務提供協定」(ACSA)締結の動きは、まず韓国内で強い反対の声が起こり、韓国国防相が来日を中止したことにより、とりあえず延期となりました。しかしこれまで米韓合同軍事演習に際して、日本軍の参加を求め続けてきたのは米軍であり、結果としてオブザーバー参加が実行されてきたのです。日韓両軍には一定の軍事的共有部分が存在している上での今回の協定締結の動きですから、今後もくり返し出てくるでしょう。
このGSOMIAは日米間では2007年に締結され、これによって多くの情報が国民に隠されてきています。もし日韓でGSOMIAが締結されれば、東アジアで何が起こっているのかさえ、十分知ることができなくなるでしょう。日韓の連帯した反対運動の広がりが求められています。

米、中、ロ、印、パが核軍事力を強める
 昨年2月に米ロは新戦略兵器削減条約(新START)を発効させました。7年以内に双方の核弾頭数を550発、運搬手段(ミサイル、原潜、爆撃機)を800基(実戦配備は700基)に制限するとしましたが、①戦略爆撃機が積載する核爆弾は1機=1発と計算する、②配備から外した核弾頭は廃棄する義務はない、という二つの問題が存在していました。
 米ロは今年4月段階で、大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、爆撃機などを、米国は812基・機に戦略核弾頭1,737発を配備、ロシアは494基・機に1,492発の戦略核弾頭を配備しました。さらに未配備の運搬手段を含めると米国が1,040基・機、ロシアは881基・機になるとしています(両国政府発表)。
 一方、下図は米国科学者連合(FAS)ホ-ムページに掲載された5月2日付の、世界核戦力の状況です。各国の核兵器は国家機密ですが、公に入手可能な情報と、時折のリークによって最良の数字が把握できました。また米ロの爆撃機搭載の核弾頭数も計算したと記されており、全て推定値と記しているものの、ほぼ米ロ両国が配備する核弾頭の実数に近いと考えます。
 昨年4月13日付のFASの世界核戦力状況では、米国が1,800、ロシアが1,950の核戦略弾頭を配備していると紹介しています(2011年の原水禁世界大会討議資料参照)。米ロ両国は、削減する一方で、戦略爆撃機積載の核弾頭数を増やすなどの方法を取っているのでしょうか。
 米空軍は戦略爆撃機としてB-52HやステルスのB-2Aなどを保有していますが、B-52Hは最近では空母艦載機としても利用されていて、配備の詳細は明らかでありません。一方、ロシアはTU-95戦略爆撃機などの大幅拡充計画を、昨年3月に明らかにしていますが、機数については明らかでありません。米ロ両国が大量の核兵器を、いつでも攻撃に使えるように配備している状況は、両国だけでなく世界に大きな緊張を強いる結果となっています。
 このような状況下で、他の核兵器保有国に削減を求めても、説得できないのは明らかです。中国の核兵器は抑制的だとFASは述べていますが、中国に対抗的なインドは、4月に中国全土を射程内に収めるミサイル・アグニ5の発射実験に成功しています。
 パキスタンはインドに対抗して、核兵器、ミサイル開発を進めてきて、インド全土を攻撃する核ミサイルを実戦配備しています。そこへ新たに北朝鮮が核武装の道を進もうとしています。しかしこれらの国々の状況を見れば、核兵器によって平和が保たれていないことは明らかです。

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