2007年8月アーカイブ

子ども関連企画2007

●日時
2007年 8月8日(水)9:30~12:30

●会場
長崎県勤労福祉会館2F講堂

●主催
ピース・ブリッジ2007inながさき実行委員会

●内容
高校生や大学生などでつくる実行委員会が企画し、長崎から「平和の架け橋」を世界につなぐ「ピース・ブリッジ」の第4弾。今年も韓国やフィリピンの高校生を招いて、核も戦争もない平和な世界の実現にむけて大いに語り合うとともに、被爆体験の証言を聞くほか、小学生・親子グループは原爆資料館の見学を通して被爆の実相や核の恐ろしさを肌で感じました。

メッセージfromヒロシマ2007写真報告

司会者の左から園良太さん、有田和弘さん、横山千夏さん、高橋真捺さん。

♪世界がひとつにな~るまで~

ピース!ピース!

熱心に何を書こうか考えている?!

折り鶴みこし登場!!

約350人が参加しました。

実行委員のみんなで折り鶴みこしをはさんで記念撮影。

メッセージfromヒロシマ2007報告

みんなで力を合わせて~平和な世界は私たちの願い~

熱く盛り上がりました!

被爆62周年「メッセージfromヒロシマ2007」は7回目を迎えました。昨年までと同様、実行委員会は高校生を中心に結成され、企画・運営を行いました。
海外、全国から広島を訪れ、資料館などで原爆の被害について見学を終えた子どもたち約200人が参加しました。

美しいオープニング

オープニングは去年と同様、広島の朝鮮初中高級学校、高級部舞踏部の皆さんによる民族舞踊「喜び」で始まりました。独特で荘厳さを感じさせる音楽と華麗な踊りに、子どもたちは真剣に見入っていました。踊り終えたあと、リュウ・アミさんから「今日の『喜び』が皆様と同じ、平和へのメッセージとつながることと信じています。」とお話がありました。

華麗な踊りを披露してくれました。

さて、今年の司会は、広島の実行委員で高校3年生の有田和弘さん、高橋真捺さん、横山千夏さんです。総合司会の園良太さんが三人を紹介し、元気よく舞台に登場しました。

歌と手話に挑戦してみよう!

実行委員のメンバー紹介で第1セクションは始まりました。実行委員は昨年同様、全員手作りの黄色のお花をつけての登場です。委員を代表して田中祐痲さん、水野希更さんが「平和を訴えることは楽しいことだと思ってもらえたらうれしい」と呼びかけました。そして、ブロックごとに分かれたままで緊張気味だった子どもたちにリラックスしてもらうため、バラバラになって手をつないでもらい、大きな輪を作りました。最初はみんな初対面の人と手をつなぐことにとまどい気味でしたが、小さな仲間たちだけの輪はすぐに大きな新しい仲間たちの輪になっていきました。輪になってあいさつを交わして、今度は歌と手話の練習に入ります。「世界がひとつになるまで」は親しみやすいメロディーにメッセージ性のある歌詞が印象的な曲です。最初に実行委員のギター伴奏に合わせて歌の練習をした後、手話をみんなで覚えました。ユーモアを交えた手話指導に、時折笑いも起こる和やかな雰囲気で時間は過ぎていきます。曲のサビ部分に絞って手話の練習をしましたが、思いのほかみんな覚えが早く、実行委員も驚いていました。ひととおり歌と手話の練習をして、今度はカラオケ伴奏に合わせて最後まで歌い、手話をしました。このときも照れてあまり大きな声で歌ってくれないのではないかという心配をよそに、みんな大きな声で歌い、手話をしてくれました。

花型フィルムにメッセージを書く!

歌と手話を終えて、次は光る花型フィルムに油性ペンで思い思いの平和へのメッセージを書きました。「恒久平和」などといったものに混じって、「サッカー選手になりたい」といったようなほほえましく、でも平和な世の中でないと実現できない、子どもらしいものもありました。何を書こうか迷っている子に、イラストを描いてもいいのだと告げると、いきいきとしてペンを走らせる姿も印象的でした。みんなで書いたメッセージは最後に「折り鶴みこし」となって登場する訳ですが、この時点では子どもたちには内緒だったのです。

全国のお友達からのメッセージ

第3セクションは全国から参加している子どもたちの出番です。北海道から沖縄まで、15人の代表が一言メッセージを発表してくれました。

北海道のYさん
「僕たちは21世紀に生きる者として、原子爆弾の恐ろしさを学び、核も戦争もない世の中をと、呼びかけていきたい。」

山形県からTさん、Yさん、Wさん
「今回勉強した経験を活かして、悲惨な過去に目を向けていきたい。」

三多摩のIさん
「誰一人戦争をやって幸せになった人はいない。私たちは、戦争で亡くなった人の分まで長生きして、戦争はしないようにしよう。」

神奈川県のTさん
「昨日、仲間全員で、平和資料館へ行きました。」

生活クラブ神奈川のTさん
「改憲や自衛隊のことが問題になる中、戦争のことを勉強して議論するべきだと思い参加した。自分たち若い世代がいろんなことを知るべき。」

埼玉県のMさん
「62年前、広島の空で人類初の原子爆弾が使用された。その後、世界は平和へと向かって一歩一歩前進していくべきだったのに、今この瞬間にも意味のない戦争で多くの命が奪われている。僕たちは自分の意見をしっかり1持って、思いを外へ発信してすばらしい目標を達成することができる。」

群馬県のTさん
「7時間かけて広島へやってきた。テレビや写真でしか見たことのなかった、原爆ドームを見て、しだいに悲しい気持ちがわいてきた。二度と戦争を繰り返さないため精一杯がんばる。」

三重県のNさん
「今日この集会に参加して、同じ気持ちでいる友達が日本中にたくさんいるんだと心強く思った。ここにいない友達に、今日のことや思いを伝えたい。」

長野県のYさん
「今から62年前、多くの尊い命がいとも簡単に失われていった。今も苦しんでいる人たちがたくさんいる。私たちはここで、もっとたくさんのことを学びたい。」

長崎県からYさんら高校生平和大使
「私たちは長崎で核兵器廃絶と平和な世界実現を目指して活動しています。署名活動を行なっていますので、ご協力お願いします。」

広島県のMさん
「自分の国の考えを優先して、他国の考えはどうでもいいと思っているから戦争は起きる。少しのケンカでのケガは、時間が経てば治るが、戦争で亡くなった人々は二度と戻ってこない。戦争は最大の人権侵害。僕たちが力を合わせて平和な世の中を作らなくてはならない。」

海外のお友だちからのメッセージ

海外のおともだち

続いては、海外のお友だちからのメッセージです。今年は、韓国、フィリピンの2カ国から参加してくれました。韓国からは3人からメッセージをもらいました。最初に韓国の李俊協さんが「今回の日本訪問を通して、平和の大切さを再認識した。滞在中、日本の友達と一生懸命活動したい」とのメッセージ。続いて、具珍英さんが「釜山で行われた日韓高校生交流会を通して、平和運動に興味を持つようになった。今回の訪問中にいろいろ勉強したい」。そして金娟秀さんが「このような集まりを通じて、いろんな国の若者たちと一緒に平和運動に取り組んでいきたい」と抱負を述べてくれました。フィリピンからは、ミシェル・バロンゾさんが「平和のためにみなさんとここにいられることは、私にとって贈りものです。私にとって平和とは、理解しあうこと。もうこれ以上もめごとはいりません。一つになることです」と思いを語りました。

広島から、高校生の活動紹介

第4セクションでは、最初に広島県の実行委員から「私たちの碑めぐり」の紹介がありました。
原爆が投下された1945年8月6日、そのとき子どもたちはどうしていたのか。いつもなら楽しい夏休み。しかし、戦争が激しくなると、空襲や奉仕作業で勉強や遊びどころではありませんでした。敗戦の色が濃くなると、子どもたちは戦争に協力させられるようになりました。そんな不幸な状況を踏まえて、子どもたちに関係の深い碑などを訪ねた取り組みの報告でした。
続いて、広島国泰寺高校放送部が制作したオーディオピクチュア作品「牛田じゃげな」を放映しました。牛田で理髪店を経営しながら、地域で紙芝居の上演を行っている西坂悟さん。以前は人と話すことが苦手だったという西坂さんの活動を通して、いじめや差別、虐待これらが無くならない限り平和とはいえない。西坂さんの地域を愛する気持ちや地域に生きる喜びが伝わればいいとの報告がありました。
そしてここで再び、「世界がひとつになるまで」の歌と手話に挑戦です。短時間の練習にも関わらず、みんなしっかり覚えていて、思い思いにのびのびと歌い、手話で表現してくれました。

世界に届け!私たちの思い

楽しい時間もあっという間に過ぎ、ついに『メッセージfromヒロシマ2007』もエンディングを迎えました。実行委員の坂元友成さん、宮原瑞穂さんがメッセージを読み上げます。このメッセージは首相官邸や、アメリカやイギリスなど核保有国の代表あてにメールで送信するものです。会場いっぱいの大きな声でカウントダウンをし、一斉に送信すると、大きな拍手が起こりました。
そして「ゼロ!」の掛け声と同時に、さっきみんなで書いた花型フィルムのメッセージが張り巡らされた折り鶴みこし二基が前方の舞台そでから登場。子どもたちの周囲をまわりました。突然あらわれた折り鶴みこしに驚き呆然としていた子どもたちでしたが、司会者の「最後に会場のみんなで盛り上がろう!」の掛け声とともに、オレンジレンジの「以心伝信」が会場内に流れて、みこしが子どもたちの輪の中へ入っていくと、みんな自分もみこしを担ぎたいとアピールしたり、大きな声で歌い始めたりと楽しく騒がしいフィナーレとなりました。
みんなでつくりあげた『メッセージfromヒロシマ2007』。思い出はこれからも子どもたちの胸に留まり、同じ心を共有する仲間たちの存在に思いを新たにして、平和な未来を創造していくことでしょう。

~海外のお友だち紹介~

≪韓国からのお友だち≫
金 娟秀(Kim Yeon Soo)1990.11.9
今度の機会が日本と日本人に対して、もっと理解するきっかけになって、戦争と核兵器がない平和な世界を作りだすことに寄与する人間になりたい。

具 珍英(Koo Jin Young)1991.2.17
日本での平和実現交流活動を通じて、日本の友達とよりたくさん交流し、世界平和の実現を助ける人間になりたい

李 俊協(Lee Joon Hyup)1991.7.10
過去を正しく知ることで未来が明るいと信じている。韓国と日本の平和交流の活動でより近い、隣国の関係になるように願う。

≪フィリピンからのお友だち≫
ミシェル・バロンゾ
広島と長崎に行けることを聞いて、驚いていますが、そこで日本の若い人たちと友達になり、交流し、平和について多くのことを学ぶのを楽しみにしています。

平和アピール メッセージ from ヒロシマ 2007

想像してみてください。原子爆弾が炸裂する音を。強烈な熱線、大量の放射線。「水をください」、「助けてください」。今この瞬間にも多くの人々が苦しみ、亡くなっています。銃を持って戦っている子どもたちがいることを知っていますか?銃で人を殺さなければ自分が死んでしまう、そんな世界が想像できますか?戦争は大切な人、大切なものすべてを奪います。そして、大切な人やものを失った人々の心は荒んでいきます。世界が核兵器を捨てなければ、62年前の、あの悲劇を再び繰り返してしまうことになるのです。

戦争によって、たくさんの命が奪われたのは広島だけではありません。広島、長崎、沖縄をはじめ、東京、名古屋、大阪など日本各地でたくさんの命が犠牲になりました。しかし、日本は被害を受けただけの国ではありません。日本はアジアや他の国々に大きな被害を与えたのです。私たちはそのことを学び、知らなければなりません。

「ちちをかえせ ははをかえせ / としよりをかえせ こどもをかえせ / わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ /にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ」 峠三吉のこの有名な詩は、決してヒロシマだけの叫びではありません。

戦争がないことは確かに平和です。しかし、いじめや犯罪などによって傷つき亡くなっていく人たちがいます。
人を傷つける、人の命を奪うという意味では、戦争もいじめも同じものだと思います。私たちの身近なところで起きている、争いを止めていくことが、世界で起きている戦争を止めるきっかけにもなるでしょう。
ほんとうの平和とは、互いに助け合い、認め合うことのできる世の中になることだと思います。

私たち一人ひとりが世界に訴える力はとても小さく無力に思えます。だけど、ここにいる私たちが同じ想いを世界に訴えかけたなら。世界中の人びとが手を取り合って、世界に平和を訴えかけたなら。世界は必ず変わります。私たちは世界を動かす力をもっています。一人では小さな力でも、みんなで心を一つにして集えば大きな力になるのです。
「もう戦争はいらない!核兵器もいらない!」

2007年8月5日

子どもの広場全体のスケジュール 2007年8月5日(日)

★8:00~8:30 子どもの慰霊祭(平和公園内 原爆供養塔前)
★8:40~10:10 フィールドワーク(平和公園内)
★10:15~10:30 ダイイン(原爆ドーム前)
★10:40~11:30 被爆のお話を聞こう(広島市青少年センター)
★12:30~14:30 メッセージfromヒロシマ2007(グリーンアリーナ武道場)
★15:00~16:00 被爆電車
★15:00~16:30 灯ろう作り(グリーンアリーナ武道場)
★15:00~16:40 海外ゲストとの交流会(グリーンアリーナ内レストラン)

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